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第217話

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 四階層に上がると、リゼは自分の姿に驚く。
 防具や体の所々に黒い染みが大きくついていたからだ。

「おっ、スクィッドニュートと戦ったのか。御愁傷様」

 すれ違う冒険者に笑われる。
 先程まで五階層で戦っていたトカゲのような魔物が“スクィッドニュート”という名前だと知る。
 スクィッドニュートの血が付いたのかとも思ったが、戦闘中は緑色だったと記憶を呼び戻す。
 しかし、スクィッドニュートと戦う前にはなかったため、スクィッドニュートとの戦闘中に付いたとしか考えられない。
 なにより、今すれ違った冒険者が一目でスクィッドニュートと戦ったことを見抜いていた。
 そのまま、地上へと戻るがその間も、すれ違う冒険者たちの視線を痛いほど感じていた。

 地上に出ると眩しい光が目に刺さる。
 時間的にも昼過ぎくらいのようだが、リゼにはもっと長い時間迷宮ダンジョンにいた気がした。
 はっきりとリゼの姿が見えるため、体に付着したスクィッドニュートの墨がより一層黒く見えていた。
 リゼは恥ずかしい気持ちを必死で隠すようにして、先日来店した武具屋へと足早に向かう。

 店内に入ったリゼの姿を見て驚く店主だったが、他の冒険者同様にスクィッドニュートの墨を浴びたのだと一目で分かったため、リゼにスクィッドニュートのことを親切に教えてくれた。
 スクィッドニュートは水中で強い魔物から逃げる時や、獲物を捕獲する際に墨を吐く。
 そのため内臓に損傷を与えるような斬撃をすると、体内にある墨袋が破裂して、切られた場所から体外に噴出する。
 噴出した墨を浴びると、リゼのような状態になると……。
 スクィッドニュートは強い光が苦手なのでライトボールを発動させていれば寄ってくることがない。
 だから、冒険者のほとんどはライトボールを使用している。
 これはバビロニアの迷宮ダンジョンでは常識なことだった。
 スワロウトードの粘液と、スクィッドニュートの墨。
 俗に”バビロニアの洗礼”や、”初心者の試練”などと言われていることも、店主の説明で知る。
 リゼの格好が気の毒だと感じた店主の好意で、奥の水場で体を拭かせてもらう。
 だが簡単に落ちず、何度も墨の付いている場所を擦る。
 防具も軽く拭いてみたが落ちる気配がなく、強く擦ろうとも思ったが、今いる場所が武具屋なので専門の人に聞くのが良いと思い擦るのを止めた。
 アイテムバッグから戦利品を出して買い取ってもらう。
 査定している間に、防具に付着した墨の除去方法を聞くと奥にいる職人たちに直接聞いても良いと許可をくれた。

「悪いな。スクィッドニュートの墨は強力で一度、墨で黒くなった革の防具は元の色には戻らない。鉄などであれば表面を拭いたり、少し削れば元通りになるんだがな。お客さんの防具はミルキーチータ―の革だから削ることは出来ないな。そのままにするか、いっそのこと黒く染めるかだな。もちろん、新しい防具に買い替えるってのも有りだ」
「刃は一度研げば、綺麗に消える。鮫皮……握る部分にも墨が付着していたら無理だな。防具同様に染めるのしかないだろう」
「そう……ですか」

 リゼは口にこそ出していないが、身に着けている防具を気に入っていた。
 柔らかい感じがする乳白色に加えて、時間とともに自分に馴染んでいくのが、一緒に成長していると実感でき嬉しかったからだ。
 防具として問題ないのに買い替えるという選択肢はなかった。
 その一方で、まだら模様の墨が付いた防具は恥ずかしいとも感じている。

「防具一式を染めると、おいくらになりますか?」
「それは店主に聞いてくれ。ただ、それなりに手間がかかる。最低でも二日は必要だし、染料も一番黒いものを使用しないといけないからな。武器の方はどうするんだ?」
「予算次第ですが、武器も御願いしたいです」

