上 下
42 / 54
第三章 自衛隊の在り方(前)

第十五部

しおりを挟む
 応じた隊員は、指揮所の奥、見えない所へ行ってしまった。

「前偵オート、降着完了。威力偵察準備良し」

 指揮所通信要員が、火蓋が切れる事を宣言した。
 威力偵察は、「偵察」と言う単語が入りながら真逆と言っても差支えない事をする。実際に敵を攻撃して、我の装備が敵にどれだけ通用するのかとか、それにより敵の反撃を促して敵戦力の詳細を分析するとかするのだ。
 プロジェクターが、彼等から伝送された映像を映し出す。
 それは、絶望であった。未明である為、まだ視程が非常に低いが、敵と思しき集団は火を使っていたので、彼等の規模を計る事が出来る。
 木が一切無い丘陵地帯。奥には背景として山岳が国を隔て、その麓にだけ森林がある。日本では先ず見られない光景だ。そして、その森林手前には、明りの影と成った棒が何本も何本も重なり最早壁を成している。よく見ると、それは人であった。有難い事に、日本では先ず見られない光景だ。

「これを相手にするのかよ……」
「おい! 中継繋がってるんだぞ」

 情報小隊の偵察用オートバイ、通称オートの隊員もこの反応だ。
 私達指揮官等も指揮官で、実写で目にして希望をどう見出すか考えを巡らせている。
 誰も諦めんとする人は居なかった。これは、みんなが強い意志を持って居ると言う訳ではない。無論、そう言う人も居るが、これは「戦いの原則」に起因するものだ。
 私の行動原理もおよそそれに則って居る。
 指揮官にとって、特にこのような状況では主動の原則が重要となって来る。主動の原則とは、「主動」の意味の通り、我が中心となって行動する事である。特に言うと、戦場で中心となり中心とさせる事だ。つまり、強い意志を以て敵を受動の立場に追込み、我が主動の位置に立ち最終的には敵を屈服させる、これが主動の原則だ。
 主動の原則は、戦いの原則の中でも無二の感情的な要素である。私達指揮官が、強い意志、「絶対に突通す」と言う強い意志が無ければ、科学的に生まれた他の原則はそもそも使えない。
 そして、我々が諦めると、それは指揮下全隊員に伝播し、部隊は戦う気力を失ってしまうのだ。
 主動の原則は、勿論もちろん、作戦をこなすにも重要だが、部隊の士気にも影響するものなのだ。

「敵、行進を開始! 会敵出来ます!」

 「行進」とは、諸外国で言う「行軍」の事だ。陸上自衛隊では、諸々の事情でそう呼称している。

「二科長。どうだ」

 早速、連隊長は、先の連絡の結果がどうであったのかを聞いた。

「現在、臨時閣議で審議中だそうです。統幕は防衛省、防衛省は政府の決定が無いと命令出来ないと」
「何? 今やれば、敵情解明に大きく拍車が掛るのに」

 然し、結果は望むものではなく、酷く残念がっている。私も同じだ。

「新渡戸さん。おかしくありません? 持ち回り閣議じゃなくて、臨時閣議ですよ。臨時閣議じゃあ、余計時間が掛ってしまいます」

 自在さんが、顔を近付けて話し掛けて来た。

「その、持ち回り閣議と言う方が早いんですか?」
「勿論です。閣議室に集まらないでやるのが持ち回り閣議なんですから。大震災の時ですら持ち回り閣議でしたもの」
「え、じゃあ、政府は私達の事を――」
「確かに高度に政治的な問題ですが、異世界だから、と言う理由でじっくり考えている可能性は有り得ますね」

 他人ひとごと、と思われているのか……。

「今、統幕から更に連絡が」
「今度は何だ」

 連隊長は明らかに苛ついている。然し、気にする事無く、第二科長は報告を続ける。

「統幕長から、命令が発出されました!」

 第二科長は嬉々としている。気持ちは分らんでもない。
 一気に奥の通信機器の辺りが忙しくなっているのが分った。何やら、何枚もの紙がプリンターから排出されている。そして、其処そこの一人が、その紙の角を一度机で整えてから私達に持って来てくれた。
 察するに、命令書か。
 私も受取った。
 簡潔に言えば、我等派遣隊の武器使用の許可と攻撃の許可が記されている。
 でも、閣議は先、始まったと思うのだが、そんなに早く終るものなのだろうか。……早く終って貰わないと困るが。

