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第190話

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「いらっしゃいませ」

 扉を開けると、元気よく歓迎の言葉が返って来た。
 ただ、一目で入って来た人物がアンジュとジェイドだと分かると、少しだけ残念そうな表情を見せる。

「ゴメンね。リゼは帰っている?」

 表情の変化を読み取ったアンジュは、まず謝罪の言葉を口にして用件を伝える。

「あっ、いいえ、リゼさんは……まだ、戻ってきていませんね」

 自分の表情の変化を気付かれたと気付いたが、気まずい雰囲気のなか、アンジュの言葉に対して、慌てず冷静に言葉を返した。

「そう、ありがとう」

 アンジュは礼を言うと、早々と去って行った。

(リゼ……いったい、何処に居るのよ)

 客亭スドールを出て、リゼの立ち寄りそうな場所を探していると、前からリゼが歩いて来るのを発見する。

「リゼ!」

 アンジュは思わず叫んだ。
 その声に、リゼもアンジュとジェイドの存在に気付く。
 リゼに駆け寄ると、アンジュはそのままリゼに抱き着いた。

「何をしているのよ」
「すみません」
「こういう時は、ゴメンていうのよ」
「……ゴメン」
「私たちこそ、ゴメンね」
「ゴメンっス」

 リゼから離れると、アンジュはリゼに聞く。

「それで、どうだったの?」

 アンジュの問いに、リゼは笑顔で応えた。

「そう……ありがとう」

 言葉にしなくても、リゼがコウガから発言を撤回する言葉を聞けたのだと確信した。

「その――気持ちの整理は出来た……の?」

 リゼが二人を気遣う。

「えぇ、アリスお姉様に怒られましたわ」
「自分も兄貴に殴られたっス」

 この世にいないと知っている二人だから、夢の中でのことだろう。
 なにかを吹っ切れた表情の二人を見て、リゼは安心する。

「夕飯を食べるっス」
「そうね。リゼも、まだでしょう?」 
「う、うん」

 既に食べたとは言えずに嘘をつく。
 少しだけなら食べられるだろうと思いながら、笑顔の二人とともに一緒に歩く。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここで、いいっスか?」

 ジェイドが立ち止まった店の看板には”ボーノボーノ”と書かれていた。
 木製の看板は扉の上から飛び出している棒に吊るされ、たまに吹く風に揺らされていた。
 夕食と言っても、営業している店は酒場しかないので、選択肢は無い。
 リゼたちが入店すると同時に、騒いでいた客の視線が集まる。
 すぐに銀翼の三人だと気付くと、気まずそうに視線を戻す者や、何事もなかったかのように仲間と話を始める者。
 そして、金狼のコウガに一人で喧嘩を売ったリゼに興味を示す者は、視線を外すことなく、リゼたちを目で追っていた。
 リゼも視線を感じていたが、気にすることなく空いている席へと移動する。
 着席と同時に、アンジュとジェイドが適当に注文を始める。

「リゼは、何飲む?」
「アンジュと同じもので」

 食に関して拘りは無いこともあり、アンジュと同じものを頼む。
 すぐに飲み物がテーブルに置かれると、ジェイドが乾杯の音頭を取る。
 三人で話をしようとるすると、酔っ払った冒険者たちがリゼたちのテーブルに近付いて来た。

「おいおい、潰れかけのクランが、こんな所で飯食べている場合か?」

 明らかに喧嘩腰で話す五人組の冒険者。

「あんたたちには関係ないでしょ」

 面倒臭そうに言葉を返すアンジュが癪に障ったのかテーブルに置かれた飲み物を払い床に落とした。
 一触即発の事態に、緊張が走る。

「おい、騒ぐなら外でやれよ」

 料理を持って来た大柄な男性が威圧的に、喧嘩腰に声を掛ける。
 睨みつける眼力に加えて、酒場で暴力沙汰は御法度という禁忌をを犯そうとする者たちに、周囲の冒険者たちの目を冷めていた。

「い、いや……おい、戻るぞ」

 迫力に押されて、すごすごと引き下がった。

「悪かったな」

 大柄な男性は軽く頭を下げて謝罪をする。

「いいっスよ。王都……特にこの地区で、ナールングさんの店で暴れるような馬鹿な冒険者はいないっスからね」
「俺の店で暴れる奴には、それ相応の報いを受けてもらう。もちろん、あいつらも例外じゃないから安心しろ。床に落ちた飲み物の料金は、あいつらに支払わせるから」

