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第52話

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 リゼは走った。
 走りながら、振り分けを保留にしていた万能能力値を全て、『素早さ』に振り分ける。
 これにより、リゼは『素早さ:五十六』になった。
 他の冒険者との比較が出来ないので、リゼ自身もこの値が高いのかが分からない。
 しかし、一刻を争う状態の今、『素早さ』と『運』に『回避』とで、振り分けに悩み保留にしていた万能能力値を惜しんでいることは出来ない。

(早く、伝えないと‼)

 リゼの逸る気持ちに反応するかのように、走る速度も上がっていた。

(もっと、早く!)

 リゼの素早さは、ランクBの冒険者でも高いスキル値になる。
 何故なら、素早さを上げる職業は限られているからだ。
 戦士であれば、『体力』や『力』の上昇率が高い。
 反対に魔術師は『魔力』や、『魔法力』の上昇率が高くなる。
 初期職業の中で、『素早さ』の上昇率が高い職業は盗賊で、次が拳闘士になるのだ。
 しかし、リゼは『体力』が少ない。
 すぐに力尽きる為、体力回復薬を口にする必要があった。

「――あれだ‼」

 街を出て三十分程で、冒険者たちの姿を発見する。

「すいませーん」

 リゼは出来る限り大声で叫ぶ。
 末尾にいた冒険者がリゼの姿に気付くと、救援隊の足取りが止まった。

「はぁ……はぁ、はぁ――」
「落ち着け。何があった」

 リゼは息を整えることなく、話始めた。

「フリクシンさんは――」

 冒険者たちは、戦闘にいたフリクシンの方を一斉に見た。

「俺に何か用か?」

 リゼの所に歩いて来たフリクシンが話し掛ける。

「ポ、ポンセルさんの意識が戻りました。――これは、レベッカさんからです」

 リゼは紙をフリクシンに渡す。
 紙を受け取ったフリクシンは、そこに書いてある内容を見て、眉をひそめた。

「そうか――」

 フリクシンは紙を折りたたむと、冒険者の顔を見渡す。

「ポンセルの情報によれば、襲われたゴブリンの中にゴブリンアーチャーとゴブリンナイトがいたそうだ!」
「何だって‼」

 冒険者たちの間に動揺が広がる。
 当たり前だ。救援するために行った自分たちの生存確率が一気に下がったのだから……。

「悪いが、俺は降りる。このメンバーで戦闘したとしても勝てる確率は、かなり低いだろう。それに――」

 冒険者のルスリムが、動揺する冒険者たちを代弁するかのように発言した。
 そして、言葉には出していないが暴風団の三人は死んでいるか、女性のラレルとメニーラは生きていたとしても、精神が崩壊するような仕打ちを受けていると誰もが感じていた。
 ゴブリンだけなら、何とかなったのに! という思いが、冒険者たちの心にあった。
 進化種であるゴブリンアーチャーにゴブリンナイト。
 そして、それを指揮する上位種の存在。
 不安が冒険者たちを襲った。

「苦渋の決断だが、ルスリムの言うとおりだ。ギルドからもクエストの取り消しが行われた――」
「――そうなるだろうな」
「仕方ない……」

 悔しそうな表情を浮かべる者、事前に知ったことで命拾いしたと安心する者。
 様々な表情を浮かべていた。

「ポンセルに、なんて言ったら……」

 冒険者の一人が、泣きそうな声で呟く。

「命あっての冒険者だ。ポンセルも分かってくれるだろう」
「そうだな……」

 フリクシンは冒険者を慰める。
 こうして、救援隊は撤退を決め、オーリスへと戻るべく進路を変更した。
 リゼも同行していたが、冒険者たちの表情は暗かった。

「暴風団も解散か……」
「そうなるだろう。ポンセル一人だしな――」
「そのポンセルだって、冒険者を辞めるかもな」
「確かにな……」

 クランにも幾つか種類がある。
 仲の良いもの同士が集まったり、利害関係のみでの付き合い、強いクランに入り自慢したい者など。
 暴風団は、仲の良いもの同士が集まったクランになる。
 仲間を失った喪失感やトラウマから、冒険者を続けることが出来ずに引退した冒険者も多いからこそ、ポンセルのことを心配しているのだろう。
 助かった命いや、仲間に助けてもらった命だからこそ、どうすべきを考える重圧がある。
 最悪の場合、仲間の元へ――と、最悪の事だって考えられるが、その事に関しては誰も口にしなかった。
 徐々に口数も減っていった頃、前方より馬が走って来るのが見えた。

