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本編
19. 初めてのお茶会
しおりを挟むあれから半年が経った。
ハニエルとシュザークは、八歳と十歳になった。
俺達の日常はルーティン化しておりダンジョンに一日潜ったら三日休み、その三日間は勉強と屋敷の仕事、公爵家で剣の稽古の繰り返し。
冒険者ランクもキディリガン一家の全員がCランクになった。今は、ダンジョンの五十二階層まで攻略済み。
そうそう、天空鳥なんだけど。これがとんでもない値段で売れた。一体は解体した状態で丸々俺の収納空間で保管している。オークションで売りに出したのはもう一体の三分の一くらい。そのお金をシュザークと二人でミーメナに渡した。ミーメナは、涙ぐみながら受け取ってくれた。
ミーメナは、全額ではなく十分の一は受け取らず、俺達に持っていなさいと返して来た。返された分は、シュザークと半分ずつ持つことにした。
それでも、伯爵家の半分の借金が返済出来た。
天空鳥を、また同じだけ売れば完済出来ることが分かり余裕も生まれた。ただ、次に売るには最低でも五年は待った方がいいと言われたので、直ぐに借金はなくならない。
ミーメナは、俺達に頼ってばかりではいられない、と言ってダンジョンでの稼ぎを借金に当てている。勿論、俺達も。他の皆もお金を出そうとしたけれど、ミーメナは頑なに受け取らなかった。普通に使用人として働くよりも稼げていると思う。
因みに、天空鳥の肉は最高に美味かった。公爵家の伯父上にもお裾分けした。めちゃくちゃ喜ばれた。
食事は日に日に豪華になって、おやつだって出る。痩せ細っていた俺達は、健康的に肉が付き肌艶も良くなった。
そんな充実した毎日を送っていたある日。
「貴方達に、王宮からお茶会の招待状が届いたわよ」
夕食を食べた後、皆でお茶を飲んでいたらミーメナにそう告げられた。
「お茶会?」
俺は首を傾げる。そんな俺を見てシュザークが説明してくれた。
「ああ、ハルは今回が初めてのお茶会だものね。八歳から、伯爵以上の貴族の子供が王宮で催される茶会に呼ばれるんだよ。――言っておくけど強制参加だから」
「え……」
面倒だな、と思っていたのがバレたのか先手を打たれた。
「……何をするんですか?」
「王太子殿下にご挨拶したら、お茶を飲んでいればいいよ」
「それだけ?」
シュザークは微笑みながら頷いた。
「そうね。本来の目的は王太子殿下の御学友、行く行くは側近候補の選別と婚約者候補を選別する為のお茶会よ。――でも、我が家は貧乏辺境伯。後ろ盾にもなれないから論外。貴方達は女の子でもないし、ただ出席すればいいだけよ」
ミーメナが教えてくれた。
「へぇ。じゃあ兄さんは行ったことがあるの?」
「うん。今回で三回目になるね」
「王太子殿下っていくつなの?」
「ハルと同じ八歳だよ」
へぇー。初めての貴族っぽいイベントだな。
「今回は、ハルも一緒だから退屈しないで済みそう」
シュザークがそう言って笑う。
「そんなに退屈なの?」
「退屈だよ。子息達はどうにか殿下に取り入ろうと必死だし、令嬢達は殿下に気に入られようと必死だね。毎回ライバルの蹴落とし合いで、目を付けられると面倒なことになりそう。まぁ、私は何処からも眼中にないから問題ないけどね」
ああ……そういうこと。貴族同士の蹴落とし合いなんて面倒臭さそうだけど、そもそも眼中にないなら問題ないな。
「御学友候補と婚約者候補が決まれば、お茶会はなくなるんですか?」
「そうよ。後は選ばれた候補者だけを呼んで交流会が開かれるわね」
ミーメナが答えてくれる。
「俺と同い年で、もう婚約者を決めないといけないなんて、王族も大変ですね」
「ふふっ、でも正式な婚約者となるのは殿下が十八歳になってからよ? そこから二年王妃教育を受けて二十歳で結婚することになるわ。殿下は、十八歳になるまでは相手を吟味出来るわね。今の王族は力があるから政略的な要素は然程ないし」
そうなんだ……
「殿下が婚約者を決めるまでは、野心がある貴族は自分の子の婚約は決めないでしょうね」
「そうなんだ」
「貴方達のお茶会へ着て行く服を用意しなければね」
服か……正直、お下がりでも古着でも何でも良いけど貴族としての矜持があるのかな。その辺は分からないのでミーメナにお任せだ。
