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『節制』
カマキリ・パンチ
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「播磨ぁぁあああ!」
手から蔦を生やし、群がる蝶どもを一網打尽に捕獲する。コツは想像力。私のインクはまだ完全に私のコントロール下に置かれている。
網目状に絡ませた蔦で蝶を捕獲。そのまま虫籠よろしく切り離す。
生物本来の生存本能から蝶は私から一定の距離を開けて近づいて来なくなった。
からの無線からよく知る男の怒声。
『馬鹿お前、奥播磨は放っておけ! 今はこっちが先決だ』
「久保田か……そうも言ってられねぇぞ」
扉を破壊し天文館から脱出した奥兄妹は何故か逃げるべき方向と逆へ。
その理由を直感した私は沸々とわき上がった感情そのままに無線機へ声を荒げた。
「播磨がそっちに向かったァ! グリフォンを完全に反転させるつもりだ! どおぅせ、お前のことだァ、シンキの一匹二匹連れてきてんだろ、ア!? 全部ぶつけろ! グリフォンの息の根は私が止める!」
『……ああ、今、目視した。グライアイをぶつける。獲物とったとか駄駄捏ねるなよ』
「グライアイ!? ハッ、用意周到ぉ! 素晴らしいじゃねーか!」
私はもう一本の『リンゴジュース』を一気にあおった。
飲めば溜まった乳酸を洗い流し、筋細胞を活性化させる万能ドーピング。
私は飛ぶ勢いで、一歩ごとにアスファルトをめくりながら疾駆した。
——————————
無重力感に身を任せながら俺は拓也さんまでの道のりを確認した。
あの鳥居が見え……最悪だ。年の頃はミコと同じか少し上くらいの三つ子のシンキ。
「「「播磨発見。ミコちゃんも元気そう」」」
その三つ子は全く同じ顔、全く同じボブカット、全く同じ衣服を身に纏っている。
「グライアイ……ってことは……!」
「にぃに、来たよ……!」
仁王立ちで待ち受けるグライアイ。
その周りに彼女らのシト達が守護するように陣を形成、上空にもシトが武器を構えて突撃の合図を待っている。
グライアイ。俺が大嫌いなシンキだ。
頭部が気球のように大きく膨らんだグライアイのシト達は他のシト達と大きく異なる点が一点存在する。
親であるグライアイ本人達に直接意見を言えるという点だ。
これはグライアイが行なうシトの生産方法に起因している。
通常、シンキは人間に何かを与え、見返りとして何かを奪っている。
例えば、ワーウルフの場合、多勢な理不尽や過去の過ちを正す『勇気』を与え、見返りとして自由意志とそれに続く個性を奪った。
グリフォンの場合、若く美しい容姿を実現できる方法とそれを持続させる為の『節制』の心を与え、最終的な見返りとして人間的な体と時間を奪った。
対して、グライアイは膨大な『知恵』を与えるのみ。見返りとして何を奪う訳でもない。故にシトは自由に発言することが出来る。
しかし、それがグライアイの上手い所。
グライアイは来るのも拒まず去るもの追わず、誰彼構わず『知恵』を与える。与えられたものは膨大な量の『知恵』から脳が急速に発達し頭部が肥大化してしまう。
一見、社会性を奪われたように見えるが、今の時代、人前に出ずとも生活ができる、ましてや膨大な『知恵』を用いて巨万の富も築くことだって可能だ。
それに気付き実行し幸せになったシトは数知れない。
今、数えられないくらいの大人数のシトが隊列を組んでいる。
彼らはグライアイに心から感謝し心酔する。そして自分から捧げるのだ、持っている全てを、その命すらも。もちろん全員ではなく例外はいるが、そういうシトは永くない。
グライアイが知らぬ所で不思議とこの世から去って逝ってしまうのだ。
「「「播磨やる気だ。私ら揃ってシンキ化させたこともないくせに、生意気な後輩……総員、播磨を止めよ」」」
