上 下
45 / 54
第三章 自衛隊の在り方(前)

第十八部

しおりを挟む


 第一中隊本部所属のパジェロが、砂を巻上げて停止した。イリューシャンは、それでせてしまって居る。
 時間が無い。直ぐ降りて、塹壕に併設されて居る防衛線指揮所に入った。
 此処も連隊指揮所と同様、掩体であるが、その壁は金網で成形され、不織布が金網に若干食込くいこんでいる。一方、連隊指揮所は巨大なコンクリートブロックで構築されて居た。
 防衛線指揮所を形作るのは、ソイルアーマーと云う2010年以降に導入されたかなり新しい装備品で、使用しない時は畳める為大量に持運もちはこぶ事が出来る。使用方法は至って簡単。基礎用、上部用共に、畳んでいたソイルアーマーのかわを展張し、その中に土を詰めるだけ。基礎用は壁に使用され、上部用は天井として使用されている。
 これを組合わせれば砲弾すらも防ぐ事が可能で、持運びが簡単、加えて築城が早く終ると云う万能装備品である。

「新渡戸さん。すみません。築城に手間取ってしまって……最悪三十分の遅れが出る可能性が」
「不味くないですか? それ」

 指揮所に入った途端、施設中隊の黒鎺さんが謝罪した。にも関わらず、私は彼にプレッシャーを掛けてしまう様な返しをしてしまった。

「応援出します」
「有難う御座います!」

 私が即座に思い立った言葉に対して、黒鎺さんは深い御辞儀で返した。
 間に合いそうにないなら、全勢力を投入する迄だ。
 広多無携帯用Ⅱ型、片手で持てる無線機を手に取った。もう既に、此処一帯は師団通信システムの様なネットワークが構成されている。

「こちら新渡戸。一中隊本部、感明送れ」
「はい。こちら、一中隊本部。感明良好」
「京谷か。一中隊は、只今を以て施設中隊の支援を開始する。各小隊はこれより、黒鎺二佐の指揮下に入る」

 京谷の返信は、現代女子高校生のメッセージ並に速かった。

「本当に、恩に着ます!」

 黒鎺さんはそう言うと、スロープの様な地図を乗せる台の目の前に置かれている椅子に腰掛けた。キャンプで使う様な折畳式の小さな物だ。地図は、連隊指揮所に掛けられていたそれと同様のものであるが、そう云えば詳しく見て居なかったので、私もそれに近付いた。
 流石に、特設の指揮所は連隊指揮所に比べると見劣りする。床面積も相当小さいだろう。そんな指揮所に惜しげも無く中央に置かれているのが、地図を置く台である。
 地図は白黒で、等高線や地図記号等の必要な物は欠かさず記入されている。黒鎺さんの視界に入る程、その地図を詳しく見ると、将来障害が敷設される位置に印が付けられている事が分った。又、既に敷設された障害に就ては、この様子だと恐らく実際の位置と寸分違わぬ様、定められた記号を記している。これは、味方が我の障害で被害を被ったと云う恥を晒さない為だ。
 地図には、透明のビニールが被せられ、ペンで直接描いても地図が汚れない様に成っている。
 そして、障害の他にも、間も無く攻撃開始時刻が訪れる第ロ作戦の行進経路等も記されていた。
 さて、ここからは私達のターンだ。
 一般的に「作戦」と言われて想起させられるものは、師団や旅団、連隊クラス以上が立案する大規模なものだ。我々中隊は、下達されたそれをその儘何も考えずに実行すれば良い訳ではない。それが許されるのは、下士官以下迄だ。作戦目的を十分に考慮しつつ、詳細な展開地点、展開方法、部隊配分等々を考えなければならない。