お茶会のことなどすっかり忘れてダンジョン攻略に精を出す日々。
ハニエルは、三、四日に一度くらいしか出てこなくなった。勿忘草の花畑にあるベッドの上で、すやすやと眠るハニエルはとても穏やかな顔をしている。
前よりも更に身体が透けて来た。このままだと俺が出たままになりそうで……どうにかしたいが何も出来ないでいる。
あと、何でか俺の髪がぐんぐん伸びていて……今では腰まである。鬱陶しいから風魔法で切ろうとしたが、どういう訳か絶対に切れない。精神世界なのに髪が伸びるってどういうこと? 仕方がないので適当に後ろで一つに縛っている。
そして、お茶会の日がやって来た。
朝食が終わった途端にシュザークと二人、ミーメナに捕まって髪を丁寧にセットされ青いリボンで結われて用意された服を着せられる。
薄氷のような青味掛かった白のシャツに同色のクラヴァットをサファイアのピンで留める。薄いクリーム色のベスト。深い青灰色のジャケットは襟が高く、裾は膝上まである。袖口は折り返し。やや拡がっている袖口からは薄氷色のフリルとレースが見える。細身の青灰色のズボン。膝下までの細いストンとした黒の革ブーツ。
シュザークとお揃いだ。
おお……何か貴族っぽい。
健康的になったシュザークも様になってる。
「ふふっ、二人共よく似合っているわ」
「こんな立派な服……お高かったんじゃないんですか……?」
シュザークがお金の心配をする。
「ふふっ、大丈夫よ。ダンジョンの素材をたくさん使ったし、素材が欲しいと店主が言うからそれと引き換えにただで作って貰ったもの。大人になっても着れるわよ」
「流石、母様!」
俺は称賛を送った。
お茶会は王宮の庭園で催される。招待状には転移陣が同封されており、それを使って転移すると庭園内の決められたガゼボに転移するそうだ。
「教えたマナーを忘れないでね。二人共気を付けて。粗相のないようにね」
ミーメナに言い聞かされて頷く。
流石に王族に粗相はマズいので気合を入れる。
「私から離れては駄目だよ?」
シュザークに念を押された。
「はい。何が何でも離れません!」
真剣に返すと笑われた。
「じゃあ、母上。行って参ります」
「行って参ります」
ミーメナが頷いたのを見届けてから二人で転移した。
着いた場所は、白い石で作られたガゼボだった。至る所に彫刻が施され高級感が凄い。
執事服の品の良いおじさんが綺麗に礼を執る。それに会釈を返して招待状を渡す。
「キディリガン辺境伯爵家嫡男シュザーク・キディリガンと次男のハニエル・キディリガンだ」
シュザークが名乗る。
「よくお越し下さいました。会場まで御案内致します」
執事さんに先導されて歩き出す。
うわっ、本物のお城だ……! でけぇ……! 何か、異世界に迷い込んだみたいだ……俺にとっては異世界に間違いないけど。
心の中でめちゃくちゃ感動しているけれど、顔や態度には出さない。母上とタキートに叩き込まれた貴族のマナーだ。背筋を伸ばして流れるように歩く。……多分、出来てる……
怪し気な俺と違ってシュザークは完璧だった。どっからどう見ても貴族だ。
多分、庭の中を歩いていると思うけど……手入れが行き届いていて我が家との差をまざまざと見せ付けられる。家の庭もなんとかしないとなぁ。
「ここが会場となります。お二方の御席はこちらになります。お掛けになってお待ち下さい」
執事さんが立ち止まって礼を執る。
「「ありがとう」」
シュザークと二人、礼を言うと執事さんは薄っすら口角を上げて去って行った。
案内された席に腰掛けて辺りを見渡す。ガーデンパーティ用の場所なのだろう。綺麗に刈られた青々とした芝が広がっていて、周りは綺麗に整えられた薔薇が塀のようにぐるりと周囲を囲んでいる。所々にアーチのようなものも見えるし、広場の中央には美しい女神像の彫刻が飾られた噴水がある。所々に白い丸テーブルと椅子が置かれている。
「凄い庭ですね……」
「ふふっ、家と違ってね」
あ、やっぱりそう思ってたんだ。
「王太子殿下がいらしたら、ご挨拶に行くんですよね?」
「そうだよ。あの噴水の前で挨拶を受けられるからね。公爵家の方が挨拶をしたら、その次が私達だよ」
いくら貧乏伯爵家でも辺境伯。名ばかりでも辺境伯。身分的に言えば辺境伯は公爵家と同等の身分だ。実は身分高いんだよね、俺等。とても公爵家と同等とは思えない暮らしだけどね。