「よし分った。みんな! 統幕長の意向を無駄にするな!」

 連隊長は、いよいよ立上たちあがり指揮所に集まった各級指揮官のみならず、指揮所要員の全員にも語り掛けるように言った。
 どうやら、やはり閣議は終って居ない様だ。

「威力偵察始め!」

 威圧ある態度で、遂に、自衛隊主動の作戦の火蓋が切って落とされた。

「了解。威力偵察始め。威力偵察、第一波。前偵オートは、『とび01』の配置完了報告を受け次第、敵集団、装甲化されていない歩兵に対して小銃射撃を実施せよ!」
「こちら前偵オート、了解」

 今回、偵察用オートバイを多用途ヘリコプター UH-1J二機が輸送し、そ々のコールネームに「鳶」を使用し、「鳶01」が威力偵察の観測を行う事とし、前進偵察隊を「前偵」とする。第弐号作戦概要にそう書いてあった。

「各隊へ、こちら鳶01。観測位置に到着。前偵オート、送れ」
「此方前偵オート、了解。これより射撃する!」

 皆、プロジェクタースクリーンを注視して居る。

「89、単発撃方うちかた。安全装置良し、弾込め良し……装填良し、単発撃方良し」

 二人組で行動している前進偵察隊オートバイ隊員の頭に付いているウェアラブルカメラから、映像に加え音声が伝送されて来て居るので、隊員の発言が筒抜けとなっている。
 訓練宜しく射撃体勢を整えた。よく見ると、中即連においては武器庫でほこりを被って居たはずの二脚を、89式小銃に装着してして使用して居る。
 更に、消炎制退器には赤外線レーザーを使用する照準具が取付けられて居る。夜間でこれを付けて居ると云う事は、個人用暗視装置を彼等は装備して居るのだろう。

「てぇ!」

 小型カメラのマイクを通した発砲音は、ゲームのそれより安っぽい。
 オート隊員の89には、薬莢受けも装着されている。恐らく、弾薬管理が目的ではなく、隠密性を持たせる為だろう。それに、薬莢で、我がどの弾薬を使用しているか敵に解明されてしまう可能性もある。

「鳶01より、報告。命中弾は複数。敵集団は混乱し離散。命中したと思われる敵歩兵は、出血し倒れている。送れ」
此方こちらCP、了解。威力偵察、第二波へ移行。続いて、前偵オートは、装甲化された敵歩兵に対し小銃射撃を実施せよ」
「此方前偵オート、了解。斉射! てぇ!」

 一人称視点で、射撃の様子を見せられて居る事に加え、この距離は多分五百メートルだ。人が豆粒大の大きさで、射撃の効果が分らない。
 そう言えば、彼等は普通の光学照準具とは少し形の違うものを使っている。

「鳶01より、報告。命中弾有り。然し、効果は認めず。既に体勢を整えつつある為、早急に次段階へ移行するのが求められる。送れ」
「此方CP、了解。威力偵察、第三波へ移行。前偵オートは、直ちにLAMを射撃せよ」
「信管伸ばさず射撃するだけ」

 予め定められたシナリオ通りに進んで居た通信に、巻口連隊長が口を挟んだ。本来は、対戦車榴弾の信管を伸ばさず射撃するのに加え、信管を伸ばして射撃するのもする予定であった。
 鳶の報告を危惧して、オート隊員の生存性を高める方を選んだのだろう。少すぎる派遣隊は、米海兵隊方式を執るしかないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1514億4000万円を失った自衛隊、派遣支援す

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一箇月。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 これは、「1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す(https://ncode.syosetu.com/n3570fj/)」の言わば海上自衛隊版です。アルファポリスにおいても公開させていただいております。 ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈りいたします。

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

七瀬美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

日本は異世界で平和に過ごしたいようです。

Koutan
ファンタジー
2020年、日本各地で震度5強の揺れを観測した。 これにより、日本は海外との一切の通信が取れなくなった。 その後、自衛隊機や、民間機の報告により、地球とは全く異なる世界に日本が転移したことが判明する。 そこで日本は資源の枯渇などを回避するために諸外国との交流を図ろうとするが... この作品では自衛隊が主に活躍します。流血要素を含むため、苦手な方は、ブラウザバックをして他の方々の良い作品を見に行くんだ! ちなみにご意見ご感想等でご指摘いただければ修正させていただく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 "小説家になろう"にも掲載中。 "小説家になろう"に掲載している本文をそのまま掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

異世界に吹っ飛ばされたんで帰ろうとしたら戦車で宇宙を放浪するハメになったんですが

おっぱいもみもみ怪人
ファンタジー
敵の攻撃によって拾った戦車ごと異世界へと飛ばされた自衛隊員の二人。 そこでは、不老の肉体と特殊な能力を得て、魔獣と呼ばれる怪物退治をするハメに。 更には奴隷を買って、遠い宇宙で戦車を強化して、どうにか帰ろうと悪戦苦闘するのであった。

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...