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第一章 間接侵略

第三話 テロリズム。そして、破られた静寂。

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「今も尚、国会議事堂の包囲が続き、デモ隊の一部には危険物を所持している者がいるとの報告が届いております。こうした状況を鑑み、先程警視総監から、機動隊による一斉検挙を開始すると連絡がありました。で、ありますが、国会議事堂と言うのは日本国の民主主義の根幹であると言っても過言ではありません。自衛隊法第七十八条一項にあります『一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合』に備え、先程、陸上自衛隊第一師団の一部部隊に治安出動待機命令を発する事を承認致しました。既に、髙野こうの防衛大臣は、待機部隊に対しその命令を発すると共に、全国、特に首都圏の部隊に対し、いつでも命令に対応出来る様、指示を致しました。」

 声帯を通し、息を吐いてしまった。須賀官房長官の定例会見は確か、10時頃に始まったものだからもう2時間も包囲が続いている事になる。だが、治安出動待機命令を既に出すとは普通有り得ない。国会の包囲は確かに珍しい事件だが、警察が包囲すれば犯人を外に逃がす心配はない。……中にいる議員がどうなるかは知らないが。
 はっきり言って、今のタイミングでの治安出動待機命令は時期尚早だ。都内で自衛隊が警察権を行使すると、軍政だとか越権行為だとか軍民統制がとか叫ぶ輩が出てくる。早いくらいに軍を展開するのは合理的であるが、今の日本国では不当な非難を浴びせる人間が多い為、アメリカの様に簡単に自衛隊を動かす事が出来ない。日本は世界有数の民主主義国家だ。日本国憲法や行政に関する各種法律を読めば、その"異常さ"が分かる。要するに、何かと決定するには会議が必要であるし、会見を開く為にも会議をしなくてはならない。従って、自分の党の議席数、もっと言うと自分の属する会派の議席数が多ければ多い程、事が有利に進む。例え、批判する人間が少数であろうが、嘘を吐こうが、僕達有権者は馬鹿である為、簡単に世論が動いてしまう。最近のメディアや一部有権者は、安部政権に対して批判ではなく非難をする事が多くなってきた。政権ではなく、安部政権である。なので、今までの安部政権は何処か弱腰で、事実上の敵国である中華人民共和国に対しても忖度をする事もある。自分には、高度な政治的判断等、分らない。もしかしたら、心の奥底では知ったこっちゃないと思っている。
 そして政治家は、幾らの為と言っても、結局は議席数が一番大事なのだ。それが、選挙公約を達成する一つの手段でもある。
 しかし、安部総理は、この時期尚早ともとれる命令を承認した。
 総理は、いざとなったら自衛隊を動かすと僕は信じている。
 だが、幾らなんでも早すぎる。恐らく議会事後承認という形で、まだ国会包囲しか起こっていないのに自衛隊を動員する準備を命令した。デモ隊に対する威嚇ともとれる。「国会包囲しか起こっていない」という僕の考え自体、おかしいのかもしれない。国家安全保障という観点から見れば、国の重要意思決定機関である国会が安全に開催出来なくなるという事は、日本国への攻撃ととれるのかもしれない。だが、並の総理であれば渋る筈だ。自分がずっと、総理の座についていたいから。
 日本国民に不要に不安を煽らないように注意した言い回しである「危険物」。これに、時の総理を動かす原因が隠されているに違いない。例えば……火炎瓶とか。

「おい。そろそろ食べないとまずいぞ」
「そ、そうだな」

 我に返った。本当、名寄はよく僕とつるんでいられるよ。それを僕が言うのもなんだが。
 久し振りに食べた行きつけのラーメン店の醤油ラーメンは格別だった。今度はいつ行こうかと二人で話しながら帰社する。
 少し前では考えられない程の人が、入り乱れている。それを見て、今、国会を襲う“事態”を忘れ、「元に戻ったな」と安堵した。
 警察のサイレンが鳴り響く中、秋葉原を歩いた。一斉検挙でも始まったのだろう。
 会社は、いつもより静かだった。

「えぇ……自衛隊が……」

 オフィスに入って直ぐ聞こえたのは、女性社員の声だ。その声は、まるで目の前で屠殺を見たかのような、哀れみを含む声だった。
 テレビを見れる位置に行った側から、そこから銃声が聞こえた。空気の振動を一度電子信号化し、それを出力した物は、リアリティに欠けるが驚くには充分である。そして、今度は直接、本物の銃声が聞こえる。とてもとても乾いた音で、ここ秋葉原に到達するまでに水分が気化してしまったのではないかと思う程だ。
 テレビの空撮中継に映るのは、安保闘争を連想させる程多いデモ隊と盾を持つ警視庁機動隊だ。自衛隊の姿は確認出来ない。
 何故、女性社員が「自衛隊」と発したのか疑問に思い、暫く画面を見ていた。やはり、自衛隊は国会議事堂にはいない。それもその筈だ。自衛隊には、治安出動待機命令が発出されただけで、出動には至っていないからだ。
 画面の右上にあるテロップに気が付いた。
 そのテロップには、「自衛隊に治安出動 発砲か」とある。この本意を、冷静に見ると「自衛隊に治安出動待機命令が下された」の後に、何の前触れもなく中継の情報である「現場で発砲音がした。誰かが発砲したのか」というのがくっつけられている。
 実に巧妙だ。メディアもすっかり変わってしまった。

「なんかあれだな。『俺達はまだ知らなかった。これがただの始まりに過ぎなかった事を……』みたいな感じだな」
「そんな不吉なこと言うなよ……」

 名寄はフィクション作品を喰い漁る人間だから、よくこんな事言う。だけど今回だけは、冗談には聞こえなかった。
 言霊を感じた気がした。



「政府は、先日発生した、国会議事堂前無差別殺傷事件、並びに警視庁機動隊と特殊部隊SATと陸上自衛隊による共同検挙は、1995年に世界中を震撼させた地下鉄サリン事件後、初のテロリズムである、と発表しました。実に25年の静寂が失われた事になります」

 眉間に皺を寄せたアナウンサーが、目線を原稿とカメラを行ったり来たりさせながら、低い声で伝える。
 あの事件から初めて迎えた日曜日。僕の目からは、これ迄と変らない日常が映っていた。自分の家の直ぐ側で、25年振りのテロリズムが起こったとは、到底思えなかった。このニュースも、どこかの映画で使われた映像を引っ張ってきたのではないかと疑う。

「最初は、只の国会議事堂周辺を練り歩くデモ活動でありました。それがいきなり、その場に座り込み国会議事堂を包囲したのです。それに対し警視庁は、機動隊の殆を投入し、国会議事堂の周辺域に展開しました。その時既に、2015年に発足したERT、緊急時初動対応部隊は銃を装備した状態で待機していました」
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