貴族年鑑で顔と名前は詰め込んできた。先に挨拶する公爵家の子息子女は七人。多いと思うだろうけど一番年上の人が十八歳だからねえ。
「あ、殿下がいらしたよ」
シュザークの声にサッと席を立つ。
殿下の方を盗み見る。
色の濃い金髪に薄い翠の眼。身長は俺よりも頭一つ高そう。ハニエルは、成長不良だから今は平均より低いしな。因みに、シュザークも成長不良。だから殿下と同じくらいの身長だ。
金の刺繍が入った、尻を隠す丈の白い詰め襟のジャケット。淡いクリーム色のシャツと同色のクラヴァットを大きめのエメラルドのピンで留めている。白いズボンの脇にも金糸で刺繍がされて白い革靴を履いている。
やや吊り目のせいで勝ち気な猫みたいだが、整った顔なのは間違いない。いかにも白馬の王子様という感じ。
殿下が噴水の前に立つと白に赤い縁取りが施された騎士服を着た護衛の騎士が二人、その両脇に立った。
殿下は会場をゆっくりと見渡し俺達で目を留めたような気がした。……気の所為か。
そこから公爵家の子息子女が殿下へと挨拶に向かう。俺達もその後ろに並んだ。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。キディリガン辺境伯爵家嫡男シュザーク・キディリガンです。本日はお招きいただき有難うございます」
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。お初にお目にかかります、キディリガン辺境伯爵家次男ハニエル・キディリガンです。本日はお招きいただき有難うございます」
胸に手を当て礼を執る。
「――楽しんでいくが良い」
「「はっ、有難うございます」」
殿下の言葉にもう一度礼を執り、失礼いたしますと言ってその場を辞した。
ふぅ……本日最大の仕事を終えたぜ。
自分達の席に戻り一息つく。
殿下が挨拶を受け終わるまでは、お茶も菓子も出て来ない。
王太子殿下のお名前は、ランドラーク・パラバーデとおっしゃる。陛下と正妃の間に生まれた正統な王太子だ。
陛下には正妃の他に側室が二人いらっしゃる。王太子殿下の一つ下に第二側室との間に生まれた第二王子殿下がいらっしゃる。
ランドラーク王太子殿下が八歳にして王太子を冠しているのは、次期王はランドラーク殿下だと陛下が確固たる意志を示した証拠だ。暗に第二王子を担ぎ上げようとする者達に対する牽制だ。
「ちゃんと挨拶出来たね」
シュザークが褒めてくれたので礼を言う。
「にい……兄上は、いつもこの後どうしてたんですか?」
お茶会の参加が三回目のシュザークに尋ねる。
「んー、お茶を飲んでお菓子を食べて、その辺をぷらぷらしてみたり――後は見物」
「見物?」
「言ったでしょう? 王太子殿下に取り入ろうとライバル同士が蹴落とし合うって」
ああ、成る程。醜い争いを高みの見物をして暇を潰してたのか。
「まあ、あの男のことで手一杯だったから参考に出来ることがあるかと思ったんだけど――無駄だったね」
「兄さん……」
元父親のことを思い出したのか、シュザークから黒い靄がで始めた。慌てて席を立ち、シュザークの身体を埃を払うようにぽんぽんする。
この靄……絶対魔王候補と関係あるでしょ……
「こ、こらっ、こんな所でそんなことしたら駄目でしょ!?」
シュザークが少し慌てる。
いや、分かってるんだけど……これを放置するとマズい気がするんだよね。
よし、シュザークの気が反れたお陰で靄がなくなった。俺は速やかに席に戻る。周りを確認したが俺達を見ている人は居なかった。
訝しげなシュザークに俺はにこりと笑ってみせた。
そんなことをしていたら挨拶が終わったらしい。
噴水前にテーブルと椅子が置かれ殿下が腰掛けると、お菓子やお茶が給仕される。各テーブルにも同じものが給仕された。
俺達のテーブルにも三段プレートのケーキスタンドが置かれ、給仕の人により紅茶が淹れられる。
「お茶やお菓子を楽しんでくれ」
殿下がそう言って紅茶に口を付けた。
身分が上の人が食べてからじゃないと食べられないからね。それを確認してから皆も紅茶を飲む。
えっと、ケーキスタンドの一番下のサンドイッチから食べなきゃいけないんだよな……? 次に二段目のスコーン。そうしたら後は自由に食べて良いんだったよな?