「総員、突撃ぃ!」
シト達は自由意志もへったくれもなく、グライアイのシト達が武器を握りしめ突撃を開始した。
望むところ……。
俺の胴に回されたミコの足が確かに固定されていることを確認して、節足を畳む。
「突破するぞ、ミコ!」「う!」
キリギリスの大跳躍。
見てろ幸神会、目にもの見せてやる。
「にぃに、来たよ!」
陸に陣を構えたシトの大軍が槍を手に、飛行船のごとく飛来する。
「ミコ、『音』で撃ち落とせるか!?」
「任せて、にぃに!」
ミコが野球のピッチャーさながらに振りかぶり『音』を投げる。
文字通りの見えない魔球はシトの大きく肥大した頭蓋を激しく揺らし脳震盪を起こさせ、墜落。
「ブラボー! ナイスデットボールだミコ!」
「ストライクじゃん! にぃに失礼だよ!」
「悪い、ストライクだったな。ミコ、適当なシトは打つな。足場にするから」
「オーケー、にぃに。任して任して」
ミコが俺の肩までよじ上り足を掛けた。肩車しろってか。
俺はミコが落ちないように足を持ち、ミコがわざと打ち漏らしたシトへ節足を伸ばす。
シトのデカい頭を足場にしてジャンプ。
俺は下の道路を見下ろし、着地点を計算して待機していたシト共へ中指を立てて挑発してやった。
「「「回り込んで背後から攻撃、足場役を消して」」」
「三番隊と四番隊は敵の着地予想地点に移動! 五、六、七番隊は敵の背後に回り込んで攻撃! 正面から突っ込むな!」
命令を聞いたシト共が道を開けるように退き、狭い路地裏に入っていく。
的を失ったミコと足場を失った俺は重力に引っ張られるまま、シトが待ち構える着地予想地点へ。
「ミコ、頼む!」「う!」
ミコが陸に向けて音の雨を降らすが、シトはそれも予想していた。
「盾を構え。頭を死守しろ」
刺の付いた盾を頭上に掲げた。上から見れば剣山だ。
「ミコ!」「う!」バチィン!
ミコの大顎がひと際大きな音を鳴らし、俺達の軌道が少しズレた。
盾をギリギリ回避して着地。着地の衝撃でキッドに刺された足から血が吹き出し、ちょっとグラッたが、概ね無事だ。
「にぃに!」
「このまま行く!」
その時だった。
地中から突き上げるような大きな揺れが起こった。
アスファルトに大きな亀裂が走り、中から電柱よりも太い木の根が飛び出したのだ。
拓也さんの反転が本格的に始まった。
「急ぐぞミコ!」
ミコの返事は待たず、大ジャンプ。
この足ではまともに走ることも出来ない。
路地裏から槍を握りしめたシトが飛び出し追い迫る。
「にぃに、アレ!」
「分かってる!」
「違う! あれ、キッド!」
「はぁ!? マジかよ!」
俺は思わず後ろを振り返った。
「後ろじゃなくて、あっち! ビルの上、走ってる!」
ミコが言うように、キッドは俺達には目もくれず一直線に前だけ見て俺達と同じ方向に向かって、もの凄い速度で爆走している。
「「「絶対に通すな」」」
「固めろ! 壁だ、壁になれ」
キリギリスの節足による連続ジャンプ。
「壁ごとぶち破ってやる!」
俺の背をミコの大顎による衝撃音が押し、さらに加速させる。
両足をグライアイに向けて、節足のバネで自身の体を弾丸とし射出。
「総員、グライアイ様の身を最優先! 主に指先一つ触れさせるなァ!」
「「「ダメだ! 何か狙っている! 陣を崩すな!」」」
「主を守れェエエ!!」
道を塞ぐように広い陣をとっていたシト共がグライアイを囲うように一箇所に集まり、俺達の抜け道を作った。
さらに節足で地面を蹴り、俺達は地表すれすれを滑空する。
「「「私たちも出る。退きなさい!」」」
「絶対に行かせません! 我々があなた様を守ります!」
「……ミコ、キッドを出し抜いたあれをもう一度やるぞ」
「う!」
「総員、命を賭せぇぇええ!」
「「「退けって言ってんでしょぉぉがぁァアアア!!」」」
「ミコォォオオ!!」
バチィィィンッ!!
