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第36話

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 ヴェロニカとは一時間程度、会話をしていた。
 会話と言っても、ヴェロニカの話す事に対して、リゼが一言二言返すだけだった。
 ヴェロニカやハンネルに、娘のニコルも悪い人達ではないと分かる。
 自分が上手く話せ無い事に対して、ヴェロニカ達が気を悪くしないか心配だった。

「お母さん。そろそろ、リゼさんを解放してあげたら」

 ニコルが、ヴェロニカにリゼを部屋に行かせる様にと話をしてくれた。

「あっ、そうだね。長い間、付き合わせちまって悪いね。」
「いいえ……」

 リゼは、一言喋ると頭を下げる。

「では、ゆっくりと休んでおくれ」

 ヴェロニカは、そう言うと立ち上がり去って行った。
 リゼも、後を追いように立ち上がって、自分の部屋へと移動した。


 鍵を開けて部屋に入る。
 想像していたよりも狭かった。
 寝床と袖机がある部屋の横に、布で仕切られた便所と蛇口がある。
 立って体を拭く事は出来る程度の広さだ。

 先程、ヴェロニカにハンネルの料理を無料で食べさせてもらったので、腹は満たされている。
 夕食は抜いても問題無い。
 寝床に座り、明日からのクエストについて考える。
 自分のステータスを確認する。
 スキル『クエスト』の表示が点滅していた。
 リゼは『クエスト』の表示を押すと、達成率が『満』と点滅表示されていた。
 続けて、『満』の表示を押すと、別の表示が現れる。
 『次の三択から選んでください』
 『・クエスト難易度を上げる(達成報酬向上)』
 『・クエスト難易度を下げる(達成報酬低下)』
 『・クエスト内容を事前表示(達成報酬微低下)』

 リゼは驚く。
 自分のスキルだが、このような仕組みがある事は知らなかったからだ。
 以前に見た時は達成率が『零』だったので、特に気に止める事も無かった。
 つまり、スキルである『クエスト』を達成すれば、この値が貯まる。
 そうすれば、今回のようにスキル『クエスト』の内容に変化が出る。
 自分と同じようにスキルも成長するのだと実感する。

 そして、表示された選択。
 リゼは三択中二択で悩む。
 『・クエスト難易度を上げる(達成報酬向上)』は、達成報酬の向上は魅力だが、反対に罰則も比例する筈だ。
 そして、事前にクエスト内容が分かれば拒否する事も出来る。
 罰則のリスクがかなり軽減出来る。達成報酬が微低下したとしても、罰則回避出来る事は、かなり魅力だ。

 リゼは『・クエスト内容を事前表示(達成報酬微低下)』を選択して、表示を押す。
 表示は消えた。再度、確認の表示が出ないという事は、間違えて選択した場合も、やり直しが出来ないという事になる。
 リゼは一つの言葉を思い出す。
 以前にクウガが言っていた「自分のスキルと向き合う」だ。
 これが、クウガの言っていた事なのだと理解する。
 もしかしたら、自分にもいずれ『レアスキル』や『ユニークスキル』を習得する日が来るかもしれないと思えた。

(よし! 明日から頑張ろう)

 リゼは決意を新たにする。
 今日のクエストはまだ受注していないが、リゼには行きたい所等があった。
 靴屋と武器職人の工房だ。
 靴屋に行く理由は今、履いている靴が、この街に来た時から履いている靴の為、動きにくい。
 今後、魔物討伐する時には、もう少し動きやすい靴が良いと思っていた。
 防具も大事だが、自分の長所である『素早さ』を最大限に引き出す為には、靴は必須だと考えた。
 そして、武器職人の工房には、いずれ『刃物研ぎ』のクエストを受注すると思うので、下見に行くつもりだ。
 前回の事件の事もあるので、暗くなる前に見て周り、危険を少しでも回避する狙いだ。

 まず、靴を購入する。そして魔物討伐してから、刃物研ぎの流れでクエストを受注するとリゼは決めた。


 部屋には、ミッシェルから貰った服等を置いて、貴重品は全て身につける。
 通貨の入った袋は紐で首から下げて服の下に仕舞う。
 リゼは部屋の鍵を閉めて、受付に居たニコルに鍵を渡す。

