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小話まとめ・短編・番外編
番外編 北青院 (下)
しおりを挟む身体が回復して普通に生活出来るまでになった。運命と出逢ってから、二年が経っていた。
俺は十九歳になっていた。高校は休学になっていて後一年通わなければならない。その後大学に行くことになる。同い年の者達と比べて、二年のブランクが出来てしまった。
本当に、一体俺が何をしたっていうんだ。
運命という名の大災厄でしかない。
それでも不貞腐れている訳にもいかない。気を取り直して高校に通った。
音和はずっと俺を支えてくれた。だけど。
――――音和は、笑わなくなっていた……
きっと、俺に怒っているんだ。無理もない。
どんなに俺に愛想を尽かしていても、俺に項を噛まれた音和は俺の側にいるしかない。もう、俺を愛していなくても俺の側でしか生きられない。俺とヒートを過ごすしかないのだから。
元々、音和を溺愛していたがそれ以上に大事に扱った。
高校を二年遅れで卒業して大学に合格した。音和と同じ大学だ。
二十歳になって夏が近付いて来た頃、いい匂いだと思っていた音和の匂いが更にいい匂いになった。
俺を誘って惹き付ける匂いだった。更にいい匂いになった音和の初めてのヒートで子が出来た。
俺は嬉しかったが、音和は……喜んではいなかった……
俺の子など欲しくはなかったのだろう。
俺のせいだと分かっていても、流石に落ち込む。
あまりにも理不尽に感じてしまうのは、俺の責任逃れなのか……?
運命と出会う前に他のオメガと番ったことは、そんなに悪いことなのか?
そもそも、俺に責任はあるのか?
音和との幸せを壊されて、運命に切り捨てられて、精神を壊して二年も無駄にした。音和ともぎくしゃくしたままだ。運命と出逢ってしまったばかりに……
もし俺に罪があるとしたら、音和を切り捨てようとしたことだけだ。音和を傷付けたことだけだ。
運命なんて呪でしかない……
泣き言を言っていても始まらない。もうこうなってしまったのだから過去は変えられない。
ちゃんと、音和と話そう。
ちゃんと、音和の気持ちを聞いて今度は俺が音和を支えよう。
音和のお腹が大きくなってきた頃、音和と初めてちゃんと向き合って話すことを決意した。ずっとそれをしなかったのは、音和まで失ってしまう気がして怖くて出来なかったからだ。
でも、それじゃあ駄目なんだ。
「音和の気持ちを聞かせて欲しい。音和は俺をどう思っているんだ。俺が項を噛んだから仕方がなく傍にいるのか? 俺の子供なんて欲しくなかったのか? 正直に言って欲しい」
ソファに座りノートパソコンで調べ物をしていた音和の隣に座って尋ねた。
「違うわっ……! 私は政親を……愛してる。赤ちゃんが出来たことも、嬉しいわ……」
音和は否定したけれど、歯切れが悪い。
「音和……ちゃんと、音和の気持ちを聞かせてくれ。今度は俺が音和に寄り添うから……」
「政親……」
音和は俯いて暫く押し黙っていた。俺は根気よく音和が話し出してくれるのを待った。
やがて音和が俺にそっと身体を寄せて来た。俺はその細い身体を抱き上げて向かい合わせになるように膝に乗せて抱き締める。音和は俺の首に腕を回して首筋に顔を埋めた。そのまま小さな声で話し出した。
「政親が私より運命を選ぼうとした事が……凄く、ショックだった……酷い、裏切りだと思ったわ……」
「ああ……そうだよな。そう思って当たり前だ……」
「本当に……凄く、ショックだったのっ……心と身体がバラバラになって、壊れると思ったのっ……! 苦しくて、辛くてっ……貴方を殺してしまいたかったっ……!」
「ああ……本当に、悪かったよ。悪かった……」
泣き出した音和の頭と背中を撫でながら、彼女の気が済むまで恨み言を聞いて謝り続けた。
そのうち、ピタリと恨み言が止まり大人しくなった。グスグスと音和の鼻を啜る音だけが響く。
「でも……運命を失った政親がどんどん壊れていって……二年も精神を壊したまま、ベッドから起きられなくなった姿を見て、運命の強さを恐ろしく感じたわ……」
「ああ、本当にな。あれは凶悪な麻薬と一緒だった……」
「政親が死んでしまうかと思った……」
「音和……」
腕の中の頼りない身体を抱き締める。
「政親がこんなにも苦しんでいるなら――あの子も、もっと苦しんでいるのだと思った……」