 親指を立てた拳を上げると、そのまま去って行った冒険者の方を指差す。
 その指先では、多くの他の冒険者たちに囲まれていた。
 ナールングは元冒険者で天翔旅団に所属していた。
 天翔旅団は王都で、いやこの国での一番のクランと言われている。
 名のある冒険者だったが、クラン問わずに面倒見が良いことでも知られていた。
 天翔旅団が一気に躍進したことにも、大きく貢献していた。
 しかし突然、冒険者を引退する。
 当然だが、何人もの冒険者に止められる。
 怪我をしたわけでもなく、体力的に劣って来たわけでも無い。
 冒険者を引退する理由は結婚だった。
 そして引退後に夫婦で、この店”ボーノボーノ”を立ち上げた。
 駆け出しの冒険者には、安い金額で腹一杯食べさせてくれる。
 その恩を感じて、今も通っている冒険者も多い。
 他の冒険者に必要以上に絡んだり、不快な行動をした冒険者は、他の冒険者たちから注意される。
 それでも暴れたりするようなら、ナールング自らが店の外へと放り出す。
 暴れる冒険者の殆どは、冒険者時代のナールングを知らない地方から王都に出てきた冒険者だ。
 ナールングを体格の良い酒場の店主くらいしか思っていない。
 一度、暴れた冒険者でも後日、正式に謝罪に来店して、二度と暴れないと約束すれば、その後も店に通うことも出来る。
 面倒見の良いナールングらしいと、ナールングを知っている冒険者は誰もが思っている。

「ゆっくりしていきな」

 ジェイドの肩を叩いて去って行った。
 その言葉には、「この店で、お前たちに文句を言う奴はいない」という意味が含まれていることを三人には分かっていた。
 すぐに新しい飲み物が運ばれる。

「気を取り直して」

 アンジュが二度目の乾杯の言葉を口にする。
 そして、アンジュジェイドがリゼに向かって、自分たちの不甲斐なさを謝罪する。 
 リゼも自分が勝手にコウガに戦いを挑んだことを、二人に向かって謝罪をした。
 お互いに謝り続ける状況だった。

「お互いさまってことっスね」

 ジェイドが頭を掻き笑いながら発言すると、リゼとアンジュも笑う。

「そうね」

 アンジュの言葉で、この件は終了を告げた。
 そして、話題は今後のクラン運営について、自然と移っていった。
 三人しかいない今の銀翼を”二代目”とすることで、自分たちの気持ちに区切りをつける。
 クランとして、今までのように道を標してくれる人はいない。
 道標の無い道を歩んでいく覚悟が必要だという思いは三人とも同じだった。
 その道がどんなに困難であろうと、アルベルトたち先代の背中がどれほど遠かろうと、リゼたちは絶対に辿り着くと改めて誓う。
 リーダーはジェイドとリゼが推薦したこと……多数決でアンジュに決まる。
 サブリーダーはリゼが辞退するが、ジェイドも自分では務まらないと同様に辞退した。
 だが、アンジュがジェイドを推薦することで、ジェイドに決まる。

「じゃあ、リゼはマスコットね」
「えっ!」

 予期せぬ職を言われたことに驚くリゼ。
 クランの広告塔。クラン唯一の非戦闘員。それがマスコットだ。
 ジェイドも賛成することで、リゼは銀翼のマスコットに決定した。

「戦えるマスコットは新鮮ね」
「そうっスね」

 多数決で決めていたため、リゼの意見は通ることがなかった。 
 役職が決まったところで、話題は今後の活動へと移る。
 まず、今の状況からだった。
 前衛二人に後衛一人だが、問題もあった。
 回復職が居ないことや、前衛で攻撃力が高いのはジェイドだけで、リゼは攻撃をしたところで大したダメージを与えることが出来ない。
 それに魔法職も出来れば、もう一人欲しいところだった。
 だからと言って、誰でも入れればいいという者でもない。
 銀翼の規則として、新メンバーを入れるにあたり三名以上の承諾が必要になる。
 つまり、全員の承諾が必要になる。
 だが、リゼは新しいメンバーのことまで頭が回らないし、スカウトする冒険者に心当たりがない。
 しかし、心当たりがないのはアンジュとジェイドも同様だった。
 

――――――――――――――――――――

■リゼの能力値
 『体力:三十六』
 『魔力:三十』
 『力:二十二』
 『防御:二十』
 『魔法力:二十一』
 『魔力耐性:十六』
 『敏捷:八十四』
 『回避:四十三』
 『魅力:二十一』
 『運:四十八』
 『万能能力値:零』

■メインクエスト
 ・敬える冒険者への弟子入り。期限:十四日
 ・報酬:戦術技術の向上、理解力の向上
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