視界が開けた。
「しゃーー! 抜けタァアアーーー!!」「ブラァァボォォオオーーーー!!」
開けた視界に飛び込んだのは中央公園だ。しかし先の大地震によって公園の地盤は大きく砕けてしまっている。
あの公園のしたに地下駐車場が広がっていたはずだ。
「はぁ~~い、播磨ぁ!」
あの耳にこびりつくような声。
キッドの平手が振り抜かれる。強烈なスパイク。一瞬意識が跳んだ。
俺は頭からむき出しのコンクリートへ、まるでバレーボールのように打ちつけられる。
ミコは俺の背中から振り落とされ、二転三転、地べたを転がった。
ゴールまでもう少しって所だったのに。
再び、地中から突き上げるような揺れ。
建物のガラスが割れて歩道に落ちる。古い建物には大きな亀裂が走った。
拓也さんの反転はまだ終わってない。
「播磨ぁ、お前ぇ……」
こんな大地震の最中、悠然と立っていられる化け物がだらりと垂らした左手を、その中指に嵌めた金の指輪を俺に向けた。
「やってくれたなぁ……やってくれたなぁ、奥播磨ァアア!」
幸神会を終わらせられる最初で最後のチャンスをここで手放したくない。
拓也さんの復讐を遂げさせる。
「ミコォ! 先に拓也さんに会いに行け。俺はキッドを殴ってから行く!」
「…………にぃに……、……う」
揺れが収まった。
キッドがニタァと笑いながら俺を見下ろす。
その向こうから昆虫の翅を背中と腰に一対ずつ生やした男が急接近して来た。
俺の顔に冷汗が伝った。そういや、額と足から血が流れ、その上冷汗って。
「俺の顔面ぐちゃぐちゃじゃねえか……」
呼吸が浅くなってんぞ、落ち着け。
キッドはナイフと拳銃を握り、何かぶつくさ呟き始めた。
「……寄生卵、十分。……インク残量少……リンゴジュースはもうナシ。三本の柱、内一本損壊。ナイフ四本、レボルバーが一とオートマが二、マガジンは三……」
翅の生えた男がキッドの上空でホバリング。
「キッド! 羽化した蝶の回収が先だ。もう反転を止めるのは無理だ。今後の計画も決定した」
「……うるせー。最低でもミコちゃんは連れ戻すべきだ。お預け期間は終わってんだぞ」
「お前の独断だろが、クソッ……グライアイのシトを数隊貸す。死ぬなよ。お前はただの人間なんだぞ」
「嫌ってほどぉ分かってるヨォオ~~!」
俺からは一切目を離さなかったキッドが一瞬、翅男を見上げた。翅男は嫌悪感を隠そうともせずキッドに悪態を付きながら飛び去った。入れ替わりでグライアイのシトが来る。
俺の後ろにはミコが入っていった地下への入口。何が何でもここは死守する。
「はぁ~~い、播磨ぁ。……そこ退け」
「悪いがここは蟻一匹しか通さねえ……!」
キリギリスの節足を額に戻し、シンキ化を解除。そして——。
「捕獲型節足、カマキリ」
また額から、今度は別の節足を生やした。
五十分の一秒で獲物を捕らえるカマキリの節足を。
俺は固く握った拳を思いっきり振りかぶり、額から生えた深碧の大鎌が、一瞬ぶれる。
「なッ!?」
「ぉぉおおお————」
カマキリの節足がキッドの体を捕らえ、驚愕に染まったその顔面を引き寄せ——。
拳を叩き込む。
「ラアアアアア!!」
「ぐぶゥッ!!?」
キッドが吹っ飛ぶ、まるでボールのように。
「まだまだぁぁあああ!!」
俺は吹っ飛ぶキッドを捕らえんと、再び節足を伸ばした。
手から蔦を生やし、群がる蝶どもを一網打尽に捕獲する。コツは想像力。私のインクはまだ完全に私のコントロール下に置かれている。
網目状に絡ませた蔦で蝶を捕獲。そのまま虫籠よろしく切り離す。