あの子、俺の運命だった男の子のことだ。
「――あの子は……あんなに血を流して泣いていたのに、政親と番わないでくれた。私から政親を奪わないでくれた……」
「…………」
「あの子も政親と同じ様に苦しんでいるのかなと思うと……私だけ政親の側にいていいのかなって……政親との赤ちゃんが出来て嬉しいけれど、私だけ幸せを感じていいのかなって……あの子はヒートの苦しみもあるのに……今も、苦しんでいるんじゃないかと思うと……素直に喜べないの……」
そうだったのか。音和はずっと、あの子に後ろめたさを感じていたのか。
あの子のことは、病院で運命の繋がりを感じられなくなってから、どうなったのかは全く知らない。
あの子のその後を調べる気にはならなかった。調べたところでどうなる訳でもなかったし、知るのが怖かった。
でも今は、それを知らないと音和が安心出来ない。俺達の為にも知っておいた方がいいのかも知れない。
膝に乗せた音和を抱いたまま、テーブルに置かれたノートパソコンを引き寄せて操作する。
あの子は大神一族だ。下手に調べる訳にはいかない。探っていることを嗅ぎつけられて、要らない誤解をされては困る。
大神家の公式のホームページなら、一般に公開されている。大神一族である自分達の顔を覚えて、間違っても手を出すなという注意喚起だ。
余程の愚か者でもない限り、大神一族に手を出す奴はいない。
ホームページを開いて目を通していく。
そして、大きく載せられた写真に目が止まる。
「音和。あの子が載ってる」
音和を横抱きに抱き直してノートパソコンの画面を見せた。
「これが、あの子……?」
「ああ、随分と成長しているが間違いない」
画面の中には、教会の祭壇の前で幸せそうに微笑むあの子がいた。背も大きくなって、幼い可愛さはなくなり綺麗になっていた。
その隣にぴったりと寄り添っているのは、金髪のやたらと顔が整った背の高い外国人。緑色の目は、何よりも愛おしいものを見る目であの子を見詰めている。
――そうか。あの子も幸せを掴んでいたんだな。
彼を見ても、もう何も感じない。
「最近、結婚したみたいだな」
「幸せそう……良かった……」
音和は食い入るように画面を見て、ほっと安堵していた。
「しかも、俺なんかよりもずっと良いアルファを捕まえているじゃないか……」
もう、苦笑するしかない。
「政親よりも……?」
「ああ。相手は、アルファの中のアルファだと云われている希少種アルファの『皇帝』だ」
「え、あの、滅多に姿を見せないって有名な?」
「ああ。存在が強過ぎて自由に外に出られないって聞いたな。ん、ここに書いてあるな」
二人のプロフィールを読んでみると、あの子は希少種オメガだった。希少種同士、運命を選ぶ力でお互いを運命に据えたらしい。あの子と一緒だと、『皇帝』はどこにでも出歩けるようになったと書かれていた。
「すごい……」
驚いている音和を後ろからすっぽりと抱き締める。
「あの子は幸せになっているみたいだ。もうとっくに、俺の運命じゃない。だから、音和も幸せになっていいんだ。俺に音和を幸せにさせてくれ」
真剣な顔で音和を覗き込む。
「――――うん。私を幸せにして、政親」
音和は俺を見上げて含羞んで微笑んだ。
もう、ずっと見ていなかった音和の笑顔。
嬉しくなって、音和の首筋に顔を埋める。
「音和、今まで辛い思いをさせてごめんな。俺の番は、音和だけだ。――愛してる」
音和の堪らなくいい匂いを吸い込む。
音和だけが俺の番だ。
「もう私を傷付けないで……」
「ああ。誓うよ」
俺の運命は失われた。もう、何処にも存在しない。そのことに安堵する。
もう、音和を裏切ることはない。
「政親を愛してるの……」
「音和……」
音和の顔に手を添えて軽く向きを変え、柔らかな唇にそっと口付けた。
「音和だけを愛してる」
音和は俺の首に擦り寄って小さく頷いた。
不意に気付いてしまった。
俺の運命は消えたけど、音和の運命は何処かに存在するということに。
あの狂った衝動が音和を襲ったら……
考えるだけで、ぞっとした。
誰にも奪われないように、音和を隠さないと。
執着の強いアルファはこうやって生まれるのだなと、妙に納得した。
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