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第二章 行き着く先は

第十一部

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 ゆっくりと下瞼とくっついた上瞼を開けようとする。結構くっついちゃってる。
 パチャ、と音がした。ゆっくり開けようとしたが、力を入れたばかりにくっついた瞼が離れた反動で通常時以上に開いてしまった。アルミニウムで出来た窓枠の中から差し込む碧い太陽光で、視界が一杯になる。
 何回か瞬きして、脳はこの照度に慣れてくれた。部屋の中にあるのは、積み上げられた大きな段ボール。それ以外は何も無い。引越しをして荷物の搬入だけで疲れて寝たかのようだ。まさにそれだが、今回は時間も遅かったし仕方ない。
 のそりと腕を目の前に持ってくる。焦点がうまく合わず、少々時間がかかった。タイマーは丁度、残り一時間を切ったところだった。
 朝の身支度を終え、戦闘装着セットも完璧に身に着けた。朝食は、ヘリコプターの中でパック飯を食べる予定だ。
 昨晩、巻口隊長に電話で掛け合ったところ、国境までにはCH-47JAチヌーク2機とUH-60JAブラックホーク1機とUH-1Jヒューイで送ってくれるようにしてくれるそうだ。チヌーク以外は、民間タンカーと一緒に第12ヘリコプター隊から派遣されたということらしい。狙撃班は護衛艦かがのSH-60Kで先発する。
 ヘリコプターのローター音が聞こえてきた。

「いよいよか…」

 一人で呟き、部屋を出た。
 点呼を終え、私の前に並んだ第一中隊を見やる。第三小隊は、壁内駐屯地警務のため今回の任務には参加しない。といえども、中隊だ。改めて望むこの光景は私が圧倒されてしまう。

「作戦開始まで、15分を切った!これから君達が扱うのは、実弾だ!訓練での苦しい日々を忘れず、人としての道理も忘れず行動してほしい!そして最後に、私から君達へ、一番遵守してもらいたい命令を下すことにする!絶対に、命を絶やさず絶やさせるな!!」

 皆、真剣な眼差しを私に差し向ける。

「それでは、全員乗機!作戦開始だ」

 腕時計がタイマーが0秒に達したことを知らせていた。
 中隊本部班の一部は60ロクマルに乗り込む。中隊本部班には、半ば強引に鈴宮をねじ込んでいる。今回は、捕虜救出が任務のため、本部管理中隊衛生小隊より衛生科の隊員が中隊本部班に衛生組として入っている。
 ヘリコプターは、一斉にエンジンを起動して辺りの草を揺らした。そして浮上。ブレードと機首を傾け前傾姿勢になり、推進力を得た。

「作戦は昨日も伝えた通り、隠密に行う」

 60に搭乗する中隊本部班の幹部達に今一度、作戦の確認と詳細を伝える。

「鈴宮小隊の桐分隊が本命として施設に侵入。それと同時に、桐分隊以外と杉田小隊が反対の入口に進攻する」
「え?!そんなことしたら、戦闘は避けられませんよ」

 鈴宮が言った。驚くのも無理はない。

「裏門に行く部隊は、陽動。昨日も言ったように、本命の桐分隊がバレなければいいの。そして、衛生は桐分隊が護衛する」

 本部管理中隊から一時的に第一中隊本部に入ってきた衛生科は、5人だ。

「衛生科は、桐分隊が施設内の制圧を行っている間に、既に制圧した区画にいる捕虜等の健康状況を確認する。これが手順」
「間もなく、目的地に到着します!ヘリボーンとなりますが、接地時間は一分未満ということでよろしくお願いします!」

 パイロットが、こちらに振り向き大声で知らせてくれた。

「了解です!」

 勿論、了承の旨を伝える。
 ヘリコプターでの旅は、案外短かった。ホバリングを開始した60は、まるでヘリコプターを着陸させるためだけに木々を無くしたかのようなひらけた場所がある森に着陸した。針葉樹が囲む着陸地点は、細長い楕円形に近い形だ。左の窓からは、60の燃料タンクの向こうに丘のようなものが確認できた。
 第12ヘリコプター隊の隊員により、スライドドアが開け放たれた。
 私は最後まで残り、パイロット二人と搭乗員に目を向けた。

「ご苦労様でした。行ってきます」

 皆、口角を上げてくれた。
 60は、私が降りるや否や飛び立ってしまった。チヌークからは、人の上半身程ある背嚢を背負った私の部下達が降りている最中だ。私の大切な部下が。
 接地が一分未満というだけあって、本当に少し経ったらチヌークも飛び去ってしまった。ここには、隊員達が少し声量を下げた話し声と5.56mm普通弾が擦れ合う音、念の為所持だけを許可した84mm無反動砲、通称84ハチヨンがアーマーと擦れ合う音等しかなくなった。一気に静かに感じる。山に行った時の訓練開始前と何ら変わりない。
 私も当然、救出に同行するので89の弾倉を取りに行った。六つ手に取り、防弾チョッキに付けられた弾入れに入れた。一つに二つまで弾倉を入れられる。
 現在の時刻は、6時を回り6時17分。そろそろ、補給も終えたところだろう。

「よし!じゃあ、これより移動を開始する!山岳を抜けるから、みんなで力を合わせよう!」
「はい!」

 私の言葉にみんなはついてきてくれた。
 収容所までは、中隊全体で行動する。されど、ここでバレては元も子もない。なるべく喋らず音を立てず入山する。



 巻口隊長は、山頂が国境と言っていた。まだ、登りであるため国境には達していないのだろう。
 後ろを振り返ると、迷彩服の人達が列を成して登山しているのが見受けられる。流石に疲れてきたのか、殆どの隊員が俯いている。

「愛桜隊長~……もう疲れましたよ~」
「えぇ?もう弱音吐いちゃうの?」

 中隊本部班の構成員として私のすぐ後ろにいた鈴宮が、唐突に口にした。けれども、目は私の方には向いていない。

「はぁ、はぁ……なんで、そんな平気そうなんですか~?」

 息を切らしながら、問い掛けてくる。私が答えようとすると、鈴宮はハッと顔を上げた。一瞬立ち止まり、再び歩き始めるという謎の行動もした。

「そういえば、愛桜隊長はレンジャー持ちでしたね~…」

 それを言うと、鈴宮は喋らなくなった。喋ると気は紛れるが、酸素消費量は激しい。
 私は、土に靴跡がくっきりと残るほどに踏み込みながら時間を確認した。16時半頃に入山してから、二時間程が経って18時40分。そろそろ山頂を越えるだろうし、下り始めたところで夜を過ごすとするか。
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