俺の幸せの為に

夢線香

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本編

02. 記憶にR指定は掛けられない

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 何だか訳が解らない……酷い夢を見た。
 
 そんな夢を見たせいか、身体が怠い……
 
 おまけに、身体中……主に背面側がジクジクズクズク、ヒリヒリビリビリする。まるで、皮膚が裂けているかのように痛む。しかも、何だか熱っぽい……風邪でも引いたのか……?
 
 喉も渇いたから水を飲みたいけど……動きたくない。
 

『それなら、まほうでおみずをだせばいいよ』
 

 は? 何言ってんだ? 魔法なんて、使える訳がないだろう。この年で中二病患うなんて、イタすぎる……
 

『つかえるよ。たぶん……つかいかた、しってるとおもう……』
 

 そんなの知る訳……ない……って、
 

「……ハ、ル……?」
 

『なあに?』
 

 えっ!? 何で話せるの? 頭の中で喋ってる? っていうか……俺、まだ夢を見てるのか……?
 

『……ちがうよ、アシャ。ゆめじゃないよ……』
 

 夢じゃ、ない……?
 

『……そう、ぼくとアシャは、一つになっちゃったみたい』
 

 は? どういうことだ?
 

『めをあけてみて』
 

 そう言われ、重い瞼を開ける。
 

 元は白かったかも知れない、傷んだシーツが目に映った。
 
 どうやら俺は、ベッドらしき処にうつ伏せで寝ていたらしい。辺りは薄暗い。木で出来た引き出しのない、簡単な造りの机と椅子。机の上には、十冊くらいの本が置かれている。
 
 
 知らない部屋なのに、知っている。
 
 
 そんな奇妙な感覚に戸惑う。
 
 シーツに片頬を付けて見ているだけなのに、見えていない筈のこの部屋の全体像が、見なくても解る。
 
 そう、この部屋には見えて居る机と椅子、俺が寝ている小さなベッド以外、家具はない。
 
 窓は……在ることは在るけれど、分厚い鉄板のような物にガッチリと塞がれて、外を見ることは出来ない。高い天井近くの壁に、細長い明かり取り用の……嵌め殺しの窓があるだけ。
 
 更に言えば、机の上にある本は『秀麗騎士団物語』という題名のシリーズ本で、内容は……容姿の整った騎士達の織り成す恋愛模様を男女問わず、エロいシーンありありで綴った淑女に大人気の本だ。
 
 そして、物がない割に部屋が十畳くらいの広さがあるのは……
 
 ハニエルを鞭打つ為……
 

「……っ……!」
 

 見ても居ない光景が、次々と頭に浮かんで来る。
 
 父親に服が破れないように裸にされて、教鞭で容赦なく何度も打たれるハニエル。
 
 父親が連れている男に、腹を蹴られ、殴られるハニエル。
 
 碌な食事を与えられず、腹を空かせて蹲るハニエル。
 
 大人しく言うことを聞かないと、かあさまとにいさまを酷い目に遭わせるぞと脅される…ハニエル。
 
 それ等は、何度も何度も繰り返し行われたこと。
 
 頭の中に浮かんで来るこれは、ハニエルの記憶だ。
 

「……ハル……ハニエルっ………おま…えっ…!」
 
『……アシャ……』
 

 ハニエルの記憶は、ハニエルの感情や痛み迄も……余すことなく俺の中に伝わってきた。こんな子供が……あんな酷い仕打ちに堪えていたなんて……

 ハニエルに掛ける言葉が見つからない……
 

 こんな幼い子供に、なんてことしやがるっ……!
 

 俺の中に湧き上がるのは憤怒。あの親父! 絶対許さねぇ!
 
 身体が思うように動かないので、心の中で拳を握る。
 
 でもまぁ、性的な虐待はされていなかったことだけは、ほっとした。
 
 ────はあぁ……
 
 深い溜息を吐いて俺の中に渦巻く色んな感情を落ち着ける。
 
 なにはともあれ、現状把握が最優先だ。
 
 何で、俺はここに居る?
 