「一中隊は、蛸壺の支援を!」
「一中隊、一中隊。こちら施設中隊。一中隊は――」

 黒鎺さんの命令で、彼に背を向けて通信機器を弄っていた隊員が、応え、下達した。
 黒鎺さんは、早速私の部隊を使役した様だ。

「新渡戸たーいちょ!」

 唐突に溌剌はつらつな声が聞こえ、驚いた。刹那、声が聞こえた途端に身構えれば良かったと後悔した。後悔先に立たず。体当りを受けた。

「いやぁ、御久し振りですねぇ!」
「杉田……」

 一瞬、怒りが湧いたが、それよりも優先される感情が在った。
 叱責しようとした口をつぐみ、新たに言葉を紡いだ。

「怪我は無い? 大丈夫だった?」

 もう二度と、特にこいつの前では、宇野曹長の前で気持ちを吐露した様に、感情的には成りたくない、その一心であくまで平穏を貫いた。

「ちょっと……えっと、貴方本当に新渡戸隊長ですか?」

 杉田は、顔を見れば何を思っているのか直ぐに分る。顔に心情を速記する人を雇って居るのではないかと思う程だ。
 だからこいつは、疑いと軽蔑の念を私に向けて居ると云う事は直ぐに分る。
 然し、大人な私は、つい先程まで陣頭指揮を執っていた杉田夜春と云ういち小隊長に対して、怒るなんて愚かな事はしない。きっと、彼女も疲れて居るのだろう。

「勿論。杉田夜春。貴方の中隊長ですよ」
「え、気持ち悪い」

 奴は、そう淡々と口にした。

「……はぁ」

 此奴こやつを心配する方がおかしかったのかも知れない。
 私は只只、後悔する事しか出来なかった。

「えっと、そろそろ宜しいですか」

 声のした方を見ると、最先任上級曹長の宇野曹長に中隊本部班の墨田、第一小隊長の鈴宮、第三小隊長の菅沼が居た。
 この戦闘、本当に長く感じて居たので、思わず「久し振り」と声を掛けそうに成る。

「愛桜隊長。各小隊の隊員は、既に施設中隊に隷属して居るので御安心を」

 鈴宮が付足す様に言った。

「分った。じゃあ、こっち来て」

 彼等に、集合を促す。彼等が来たのは、勿論、命令を下達される為である。もしそうで無かったとしても、結局私から呼出よびだして居たので変り無い。
 さっき迄、指揮所に設置されている無線機の電纜でんらん追掛おいかけて居たイリューシャンが何時いつの間にか隣に来て居た。あれは、指揮所が電波に因って位置の解明をされたり、それで航空攻撃等に晒されたりしない様に、此処から離れた箇所に敷設した空中線に走って居る。此処から、終着点を探り出すのは、埋設された電纜を地上に引き張り上げながら辿らない限り、殆ど不可能だ。
 彼女は、手招きをして自分に耳を近付ける様指示した。
 私は、望み通り、耳を差し出した。

「さっき貴方に体当りしたあの方、杉田さん……でしたっけ?」

 無言で頷く。

「あの方、何かわたくしの胸に引っ掛るのですよね。仲間であると信頼するのを私の中の何かが拒絶するのです……」

 イリューシャンは、何とも拍子抜けする事を言った。そして、私は言葉を失う。
 何故、イリューシャンはそんな事を言うのだろうか。もしかしたら、私達を内部から崩壊させようと目論んで居るのかもしれない。その様な事迄、頭をよぎった。

「何で……?」

 対面して、そう言った。
 理由を求める事しか出来なかった。

「これでもわたくし達、貴方方人間と違って、第六感は健在なのです。故に魔法を扱い易いと言われますが、頭脳は人間には若干劣ります。『天才』の基準が少し違うのです」

 と言う事は、只の感なのか? でも、動物の感は侮れない……。

「然し、疑問に思うのが、『何で先程入浴した時は、そう感じなかったか』です」

 確かに、イリューシャンと杉田は先、私と一緒に入浴して触れ合っている。
 今、触れ合っても居ないし、話してすら居ないのにそう感じたのだから、入浴時に気付かない方がおかしい。
 イリューシャンの言う事が、正しければ、であるが。
 今は、この不安要素は無視し、下達しようと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1514億4000万円を失った自衛隊、派遣支援す

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一箇月。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 これは、「1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す(https://ncode.syosetu.com/n3570fj/)」の言わば海上自衛隊版です。アルファポリスにおいても公開させていただいております。 ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈りいたします。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界大日本帝国

暇人先生
ファンタジー
1959年1939年から始まった第二次世界大戦に勝利し大日本帝国は今ではナチス並ぶ超大国になりアジア、南アメリカ、北アメリカ大陸、ユーラシア大陸のほとんどを占領している、しかも技術も最先端で1948年には帝国主義を改めて国民が生活しやすいように民主化している、ある日、日本海の中心に巨大な霧が発生した、漁船や客船などが行方不明になった、そして霧の中は……

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

処理中です...