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『勇気』

いっつしょーたいむ

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 俺達は運動公園の管理人が出勤してくる前に荷物をまとめて山を下りた。
 そのとき、痕跡はなるだけ消す。

 それでも水道の流しが濡れているとか、芝生の一箇所だけへこんでいるといか、そこまでは手が行き届かない。
 まあ、きっと夜中にチンピラが遊びに来た程度に考えてくれるだろう。

 まず、俺とミコがここにいた事はバレないはずだ。
 うん、大丈夫。大丈夫なはずだ。

 そんな訳で次の根城探しの旅に出発した訳だが、いきなりミスってしまった。
 聞いてくれ。

 俺達と全く同じ方向に歩く、ミコと同じくらいの身長の少年少女達。男は詰め襟の学ランで女はセーラー服。
 少人数で固まって談笑し合しながら同じ方向に歩いている。
 その中にポツポツと色とりどりのランドセルもあった。

 ここは通学路に出てしまった。
 こういう人がいっぱいいる所はどうにも落ちつかない。だから何かを考えて気を散らす。

 例えば、「幸神会の連中はどうやって俺達の居場所を見つけ出すか」とか。

 そう、そうなんだ。毎度、ミコが抱いた女からバレているが、そもそもどうやってその女を見つけるんだって話だ。
 どんな奴と寝たのか声高々と吹聴して回る生き物でもあるまいに。

 いやいや、考えても分からん事は後回しだ。
 とりあえず、先ずやるべきは潜伏先を見つける事だが、あいにく五千円しか持っていない。
 そんな俺達が屋根付きの根城をゲットできる上手い話も転がってない。
 転がってたとしても百パー罠だ。俺はそんな話に飛びつくようなお馬鹿じゃない。

 ほら、こんな感じに思考がグルグル回る。

 人が多いだろうという事は予想で来た事だ。
 何せラッシュ時だったからな。
 しかしラッシュ時でもこんなにじろじろ見られるとは思っても見なかった。

 てっきり俺は、この時間の人間は皆急いでいて、他人の事を気に留める余裕なんてないだろうと思っていた。
 だって俺が施設から脱走して、その後に出会った人間は皆、時間ギリギリで生きているヤツばかりだったから。
 
 と、色々考えながらもキョドっているのがバレないように努めて堂々と歩く。 急に体が後ろに引っ張られた。

 ミコが俺の裾を掴んでいる。
 頭から被った毛布の奥で潤んだ瞳が左右に行ったり来たりしていた。
 不思議な奴だ、俺の居ぬ間に女を作るくせに。
 
 ミコは俺を見上げた。もっと人がいない所に、走り去りたい、そう目が訴えている。
 俺もそうしたいがここで踵を返してしまえば、ここにいる奴らに俺達はお前らが思っている通りの存在ですよ、と言っている事になる。
 噂になろう、そして幸神会の耳に入ってしまいかねない。

 嫌だなぁ。それは嫌だ。
 あいつら手荒だからな。毎回、バーサーカーみたいなシンキをけしかけて来るから、殺すのも逃げ切るのも大変なんだよな。

 ミコには悪いが、ガキの視線は我慢してもらおう。それにここで逃げてしまったら『目撃! 作業服の坊主と毛布を被った中学生くらいの少女』みたいな見出しで全国のお茶の間の話題を独り占めしてしまうだろうしな。

 ……ん? 
 作業服の男と、毛布を頭から被せられた中学生……犯罪の匂いがプンプンするな。

 誰が見てもヤバいな。まずい、幸神会以外の大人が追って来そうだ。
 よし、スポットライトの当てる角度を変えよう。話題の方向性を変えるのだ。

 俺はミコの被っている毛布を取り払った。

 ミコの大きな目はさらに大きく見開かれ、潤んだ瞳は朝露のごとく太陽の光を弾き輝きて、血色の良い唇は円を描くように開かれり、さらに今朝は冷えているせいで鼻先と耳がピンク色に色づきたる。