マナーを確認しながらサンドイッチを取って食べる。普通に美味しいサンドイッチだ。でもソーンが作る方が美味しい。
殿下が一通り食べて席を立てば、話し掛けてもいいことになっている。これはこのお茶会だけのルール。本来なら身分が下の者から上の者に声を掛けるのはマナー違反。
但し、話し掛けても応えてくれるかは別の話し。
スコーンを取ってクロテッドクリームを塗って食べる。うん、これも普通に美味しい。でもやっぱりソーンが作ったスコーンの方が美味しい。
そしてフルーツと生クリームがたくさん乗ったケーキを食べる。思わず紅茶をぐいっと飲む。
甘すぎる~っ……!!
あれか、富の象徴として砂糖をたくさん使って財力を誇示するってやつ……
周りが急にざわめき出した。
殿下が席を立った様だ。わらわらと人が殿下に群がって行く。こうなれば好きに歓談して良くなる。
「このケーキ甘すぎる……」
周りに聞こえないように小さな声で囁く。勿論、口はあまり動かさない。
「貴族のお菓子はこんなものだよ。これで財力を誇示してるからね」
「うぅっ……勿体ない……砂糖は確かに高めですけど手が出せない程じゃないですよね? 折角、見た目はこんなに美味しそうなのに……財力の誇示ならもっと違うもので示したらいいのに」
「そうだね……砂糖が出始めた当初は、とても高価で今みたいに簡単に手に入るものじゃなかったらしいけど、その時のまま変わらずに来てしまったんだろうね」
「止めるに止められなくなったってことでしょうか? でも、食べるなら美味しく食べた方が皆が幸せなのでは?」
「私もそれに賛成だね」
「……全く、その通りなんですっ……!……あっ……!」
突然会話に入って来た声に驚きそちらを見ると、白いピシっとした調理服を着た二十代後半くらいの男が身を乗り出していた。
思わず口を挟んでしまったのか、口元を両手で押さえている。
「も、申し訳ございませんっ……! 常々、思っていたことなので……つい、口を挟んでしまいましたっ……!」
男は慌てて早口で言うと腰が折れるんじゃないかと思う勢いで頭を下げた。
まあ、貴族に使用人が軽々しく声を掛けていいものではないからね。
「ふふっ、気を付けてね。私達じゃなければどんな罰を課されるか分からないよ?」
シュザークが笑って許した。
「貴方がこのケーキを作ったの?」
俺が尋ねると男は頷いた。
「寛大なお言葉を頂きまして有難うございます。……はい、そのケーキは私が作りました……実は、砂糖を控えたものも作ったのですが……怒られてしまいまして……あっちの方が絶対に美味しいと自負しております!」
男は、おどおどしながら答える。それでも最後は自信をもって言い切った。
「へぇ、食べてみたいな……それ、まだある?」
「は、はいっ! 直ぐにお持ちいたしますっ!」
男は礼をしてから急いで何処かへ行ってしまった。
「楽しみですね。に……兄上!」
俺が笑いかけるとシュザークも微笑んで頷いた。
皆、殿下に夢中なのでこちらを気にする者などいない。どうせなら、美味しいものを食べて時間を潰したい。
暫くして男が戻ってきた。
「こちらが砂糖を控えたケーキになります。もし宜しければ……こちらのクレープもどうぞ召し上がってみてください」
出されたのは、見た目は同じフルーツと生クリームがたっぷりのケーキ。バナナと生クリームにチョコレートを掛けてクレープで包んだもの。……チョコバナナクレープそのもの。
お、この世界にもバナナあるんだっ!