生物本来の生存本能から蝶は私から一定の距離を開けて近づいて来なくなった。
からの無線からよく知る男の怒声。
『馬鹿お前、奥播磨は放っておけ! 今はこっちが先決だ』
「久保田か……そうも言ってられねぇぞ」
扉を破壊し天文館から脱出した奥兄妹は何故か逃げるべき方向と逆へ。
その理由を直感した私は沸々とわき上がった感情そのままに無線機へ声を荒げた。
「播磨がそっちに向かったァ! グリフォンを完全に反転させるつもりだ! どおぅせ、お前のことだァ、シンキの一匹二匹連れてきてんだろ、ア!? 全部ぶつけろ! グリフォンの息の根は私が止める!」
『……ああ、今、目視した。グライアイをぶつける。獲物とったとか駄駄捏ねるなよ』
「グライアイ!? ハッ、用意周到ぉ! 素晴らしいじゃねーか!」
私はもう一本の『リンゴジュース』を一気にあおった。
飲めば溜まった乳酸を洗い流し、筋細胞を活性化させる万能ドーピング。
私は飛ぶ勢いで、一歩ごとにアスファルトをめくりながら疾駆した。
——————————
無重力感に身を任せながら俺は拓也さんまでの道のりを確認した。
あの鳥居が見え……最悪だ。年の頃はミコと同じか少し上くらいの三つ子のシンキ。
「「「播磨発見。ミコちゃんも元気そう」」」
その三つ子は全く同じ顔、全く同じボブカット、全く同じ衣服を身に纏っている。
「グライアイ……ってことは……!」
「にぃに、来たよ……!」
仁王立ちで待ち受けるグライアイ。
その周りに彼女らのシト達が守護するように陣を形成、上空にもシトが武器を構えて突撃の合図を待っている。
グライアイ。俺が大嫌いなシンキだ。
頭部が気球のように大きく膨らんだグライアイのシト達は他のシト達と大きく異なる点が一点存在する。
親であるグライアイ本人達に直接意見を言えるという点だ。
これはグライアイが行なうシトの生産方法に起因している。
通常、シンキは人間に何かを与え、見返りとして何かを奪っている。
例えば、ワーウルフの場合、多勢な理不尽や過去の過ちを正す『勇気』を与え、見返りとして自由意志とそれに続く個性を奪った。
グリフォンの場合、若く美しい容姿を実現できる方法とそれを持続させる為の『節制』の心を与え、最終的な見返りとして人間的な体と時間を奪った。
対して、グライアイは膨大な『知恵』を与えるのみ。見返りとして何を奪う訳でもない。故にシトは自由に発言することが出来る。
しかし、それがグライアイの上手い所。
グライアイは来るのも拒まず去るもの追わず、誰彼構わず『知恵』を与える。与えられたものは膨大な量の『知恵』から脳が急速に発達し頭部が肥大化してしまう。
一見、社会性を奪われたように見えるが、今の時代、人前に出ずとも生活ができる、ましてや膨大な『知恵』を用いて巨万の富も築くことだって可能だ。
それに気付き実行し幸せになったシトは数知れない。
今、数えられないくらいの大人数のシトが隊列を組んでいる。
彼らはグライアイに心から感謝し心酔する。そして自分から捧げるのだ、持っている全てを、その命すらも。もちろん全員ではなく例外はいるが、そういうシトは永くない。
グライアイが知らぬ所で不思議とこの世から去って逝ってしまうのだ。
「「「播磨やる気だ。私ら揃ってシンキ化させたこともないくせに、生意気な後輩……総員、播磨を止めよ」」」
「総員、突撃ぃ!」
シト達は自由意志もへったくれもなく、グライアイのシト達が武器を握りしめ突撃を開始した。
望むところ……。
俺の胴に回されたミコの足が確かに固定されていることを確認して、節足を畳む。
「突破するぞ、ミコ!」「う!」