 防具職人の言葉で、それなりに高価なことだけは分かった。
 助言をくれた二人に礼を言って、査定をしている店主の元へと戻る。
 高価な品は無く古い物もあるため、たいした買取価格にはならなかった。

「この装飾品は、うちの店での買取は出来ないな。カースドアイテムを取り扱っている店なら買い取ってくれるだろう」

 そう言って二つの装飾品をリゼの目の前に置く。
 カースドアイテム……つまり、呪われた装飾品ということだ。
 この世界には装着した者の能力を上げる物も多く存在する。
 逆に装着者の能力に制限をかけたりする物を“カースドアイテム”と呼んでいる。
 一度つけると装着者が命を落とすか、装着した部位を切り落とさない限り、呪いを解除することは出来ない。
 ただ、冒険者の中に稀だが解呪魔法を使用できるものもいる。
 アルカントラ法国では解呪できる者が多くいるともされている一方で、カースドアイテムの製作には邪教とされるリリア聖国が絡んでいるとも噂されている。

「先程、職人のお二人にお聞きしたんですが――」

 リゼは店主に武器と防具を黒く染めることを相談する。

「黒染めか……黒でもかなり黒く染めるから染料も普通の染料より高くなるね。防具一式で金貨三枚と銀貨六枚、武器で金貨一枚と銀貨七枚だけど、まとめてだから金貨五枚でいいよ」

 店主は染めるためには一度分解するため、手間がかかるので価格が高いと説明する。
 それに安い染料で染めると、黒くはなるが均等に色が入らなかったりして、黒でも場所によって濃さにバラつきが出るそうだ。
 もっとも黒く染まるといわれる染料を使用するため、さらに価格があがると良心的な値段だと話すも、スクィッドニュートの墨での染め直しはこれしかないそうだ。

「うちの店には在庫があるから、預けてくれれば二日後には完成しているよ」

 リゼは購入した価格より高いことに躊躇する。

(全身、黒の防具か……)

 自分が黒色の防具を装備した姿を想像する。
 そして、自分の中で一番黒の防具が似合っていた冒険者を思い出す。

(……クウガさん)

 一緒に行った防具屋で薦められたブラックバイソンを使用した黒革の装備のことを思い出して、クウガから黒色に染めることを勧められている気がした。

「武器と防具全てお願いします」

 店主に武器と防具を染めてもらうことにすると、アイテムバッグも預けるため、当面の生活に困らないものだけ出しておくようにと言われる。

「その服で、町の出るのかい?」

 店主に呼び止められる。
 いつも防具の下に着ている服のままで店内を歩き回っていたからだ。
 もちろんスクィッドニュートの墨はついているので、今着ている服は部屋で過ごす時に着るつもりでいた。
 防具が黒くなるのであれば、下に着る服も黒いのが良いと思い店内で服を探していた。
 そのことを店主に話すと、防具の色にあった下に着る服と、ズボン二組を銀貨四枚で売ってくれるそうなので、リゼは迷わずに購入する。
 服は防具と一緒に取りに来ることを伝えて、店を出ようとするリゼを店主は驚きながら見ていた。


――――――――――――――――――――

■リゼの能力値
 『体力:三十六』
 『魔力:三十』
 『力:二十三』
 『防御:二十』
 『魔法力:二十一』
 『魔力耐性:十六』
 『敏捷:八十六』
 『回避:四十三』
 『魅力:二十四』
 『運:四十八』
 『万能能力値:零』
 
■メインクエスト
 ・迷宮ダンジョンで未討伐の魔物討伐(討伐種類:三十)。期限:三十日
 ・報酬:転職ステータス値向上

■サブクエスト
 ・防具の変更。期限:二年
 ・報酬:ドヴォルグ国での武器製作率向上

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年
 ・報酬:全ての能力値(一増加)

■シークレットクエスト
 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年
 ・報酬:万能能力値(五増加)  
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