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第105話 高嶺の芋

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 20時までレイドボスの補充を保証していた(モモカが手動で補充)創成イースト界が営業を終了する頃にはギルドに人が集まってきていたので、俺は一人そろりと抜け出した。
 後は打ち上げをするなり適当にやるだろう。

 創成イースト界の討伐イベントは順調な滑り出しと言っていい。

 上級難易度のレイドボスであるウッドジャイアントゴーレムに対して参加したレイドチームが5組総勢71名、ここ札幌で集められる最大戦力がほぼ集まったと見ていい。ボスの出現位置は3か所だったが討伐数は13にもなるだろう。稼ぎもそこそこになっているだろうし、ギルドの仕組み説明や今後のススキノ界への協力もある程度取り付けた。

「さて……今日はあるかな?」

 いつの間にか画像系SNSでフレンドでなっていた小料理屋さんのアカウントがあるのだが、海老芋という京都の芋を仕込んでいる画像が度々アップされていた。しかし未だにありつけたことがない。
 いつも仕込みの芋を眺めていただけなのだ。

 カウンターメインの小さいお店なので複数人で行くのには適さない。
 そもそも教えたくないのもある。独り用の店は確保しておきたいのだ。

 ススキノのネオンが灯り始めた36号線を進み、駅前通りを渡り客引きを掻き分け更に進む。タマゴのオブジェがあるビルの隣のビル。最上階は有名店が入っているビルだ。迷わずエレベーターで6Fのボタンを押す。

 暖簾を潜ると都合のいいことに他のお客さんは誰もいなかった。

「いらっしゃい。どうも」

「どうも」

 一人でやっている割にあまり愛想のいいタイプの大将ではない。それが俺には居心地が良い。

「ビールからかい?酒からかい?」

「お酒ととりあえず刺し盛で」

「はいよ」

「今日は海老芋あります?」

「ないよ」

「damm it!」

「良い芹入ってるけど芹鍋でどうだい?」

「……いただきます」

 やっぱり無いのか海老芋……。

 小ぢんまりとまとめられたお通しの揚げびたしでちびちびとやりながら考える。

 創成イースト界は順調だ。

 だが周辺の界はどうだ?

 情報サイトで調べてみるとドーリ界やその周辺の界は初級難易度で据え置き、今までであれば学生パワーで上級難易度界に引き上げていたホクダイ界は中級で止めたようだ。トッププレイヤー層が創成イースト界に流れてしまっているので堅実な動きだ。
 まぁ大学生なら稼げるところあるならそこに行くのが普通か。

 ドーリ界のレイドボスはマッドゴーレム。ホクダイ界のレイドボスはオークソルジャー。基本的にどのレイドボスを出すかは界主が決める。討伐報酬もボスによって違うらしいが、とりあえず足の速いボスは事故率が高いため忌避される。それで大体ゴーレム系やオーク系などの足が遅い系のボスがチョイスされるのだ。誰も常に走り回る事を強要されてしまうようなレイドボスと長時間対峙したくはない。リアル体力の問題が大きいのだ。

「お待たせ。芹鍋です」

 ちびちびと刺身がなくなることに芹鍋がやってきた。なかなかのボリューム感。芹だけではなく鶏肉や他の野菜も彩りよくだし汁に浮いている。美しい。

「……gentle」

 優しい味だ。シャキシャキとした芹にふんわりと薄味のだし汁が絡む。青臭さが芹の野生を感じさせるのだがそれを強い味で誤魔化すのではなく芹の力強さを保ちつつ、優しく調和エスコートしている。酒に合う。

 だが、海老芋もなかったことだし酒はこのくらいにしておこう。


 俺の狩りの時間だ。






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