「行ってらっしゃいませ」

 ニコルは笑顔で、リゼを送り出す。
 出口にはヴェロニカが居たので、挨拶をする。

「何処に行くんだい?」

 ヴェロニカはリゼに行き先を聞く。
 リゼに答える義務は無いが、「靴屋と武器職人の工房」と正直に答える。
 リゼの返答に、ヴェロニカはリゼの足元を見る。

「確かに、その靴だと動き辛そうだな……私も買出しがあるし、一緒に行ってやる」
「えっ!」

 リゼは驚き、断ろうとする。
 しかし、ヴェロニカが勝手に話を進めていくので、リゼに断る隙を与えてはくれなかった。
 しかも、道中はヴェロニカと二人なので会話にも困る。
 さっき、一時間程話をしたばかりなのに、これ以上話をする事があるのか不安で一杯だった。

 靴屋はこの町に五軒ある。
 リゼは何処の靴屋が良いのか分からないので、何処に行くかを悩んでいた。

「私に任せときな」

 ヴェロニカはリゼの手を引き、靴屋へと歩いて行く。
 リゼは片方の手で、小太刀を握り盗られないように用心する。
 ヴェロニカは有名人なのか、多くの人から声を掛けられていた。
 その度に、リゼに買い物の手伝いをして貰っているを笑いながら話していた。
 声を掛けた人々も、手を引いていたのがリゼだと分かると、励ましの声を掛けてくれる。
 リゼは声を掛けてくれた人々に、頭を下げるだけで精一杯だった。

「此処の店主は、偏屈だが腕は確かだ」

 笑顔で話すヴェロニカだったが、リゼは不安だった。
 街に五軒ある靴屋の中で、リゼが一番最初に候補から外そうとしていた店だからだ。
 店構えは決して綺麗とは言えず、店の中に入っていく人も少ない。
 たまに出て来た人の中には怒っている人もいた記憶がある。

「どうも~」

 そんなリゼの気持ちも御構い無しに、ヴェロニカは店の扉を開けて、挨拶をする。

「……お前か。何か用か?」
「用って、靴屋に来たんだから靴を買いに来たに決まっているだろう」
「そりゃ、そうか」

 店の店主は、髪の毛が無く丸眼鏡を掛けて、口髭と顎鬚がある筋肉隆々の強面の男性だった。

「まぁ、買うのは私じゃないんだけどな」
「……その後ろの嬢ちゃんのか?」
「あぁ、そうだよ。この子が噂のリゼだ」
「リゼって、ヨイチの爺さんやゴロウが話していたリゼか!」
「その通りだ」
「そうかそうか、そういう事なら断る事は出来ないな」

 店主の男性は右手にハンマーを持ちながら、リゼの所まで歩いてきた。

「俺はデニスだ。ヴェロニカやゴロウの悪友って奴だ。嬢ちゃんの話は色々と聞いている」
「あっ、はい」

 リゼは兎の宿の時と同様に、ゴロウ達が自分の事をどの様に話をしているのかが気になっていた。

「……その、私はどのような人物だと聞いていますか?」
「はぁ?」
「いえ、その……ゴロウさん達には御迷惑をお掛けしてばかりなので、どんな風に私の事を話されているのかと思いまして……」

 デニスとヴェロニカは顔を見合わせていた。

「そういう事か。心配するな、悪い事は何も言っていない。年齢の割にはしっかりした子で、損得勘定無しに動く子だと絶賛していたぞ」

 デニスの言葉に、リゼは心が痛んだ。
 損得勘定無しと思われているようだが、実際は自分のクエストを達成する為に、悪く言えばゴロウ達を利用した事になるからだ。

「私はゴロウさん達が話されたような、立派な人物ではありません」

 リゼは自ら、ゴロウ達が思っていた自分の人物像を否定した。

「そうだな。確かに自分の評価と、他人の評価は違う。その気持ちは俺にも分かるぞ」
「いやいや、デニスの場合は自分の事が分かっていないだけだろう」
「はぁ? 俺の事を分からない奴が多いだけだろう」
「だから、その評価が間違っているんだよ。この極悪面が!」
「何だと! この巨漢女が」

 リゼの話題を忘れて、デニスとヴェロニカが口喧嘩を始める。

(何で私、此処に居るんだろう)

 リゼはどうして良いのか分からずに戸惑いながら、この靴屋に連れて来られた事を後悔していた。
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