キリギリスの大跳躍。
見てろ幸神会、目にもの見せてやる。
「にぃに、来たよ!」
陸に陣を構えたシトの大軍が槍を手に、飛行船のごとく飛来する。
「ミコ、『音』で撃ち落とせるか!?」
「任せて、にぃに!」
ミコが野球のピッチャーさながらに振りかぶり『音』を投げる。
文字通りの見えない魔球はシトの大きく肥大した頭蓋を激しく揺らし脳震盪を起こさせ、墜落。
「ブラボー! ナイスデットボールだミコ!」
「ストライクじゃん! にぃに失礼だよ!」
「悪い、ストライクだったな。ミコ、適当なシトは打つな。足場にするから」
「オーケー、にぃに。任して任して」
ミコが俺の肩までよじ上り足を掛けた。肩車しろってか。
俺はミコが落ちないように足を持ち、ミコがわざと打ち漏らしたシトへ節足を伸ばす。
シトのデカい頭を足場にしてジャンプ。
俺は下の道路を見下ろし、着地点を計算して待機していたシト共へ中指を立てて挑発してやった。
「「「回り込んで背後から攻撃、足場役を消して」」」
「三番隊と四番隊は敵の着地予想地点に移動! 五、六、七番隊は敵の背後に回り込んで攻撃! 正面から突っ込むな!」
命令を聞いたシト共が道を開けるように退き、狭い路地裏に入っていく。
的を失ったミコと足場を失った俺は重力に引っ張られるまま、シトが待ち構える着地予想地点へ。
「ミコ、頼む!」「う!」
ミコが陸に向けて音の雨を降らすが、シトはそれも予想していた。
「盾を構え。頭を死守しろ」
刺の付いた盾を頭上に掲げた。上から見れば剣山だ。
「ミコ!」「う!」バチィン!
ミコの大顎がひと際大きな音を鳴らし、俺達の軌道が少しズレた。
盾をギリギリ回避して着地。着地の衝撃でキッドに刺された足から血が吹き出し、ちょっとグラッたが、概ね無事だ。
「にぃに!」
「このまま行く!」
その時だった。
地中から突き上げるような大きな揺れが起こった。
アスファルトに大きな亀裂が走り、中から電柱よりも太い木の根が飛び出したのだ。
拓也さんの反転が本格的に始まった。
「急ぐぞミコ!」
ミコの返事は待たず、大ジャンプ。
この足ではまともに走ることも出来ない。
路地裏から槍を握りしめたシトが飛び出し追い迫る。
「にぃに、アレ!」
「分かってる!」
「違う! あれ、キッド!」
「はぁ!? マジかよ!」
俺は思わず後ろを振り返った。
「後ろじゃなくて、あっち! ビルの上、走ってる!」
ミコが言うように、キッドは俺達には目もくれず一直線に前だけ見て俺達と同じ方向に向かって、もの凄い速度で爆走している。
「「「絶対に通すな」」」
「固めろ! 壁だ、壁になれ」
キリギリスの節足による連続ジャンプ。
「壁ごとぶち破ってやる!」
俺の背をミコの大顎による衝撃音が押し、さらに加速させる。
両足をグライアイに向けて、節足のバネで自身の体を弾丸とし射出。
「総員、グライアイ様の身を最優先! 主に指先一つ触れさせるなァ!」
「「「ダメだ! 何か狙っている! 陣を崩すな!」」」
「主を守れェエエ!!」
道を塞ぐように広い陣をとっていたシト共がグライアイを囲うように一箇所に集まり、俺達の抜け道を作った。
さらに節足で地面を蹴り、俺達は地表すれすれを滑空する。
「「「私たちも出る。退きなさい!」」」
「絶対に行かせません! 我々があなた様を守ります!」
「……ミコ、キッドを出し抜いたあれをもう一度やるぞ」
「う!」
「総員、命を賭せぇぇええ!」
「「「退けって言ってんでしょぉぉがぁァアアア!!」」」
「ミコォォオオ!!」
バチィィィンッ!!