「フリクシン!」

 馬に乗っていたのは、ギルマスのニコラスだった。

「ギルマス――」
「その様子だと、伝言を聞いたようですね」
「あぁ、ゴブリンアーチャーとゴブリンナイトの存在だろう」
「その通り。ポンセルには申し訳無いが、君たちを危険に晒すことは出来ない。苦渋の決断だが分かって欲しい」
「俺たちも理解している」
「そうですか……フリクシンは私と一緒に、ランフブ村まで行ってもらえますか?」
「……クエスト発注時に虚偽確認か?」
「その通りです」
「分かった。付き合おう――ルスリム、悪いがリーダーを引き継いでくれるか?」
「引き継ぐと言っても、街まで帰るだけだろう?」
「そうだ。一応、救援隊としての体があるからな」
「……分かった。引き受けよう」
「ありがとうな」

 フリクシンは、ルスリムに礼を言うと、ニコラスの後ろに回って馬に乗った。

「戻ったら、ギルド会館に向かって下さい。受付長から詳しい話があります」
「分かった。ギルマスたちも気を付けてな」
「ありがとうございます。ルスリムたちも気を付けて」

 別れの挨拶を交わすと、ニコラスとフリクシンを乗せた馬は颯爽と走り出した。

「ランフブ村って、ポンセルから聞いた場所からは遠いよな?」
「あぁ、歩いて一時間は掛かるな」
「それだけ、大きなゴブリンの集団があるということか⁉」
「いや、そうとは限らないだろう。元々、はぐれゴブリンだったという話だし――」

 オーリスに戻るまで、冒険者たちは仮定の話を議論していた。

 リゼは後ろの方で歩きながら考えていた。
 今回の救援隊の数は全部で十八人。
 ポンセルの情報だと、ゴブリンアーチャーとゴブリンナイトを含めて十匹以上。
 本で読んだ個体の強さは、危険度BからC程度。
 つまり、ランクBの冒険者であれば、一対一の戦いでは勝利出来る筈だ。
 それなのに撤退を決定した理由は、確実に勝利出来る人数では無い為か?
 それとも、集団になったゴブリンの危険度が上がるからなのか?
 他人事でなく、自分の場合に置き換えながら考える。
 例えば、数匹のゴブリンと遭遇した場合、討伐するのが正しいのか? それとも、逃走するのが正しいのか……。
 考え抜いた末、リゼは逃走を選択した。
 基本、ソロでの戦いの為、ゴブリンの数が想定より多かった場合、戦闘後に逃走することが難しいと判断した。

 次に、ゴブリンの進化種について考えていた。
 ゴブリンアーチャーとゴブリンナイト、それにゴブリンメイジ。
 魔物図鑑には、同じ進化種でも『ホブゴブリン』は更に進化するので、危険度が高いと載っていた。
 ホブゴブリンは体格が大きくなり、知能も高くなる為、更に進化することが可能らしい。
 獣や魔物に乗り敵を襲う『ゴブリンライダー』や、更に体が大きく知能も高くなる『ゴブリンジェネラル』。
 そして、ゴブリンの最終進化形『ゴブリンロード』。
 進化するにつれて、仲間の数も増える。
 当然、危険度も上がる。
 ゴブリンロード発見の場合は、大規模作戦『レイド』が発動される。
 その為、ゴブリンを発見した場合、進化する前に討伐する必要がある。
 他にも同じように『オーク』の存在もある。
 ゴブリンもオークも知能が高い為、人間の村を意図的に襲う。
 脅威であれば、ドラゴンなどの大型魔物の方が上だ。
 しかし、ドラゴンなどは数十年から数百年に一度、街や村を破壊するが人間の力で太刀打ちできるレベルでは無い。
 魔物図鑑の最初に、危険度と脅威度の説明があったことをリゼは思い出していた。
 危険度は、クエストを攻略する上での危険度を示す。
 当然、高ければ死亡率も上がることになる。
 しかし、脅威度は魔物が人族全体に与える影響を示している。
 人族に影響の少ない魔族は脅威度が低いが、危険度が高い魔物もいる。
 しかし、ゴブリンのように集団で街や村を襲う魔物は脅威度が高く、数によっては危険度も高くなる。
 クエストには、危険度や脅威度などは書かれていない。
 勿論、難易度も書かれていない。
 あくまで、魔物図鑑の参考値というだけだ。
 クエストの内容だけで、全てを把握できないのも又、事実なのだ。
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