上 下
10 / 59

第10話

しおりを挟む



「大丈夫です?」

「あ、先生。はぁい。食べたから大丈夫でぇす」

「どもー」

「どうも。はじめまして」

 アユミさんのメッセージで指定されたダイニングバーにはニットワンピース姿のアユミさんと、もう1人のスーツ姿でやや年上っぽい軽そうな男性がいた。とりあえず作りたての名刺を差し出してみる。

「まぁ飲みなよ」

「はぁ」

 名刺を一瞥して、まず飲めとのお言葉だ。向かいに座りメニューを眺める。

「ではレモンサワーを」

 そういえば酒を飲むのも久しぶりだ。俺はあまり酒は得意ではないので付き合い程度だけだったが今は付き合いすらもない。
 男性が店員さんに注文してくれているのを横目にアユミさんを診断してみる。

診断ダイアグノーシス

 ●びらん性胃炎、酩酊

 アユミさんの診断ダイアグノーシスの表示からは胃炎は変わっていない。また酒を飲んでいては治るものも治らないだろう。

「あれから病院行きました?」

「美容院行きましたぁー」

「薬とかもらいました?」

「今日はゆるふわ巻き巻きでぇす」

「それじゃねぇって」

 男性はそうつっこみ笑っているが笑いごとではない。確かにゆるふわ巻き巻きだが。

 ●肝脂肪、クラミジア感染症

 男性の診断ダイアグノーシスも見え、余計に笑えない。性病患っとるやんけ。

 レモンサワーがやってきた。

「ではいただきます」

「わー先生かんぱーい」
「よろしくー」

「それでどうします?回復します?」

「5000円なんだっけ?」

 アユミさんに聞いてみたが男性が値段を聞いてきた。アユミさんはほわほわしている。

「そうですね。胃の痛みの緩和と二日酔いくらいでしたら」

「金はこっちで出すので見せて欲しい」

 テーブルに差し出された五千円札に頷くしかなかった。

「……分かりました。アユミさん手を出してもらえます?」

「はぁい」

 向かいの席からフラリと白く細い手が差し出される。その手のひらに指を置き、アルコールとアセトアルデヒドを意識しながら小声で回復魔法を唱えた。

小解毒ローキュア小治癒ローヒール

「……あれ?先生と……統括?」

 アルコールの抜けたアユミさんはこちらと隣を見て不思議そうな顔だ。記憶が曖昧だったらしい。

「ほー、すげーな。ホンマもんじゃん。名刺の営業時間は朝から昼までだけど夜はダメなん?あ、これ俺の名刺ね」

 シンプルな白の名刺には肩書きに統括店長と勝田重幸とあった。どうやらアユミさんのお店の偉い人のようだ。

「勝田さんですか。よろしくお願いします。夜も応相談です」

「ナイスだわ。アユミ。太客が来たら頼むのありだ。店から半額補助しよう」

「うーん。でも急にお酒が醒めちゃうとテンション変わっちゃいません?」

「そこはキャストの腕っしょ?」

 なんでも、勝田さんが経営している夜のおねーさんのお店の売上はお酒代がメインで、売上の優秀なキャストさんほどどうしても酒が飲める女性に偏ってくる。そしてもっと飲めるならもっと売上も上がるそうな。なので深夜帯の呼び出しが可能かどうか聞かれた。
 売上が上がるとキャストの給料も上がるため、アルコール抜き料金はお店と折半にするらしい。給料天引きなのでこちらの請求はお店に一本だ。

「ちなみに呼んだらどれくらいの時間でこれんの?領収書出せる?1日何人できんの?」

 勝田さんの質問攻めに遭いながらも、脳内で取らぬ狸の皮算用が仕事していく。
 1日2人施術で日給1万円。30日で30万円。あれ、これ美味しくない?勝田さんのところだけで3店舗だそうだが規模を拡げていくのもありだ。
 
 レモンサワーを飲み干す。

 まぁそんなに上手くいかないのが世の中だろうが幸先いいスタートになったのではないだろうか。

 最後には勝田さんと笑顔でがっちり握手を交わし帰宅した。



 帰宅してから勝田さんにメッセージで多分性病なので泌尿器科行ってくださいと伝えると大変感謝された。チャラそうだけど意外と良い人かもしれぬ。

 アユミさんからは記憶なくてごめんなさいとメッセージが着ていた。いえいえ、ありがとうございますありがとうございます。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

