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第一章 間接侵略

第一話 最悪の始まり

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 2021年。つい先程まで、新型の感染症が世界に対して猛威を振るっていた。だが、ワクチンや特効薬の開発が順調に進み、未知の病気から既知の病気と変異した。
 去年、安部首相が明言した通り、東京五輪は今年の7月開催が現実となりつつあった。
 僕は体調こそ崩したことはあったが、感染したと認定されることはなく、普通に暮らして今を迎えている。自分の勤める会社は、休業補償等を受け取ったらしく、長い間家にずっといたが給料は貰えたので難なく……とまではいかないが、生きる上必要なものは買えた。
 感染症の脅威という、未曽有の世界的大災害の影響は多大なものだ。
 最近ようやく、様々なお店が再び開店し経済も回りやすくなり始めた。復興はこれからだ。

「次は秋葉原、秋葉原、お出口は左側です。総武線各駅停車、地下鉄日比谷線、つくばエクスプレス線は、お乗り換えです」

 今日も取り戻しつつある、いつもの日常を全うしていく所存だ。
 しかし、やっぱり会社としては新型感染症不況の分を取り返したいと思うのが当たり前で、残業が確定しているのに出社するのは億劫なものだ。だけど、感染症が問題になっていた時は、休ませる、というより会社が「自宅待機命令」を出してくれたから、会社を一概に責め立てるのもおかしい話だ。
 いつも通り、人が溢れ返り狭くなった通路を踏みしめる。
 久し振りの出勤にはなるが、街行く人の数は気持ち少ない感じがするだけで"いつも通り"だ。
 相変わらずどでかくこの秋葉原の地に居座るビルの口に自ら飛び込んだ。
 閉まりそうなエレベーターを見て、

「乗りまーす!」

と声を出して走った。ここで構わず閉める人など……意外と多いから困る。まあ、今回はきちんと待ってくれた。

「すみません。はぁ……ありがとうございます」

 少し息が乱れながらも、待って下さったお礼を述べた。日本人として礼節をわきまえなくては。
 勤め先が入る階層で降り、自分のデスクへ向かう。

「おはようございます」

 忘れかけていた挨拶を。
 当然ながらみんな返してくれる。

「宇都宮、お前は大丈夫だったんか?」

 前のデスクを陣取る、名寄なよろが挨拶に一言加えてきた。彼とは、この会社で知り合ったのだが、色々な接点があり休み中も結構連絡を取り合った仲だ。

「何とかね。今こうして立ってる」

 っと。これ以上何もしないで喋っているとさぼりになってしまう。
 滑りの良いキャスターが付いた椅子に座り、流れるようにパソコンの電源を入れた。出社しての仕事を数箇月休んでも、体が動きを覚えていた。
 BIOS、そしてOSが起動してログインしたらやる事は一つ。アプリを開いてYouTubeを開く事だ。
 バレないようにYouTubeの方のウィンドウは小さくする。ここで言う「小さく」とは、モニタの四分の一だ。
 まあ、仕事もきちんとこなせば大丈夫でしょう。げぼかわ系ドラゴンVirtual Liverの作業配信を見ながら作業すると、自分の作業効率が上がると科学的に証明されている。されていない。

「……ぁ。う……みや。おい!」

 誰かが声を荒げている気がして、画面に張り付いた顔を引っぺがした。
 椅子から立った名寄が、耳から何かを引き抜くようなジェスチャーをしている。「イヤホンを外せ」と言っているんだろう。
 げぼかわドラゴンの声の摂取をやめるのは少し寂しいが、友人関係を疎かにしたくない。

「警察。なんか今日、サイレン多くないか?」

 そう言われると、耳を澄まさずにはいられない。
 確かに、ビル等に反響したからかは分からないが、気持ち悪いほどうねうねした警察のサイレンの音が聞こえる。

「……あー」

 無反応と勘違いされないように、声をわざと漏らした。そして、カーソルを今いるタブの上の方にあるリンクが記されているところ、そこを左クリックした。
 顔を名寄に向け、後は画面は見ずにバックスペースキーを一回だけ押して「東京 今日 事件」と、簡単な検索をした。
 その間、

「何かあったの?」

と、一応名寄にも聞いてみる。
 名寄は首を傾げながら答える。

「知らんなぁ」

 名寄からは当然の回答が返ってくる。
 とっくに検索は終わっているだろうと思い、モニタを見た。
 一番トップに出てきたのは、普段語句の意味を調べる目的で利用するサイトだ。様々なニュースサイトの記事が統合され形成されている。だが、それらの見出しは揃って「デモ隊」と「国会議事堂」と「包囲」という語を入れていた。
 その中から、自分が最も信頼を置く日本商業新聞の記事を選んだ。

デモ隊、国会議事堂を不法包囲
国会議事堂を周回する形で抗議活動を行っていた、憲法改正反対団体が1日9時ごろ、事前に提出した許可証を無視し国会議事堂を包囲した。団体は、そのままそこに居座り、10時を回った現在も包囲を解いていない。
付近を警備していた警視庁の機動部隊が、初動対応を行っているが未だ解決のめどはたっていない。
警視庁は、由々しき事態だ、とし解決を急いでいる。

 包囲はいつもの事、と思ったが、不法。現代日本で未だかつて、国会がデモ隊の行進以外で包囲された事はあったであろうか?

「国会が包囲されたらしい」

 僕はモニタから目を離さず声を漏らした。

「そんなに不味いの?」

 名寄はそんなことを言う。しかし当然と言ってしまえばそうだ。僕は、「不法」と発していない。

「不法だってさ」
「え?それって何?謀反?」

 謀反。まあ、謀反だろう。しかし、古風な言い方のように聞こえてしまった。
 名寄は、何を思ったのか僕のデスクの方へ回ってきた。僕がネットニュースを見ていると悟ったからだ。

「はいはい……成程ね。まあ、どうせ今回もプロ市民かなんかでしょ」

 名寄は一通り目を通して、一言言った。名寄が言った「プロ市民」とは、間違いなく左翼活動家の事だろう。巷ではそう言うらしい。
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