早速、フルーツケーキを食べて見る。
「おおっ……! ちょうどいい甘さ! フルーツの酸味とクリームの甘さが絶妙……!」
次に、クレープを食べる。
「バターの効いた……ちょっとしょぱめの生地にチョコバナナと生クリームの甘さがよく合うっ!……とても美味しいよっ!」
「ふふっ、ハルったら……でも本当に美味しいね」
俺が目をキラキラさせて男を見ると、ほっとしてから満面の笑みを浮かべた。
「へぇ? 私も食べてみたいね」
デザートに舌鼓を打っていると子供の声が割り込んできた。
げっ……! 王太子殿下っ……!!
後ろに、ごっそり金魚のフンを引き連れて王太子殿下が立っていた。
俺とシュザークは、慌てて席を立ち胸に手を当てて礼を執る。
殿下が後ろに向かって軽く手を振ると後ろの取り巻きが、さっと離れていった。その間に使用人が俺達のテーブルに椅子を増やし、殿下が座ってしまった。
「私にも同じものを」
「は、はいっ! かしこまりましたっ……!」
俺達にケーキを持って来てくれた男……料理人が、裏返った声で返事をするとケーキを切り分けてクレープの皿と一緒に殿下の前に並べた。
「いけません殿下。毒見がまだです」
殿下の後ろに立った護衛が止めた。
殿下は護衛をちらりと見てからテーブルに視線を戻す。
「なら、それでいい」
殿下が指したのは、シュザークが食べていた皿。
「既にお前が食べたものなら、毒見したも同然だろう?」
殿下はそう言ってシュザークのケーキとクレープの皿を奪って行った。
その場の全員が固まったが殿下は構わずケーキを食べた。
「へぇ、本当に美味しいね。こちらのクレープも、美味しい……!」
殿下は本当に美味しそうに微笑んだ。
「――お前達も席に着け。どうして、お前達だけこんな美味しいものを食べていたのか教えて欲しいな?」
殿下に促され俺達は席に着いた。
給仕によって新しいお茶が淹れ直された。
「それで?」
再度、殿下に問われてシュザークが話し始めた。
「――貴族のお菓子は甘過ぎると愚弟と話をしていまして……昔からある風習の財力を誇示する名残で、止め時が分からなくなってしまったのでは?……と愚考しました。砂糖は、今では安価ではないですが、手が出せない程高価でもありません。最早、財力の誇示にはならないかと……美味しいと思える甘さで美味しく食べた方が良いのでは、と言う話をしていたのです」
「――ふむ」
殿下が思案顔で頷く。
「そこの料理人の彼が砂糖を控えたお菓子を作ったと聞きまして、ならば食べてみたいと言ったら用意してくれたのです。流石、王宮の料理人ですね。とても美味しいものを食させて頂きました」
シュザークは貴族スマイルを浮かべ、上手いこと料理人の彼の失態が咎められないように言い包めた。
流石です、兄さん!
「――止め時が分からない、か。甘さには好みもあるが……確かに自身が美味いと思えないものをわざわざ作らせなくても良いな……」
殿下は一つ頷くと大きめな声で言い放った。
「よし、ならば私から始めよう。砂糖に財力を誇示する力はもうない、とな。美味しい菓子を食べることにしよう。――そこのお前、これからはお前が私の菓子を作れ」
殿下は料理人の彼を一瞥し、そう言い放った。
「は、はいっ……!」
料理人の彼は、慌てて頭を下げる。
「有意義な時間だった」
殿下は席を立つと、その一言を残して去って行った。
シュザークの食べかけのケーキもクレープも、いつの間にか綺麗になくなっていた。
よっぽど、美味しかったのかな……
「有難うございますっ! お二方のお陰ですっ!」
料理人の彼は、感動のあまり涙を浮かべながら頻りに感謝の言葉を並べた。
一瞬にして王太子殿下のお抱えパティシエになったんだ、大出世だもんね。良かったね。
料理人の彼は、俺達にケーキとクレープのおかわりを置いて居なくなった。
「びっくりしましたね……」
「――そうだね、まさか殿下に話し掛けられるとは思わなかったよ……」
俺とシュザークは、顔を見合わせて溜息を吐いた。
それから、王太子殿下の主導で貴族達のお茶会や舞踏会に出されるお菓子が適切な甘さのお菓子に変わっていったなんて……社交に出ない俺達には分からないことだった。
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