 そう、一番の疑問。その答えはハニエルがくれた。
 

『アシャは、ぼくと一つになったからだよ……』
 

 さっきも、そう言ってたな。どういうことだ?
 

『じぶんの、からだをみて……』
 

 そういえば、身体の怠さと痛みで……うつ伏せのまま身じろぎ一つしていなかった。
 
 正直、動きたくないけれど……仕方がない。
 
 身体を起こそうとして腕を動かすと、背中に裂けるような激痛が奔った。
 

「っうっ……!?」
 
『アシャ……!……アシャ、だいじょうぶ……?』
 
「何だ、コレっ……!」
 

 怪我した覚えもないのに、痛みだけがある。
 

『ごめんね……ごめんね……アシャ……』
 
「何で、お前が謝るんだよ……?」

 
 泣きそうな声で、何度も謝ってくるハニエルに尋ねる。
 

『だって……いたいのは……ぼくのからだだから……』
 
「?」
 

 ハニエルの言っている意味は解らなかったが、どうにか痛みを堪え、両手を顔の横に移動させて……その手の細さと小ささに驚愕する。
 

「────は?……」
 

 どう見ても俺の手じゃない……子供の手だ……
 

『……アシャは、ぼくのからだのなかに、いるんだよ……』
 

 え? は? え? ハニエルの身体? 痛いのは、本当に怪我をしているからか?
 

 ……じゃあ、俺の身体は……?
 

『……たぶん……もう……ないよ……』
 

 気不味そうに、小さく呟くハニエル。
 
 
 ない?……無い?
 
 
 俺は混乱した。俺が今居るのは、夢の中……だよな……?
 
 夢にしては、痛みがリアル過ぎるけれど……夢だろ……?
 

『アシャ……ゆめじゃないよ……』
 

 ハニエルは、自信があるとばかりに否定して来る。
 

『アシャと会ったところはね、ぼくがつくったの……ぼくしか、はいれないのに……アシャがいて……ぼくもびっくりした……』
 

 お前が創った……場所? あの、黒い場所が?
 

『……うん。そこにいるときは、からだはないの』
 
 精神だけの世界ってことか?

『……たぶん、そう。あしからほそい、ひかるいとが出てて、からだと、くっついてるの。そのいとがないと……からだにもどれないんだよ……』
 
 ――――へぇ?
 
『……でも……アシャには、いとがなかった……』
 
 …………
 
『アシャのからだは……もう、……きえて、る……』
 
 っ……!!
 
 尻窄まりに小さくなっていくハニエルの言葉に、一瞬頭が真っ白になる。だが……
 
「はあぁぁーっ……そっかぁー……俺死んだのかぁー……」
 
『…………』
 
 意外と直ぐに、自分の死を受け入れることが出来た。
 
 
 アレだな。死因は、熱中症だろうなぁ……
 
 
 リビングにはクーラーを付けたけど、寝室にクーラーを付けた覚えがない。
 
 二つの部屋を繋げる扉は、ストッパーで抑えないと勝手に閉まるタイプのものだ。
 
 目眩がする程の熱気むんむんの中、閉め切った部屋でクーラーも付けずに寝たんだ。熱中症になって死ぬのは当たり前だな。
 

「熱中症、ねぇ。意外とあっさりと――」
 

 ――――死ねるものなんだな。
 

『……アシャ……』
 

 ハニエルの、もの言いたげな呟きに何となく咎められているようで……気不味くなる。
 
「……そうなると、俺はハルに憑依した状態ってことか?」
 
 気不味さを振り切る為に、話を変える。
 
『……ひょうい?』
 
「幽霊。魂だけの存在になって、生きている者に取り憑くってこと。この場合は、俺がハルに取り憑いてハルの身体を乗っ取ているわけだけど……悪かったな、勝手に入っちゃって……ちゃんと身体は返すから……どうやって出れば良いんだ?」
 
 俺は、身体に力を入れてみたり魂が抜け出るイメージを浮かべてみたりしたが、抜けられる気がしない。
 
『だめっ、アシャっ! アシャがいなくなったら、ぼくがきえちゃうっ!』
 
 ……何? どういうこと?
 