悪役令嬢は、初恋の人が忘れられなかったのです。

imu
恋愛
「レイラ・アマドール。君との婚約を破棄する!」 その日、16歳になったばかりの私と、この国の第一王子であるカルロ様との婚約発表のパーティーの場で、私は彼に婚約破棄を言い渡された。 この世界は、私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だ。 私は、その乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 もちろん、今の彼の隣にはヒロインの子がいる。 それに、婚約を破棄されたのには、私がこの世界の初恋の人を忘れられなかったのもある。 10年以上も前に、迷子になった私を助けてくれた男の子。 多分、カルロ様はそれに気付いていた。 仕方がないと思った。 でも、だからって、家まで追い出される必要はないと思うの! _____________ ※ 第一王子とヒロインは全く出て来ません。 婚約破棄されてから2年後の物語です。 悪役令嬢感は全くありません。 転生感も全くない気がします…。 短いお話です。もう一度言います。短いお話です。 そして、サッと読めるはず! なので、読んでいただけると嬉しいです! 1人の視点が終わったら、別視点からまた始まる予定です!

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

地味すぎる私は妹に婚約者を取られましたが、穏やかに過ごせるのでむしろ好都合でした

茜カナコ
恋愛
地味な令嬢が婚約破棄されたけれど、自分に合う男性と恋に落ちて幸せになる話。

コブ付き女サヨナラと婚約破棄された占い聖女ですが、唐突に現れた一途王子に溺愛されて結果オーライです!

松ノ木るな
恋愛
 ある城下町で、聖女リィナは占い師を生業としながら、捨て子だった娘ルゥと穏やかに暮らしていた。  ある時、傲慢な国の第ニ王子に、聖女の物珍しさから妻になれと召し上げられ、その半年後、子持ちを理由に婚約破棄、王宮から追放される。  追放? いや、解放だ。やったー! といった頃。  自室で見知らぬ男がルゥと積み木遊びをしている……。  変質者!? 泥棒!? でもよく見ると、その男、とっても上質な衣裳に身を包む、とってもステキな青年だったのです。そんな男性が口をひらけば「結婚しよう!」?? ……私はあなたが分かりません!

元探索者のおじいちゃん〜孫にせがまれてダンジョン配信を始めたんじゃが、軟弱な若造を叱りつけたらバズりおったわい〜

伊藤ほほほ
ファンタジー
夏休み。それは、最愛の孫『麻奈』がやって来る至福の期間。 麻奈は小学二年生。ダンジョン配信なるものがクラスで流行っているらしい。 探索者がモンスターを倒す様子を見て盛り上がるのだとか。 「おじいちゃん、元探索者なんでしょ? ダンジョン配信してよ!」 孫にせがまれては断れない。元探索者の『工藤源二』は、三十年ぶりにダンジョンへと向かう。 「これがスライムの倒し方じゃ!」 現在の常識とは異なる源二のダンジョン攻略が、探索者業界に革命を巻き起こす。 たまたま出会った迷惑系配信者への説教が注目を集め、 インターネット掲示板が源二の話題で持ちきりになる。 自由奔放なおじいちゃんらしい人柄もあってか、様々な要因が積み重なり、チャンネル登録者数が初日で七万人を超えるほどの人気配信者となってしまう。 世間を騒がせるほどにバズってしまうのだった。 今日も源二は愛車の軽トラックを走らせ、ダンジョンへと向かう。

あらまあ夫人の優しい復讐

藍田ひびき
恋愛
温厚で心優しい女性と評判のカタリナ・ハイムゼート男爵令嬢。彼女はいつもにこやかに微笑み、口癖は「あらまあ」である。 そんなカタリナは結婚したその夜に、夫マリウスから「君を愛する事は無い。俺にはアメリアという愛する女性がいるんだ」と告げられる。 一方的に結ばされた契約結婚は二年間。いつも通り「あらまあ」と口にしながらも、カタリナには思惑があるようで――? ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...