視界が開けた。
「しゃーー! 抜けタァアアーーー!!」「ブラァァボォォオオーーーー!!」
開けた視界に飛び込んだのは中央公園だ。しかし先の大地震によって公園の地盤は大きく砕けてしまっている。
あの公園のしたに地下駐車場が広がっていたはずだ。
「はぁ~~い、播磨ぁ!」
あの耳にこびりつくような声。
キッドの平手が振り抜かれる。強烈なスパイク。一瞬意識が跳んだ。
俺は頭からむき出しのコンクリートへ、まるでバレーボールのように打ちつけられる。
ミコは俺の背中から振り落とされ、二転三転、地べたを転がった。
ゴールまでもう少しって所だったのに。
再び、地中から突き上げるような揺れ。
建物のガラスが割れて歩道に落ちる。古い建物には大きな亀裂が走った。
拓也さんの反転はまだ終わってない。
「播磨ぁ、お前ぇ……」
こんな大地震の最中、悠然と立っていられる化け物がだらりと垂らした左手を、その中指に嵌めた金の指輪を俺に向けた。
「やってくれたなぁ……やってくれたなぁ、奥播磨ァアア!」
幸神会を終わらせられる最初で最後のチャンスをここで手放したくない。
拓也さんの復讐を遂げさせる。
「ミコォ! 先に拓也さんに会いに行け。俺はキッドを殴ってから行く!」
「…………にぃに……、……う」
揺れが収まった。
キッドがニタァと笑いながら俺を見下ろす。
その向こうから昆虫の翅を背中と腰に一対ずつ生やした男が急接近して来た。
俺の顔に冷汗が伝った。そういや、額と足から血が流れ、その上冷汗って。
「俺の顔面ぐちゃぐちゃじゃねえか……」
呼吸が浅くなってんぞ、落ち着け。
キッドはナイフと拳銃を握り、何かぶつくさ呟き始めた。
「……寄生卵、十分。……インク残量少……リンゴジュースはもうナシ。三本の柱、内一本損壊。ナイフ四本、レボルバーが一とオートマが二、マガジンは三……」
翅の生えた男がキッドの上空でホバリング。
「キッド! 羽化した蝶の回収が先だ。もう反転を止めるのは無理だ。今後の計画も決定した」
「……うるせー。最低でもミコちゃんは連れ戻すべきだ。お預け期間は終わってんだぞ」
「お前の独断だろが、クソッ……グライアイのシトを数隊貸す。死ぬなよ。お前はただの人間なんだぞ」
「嫌ってほどぉ分かってるヨォオ~~!」
俺からは一切目を離さなかったキッドが一瞬、翅男を見上げた。翅男は嫌悪感を隠そうともせずキッドに悪態を付きながら飛び去った。入れ替わりでグライアイのシトが来る。
俺の後ろにはミコが入っていった地下への入口。何が何でもここは死守する。
「はぁ~~い、播磨ぁ。……そこ退け」
「悪いがここは蟻一匹しか通さねえ……!」
キリギリスの節足を額に戻し、シンキ化を解除。そして——。
「捕獲型節足、カマキリ」
また額から、今度は別の節足を生やした。
五十分の一秒で獲物を捕らえるカマキリの節足を。
俺は固く握った拳を思いっきり振りかぶり、額から生えた深碧の大鎌が、一瞬ぶれる。
「なッ!?」
「ぉぉおおお————」
カマキリの節足がキッドの体を捕らえ、驚愕に染まったその顔面を引き寄せ——。
拳を叩き込む。
「ラアアアアア!!」
「ぐぶゥッ!!?」
キッドが吹っ飛ぶ、まるでボールのように。
「まだまだぁぁあああ!!」
俺は吹っ飛ぶキッドを捕らえんと、再び節足を伸ばした。
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