 焦ったようなハニエルの声に、動きを止める。
 
『ぼくが、からだにもどったら……たぶん、すぐにきえちゃう……!』
 
 んんン~~??
 
 ちょっと、言ってる意味が解らない。
 
『え~と……う~んっと……』
 
 ハニエルも必死に説明しようとするが、上手く言葉に出来ないようだ。
 
『うぅぅ~~~! あっ、そうだ! アシャ、こっちにきて!』
 
 こっちって、どっち!?
 
 閃いた! と言わんばかりのハニエルに、俺は困惑する。
 
 そもそもお前、何処に居るの!?
 
『どこって、アシャといっしょにいるよ?』
 
 ん? 益々、解らん。
 
『いいから、めをとじて、ぼくをさがして!』
 
 ……そんな、夢の中で待っててね! みたいなコト言われても……
 
『いいから、はやくっ!』
 
 取り敢えず、指示通り目を閉じる。
 
 おーい、ハルー、ハニエルー、ハニエルやーい。
 
 心の中でハニエルを呼んでみる。すると、急に眠気が襲って来て……あっという間に意識が落ちた。
 
 
 気付くと――元の自分の姿で……青空が広がる花畑に居た。
 
 
 しかも、ここは見覚えがある。爺ちゃんの家の裏山に開けた場所があって、そこには沢山の勿忘草が咲いていた。ここは、その場所と同じだった。
 
「ここ、すごくキレイだね」
 
 掛けられた声に振り向くと……ハニエルが居た。

 にこにこと笑っているけれど……その姿は透けている。
 
「……ハル……お前、透けてるぞ……」
 
「……うん」
 
「……消える訳じゃないよな……?」
 
「……このままだと……きえちゃうとおもう……」
 
「この儘って?」
 
 寂しそうに眼を臥せるハニエルの隣に行って、その儘、草の上に胡座をかいて座る。それでも俺の方がほんの少し目線が高い。
 
「アシャに会ってなきゃ、あそこできえちゃってた……」
 
 そんなことはない、とは言えない。さっき迄入って居たハニエルの身体は、動くのも儘ならないほど衰弱していた。今の……ハニエルの生活が変わらない限り、死ぬのは確定だと思える。
 
「アシャと、ひとつになったとき、アシャのまりょくがぼくにはいってきて、からだがらくになった」
 
「魔力って……本当に有るのか……」
 
 てっきり、中二病的な想像の話かと思った。
 
「アシャのいたとこには、まほう、なかったもんね」
 
「……お前、俺の心を読んでる? 何で俺の居た場所のことを知ってる? この場所のことだってそうだ」
 
 俺は、目の前の花畑に視線を向ける。
 
「アシャも……ぼくのなか、みえたでしょう。ぼくもアシャのなかが、みえたよ……?」
 
 ハニエルは、俺の直ぐ隣に座った。
 
 俺の中を……? ハニエルの記憶を視た時、その時の感情や痛みまで伝わってきた。ってことは、ハニエルも俺の記憶どころか感情の動きまで全部知ったってことか……
 

「――――つまんなかったろ?」
 
「……そんなことない……」
 

 自分の全てを他人に知られるなんて……気分の良いものじゃないけれど、今回は不可抗力だし、こっちもハニエルの記憶を視たんだからお互い様だ。
 

 ……ただ……R18指定、結構……有ったと思うけど……自主規制が掛かったのか……?
 

「しゅーれーきしだんものがたりの、きしさまみたいだった……」
 
 
 
 ――――それ、アウトなやつじゃん……
 
 
 
 誰だよ、あの本、ハニエルに読ませたの……
 
 幾ら何でも、子供には早過ぎるだろ……
 
 っていうかハニエル……
 
 
 
 お前、俺の心の声、完全に聴こえてるよな。












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