 白のワンピースの裾がふわりと空気を含み膨らんで、すらりと伸びた太ももの中程まで露になった。
 引き込まれるほどの黒髪が舞い、はらりと舞い降りる。

 目撃者達が息を飲んだ。

 それがミコにはどう聞こえた知らないが、すぐに俺の後ろに隠れて、恥じらいポイントも追加した。これがミコの策略だから恐ろしい。
 見下ろせば、ミコはハンターの目つきで女子中学生達を見ていた。

「あの目は知ってる。ミコが大好きな目」

 俺にしか届かない声で言った。

 ミコは純粋無垢な表情を作って、俺の背からヒョコッと顔を出し、目線をサッ動かして警戒を演出。
 既に見つけたタイプの女の子と目を合わせてから、微笑みを浮かべて赤くなった耳をその子から隠して恥じらいの表情に変化させる。

 ミコのターゲットになった女の子は時が止まったように足を止め、ミコを目に焼き付けている。
 その子に向かってもう一度ミコが恥じらいつつ頬笑めば、彼女も微笑みを返した。

 その笑みの中に年長者特有の安心させるような優しさが含まれている。
 たぶんミコを転校生だと思ってくれたかも知れない。

「ブラボーだな、ミコ」
「う。でもにぃにの狙い通りじゃん? ミコ、最初何すんじゃあって思ったよ」
「いや、俺もここまでは考えてなかった。せいぜい、犯罪臭を消して美少女降臨の話題に変えようってくらいだった」
「じゃあ、ブラボーじゃん。ミコにとってもこっちの無遠慮な視線の方が慣れてる」
「相変わらず無遠慮だろ?」
「う? 何となく違うよ。ミコが毛布被ってるときはね、怪しいけど触れちゃいけない事だ、でもきっとこういう事に違いないから自分はこういう行動をとる事が正解だっていう目。そんでね今はね、触れたいけど触れちゃダメなんだろうな、でもきっとこういう人に違いない、フフフっていう目。上手くいえないけど、ミコにとっては今の方がモヤモヤしないかな」

 ミコは今の状況を心底楽しむように俺の隣で愛想を振りまいている。
 特にさっきの子には、話しかけて欲しそうなアイコンタクトを送り、ドキドキさせて遊んでいる。

 そして、その子がミコに話しかける為に周りのお友達を誘い始めたところで俺達は通学路から外れて別の道に入った。

 ミコは俺を見上げてニカッと笑った。タイミングばっちりだったようだ。
 ミコは振り返り、あの子に手を振った。俺には今のミコの表情は見えないが、玩具にしたお詫びとして自分の毒牙を見せているに違いない。

♡♡♡♡

 ヤバい人がいた。
 作業服で坊主頭の人が、多分同い年くらいの女の子に毛布を被せて歩いている。誘拐だ、間違いない、絶対誘拐だ。

 夕方にはニュースになってる。
 インタビューに備えて今のうちに特徴を暗記しとくべきだ。
 ヤバい人は何か凄い堂々としてるけど、自分が怪しくないって思ってるのかな。だとしたら馬鹿だ。

 うわ! 目が合った。よくよく観察していると、堂々としてるけど凄いキョドってる。

 必死に平静を保っているんだわ。
 きっと普段は真面目で大人しい感じの人でテレビのインタビューでは「そんな事する人だと思わなかった」って言われる人なんだわ。

 そうだわ、特徴を覚えないと。
 私に出来る範囲で彼女を助けられる方法を取るべきよ。
 バレないように、何度もチラチラ見れるように立ち位置も変えた方がいいわね。

「今日の1限何だっけ、ラブちゃん?」
「え!? えっと、数学よ」

 ラブちゃんの肩が跳ね上がった。ヤバい人をガン見してたものね。よっぽど気になるのかしらチラ見の頻度が凄いわ。これじゃヤバい人が何見てんだコラァって因縁を付けに来るかもしれないじゃない。

「ラブちゃん。ちゃんと宿題したぁ?」
「え、宿題あった!!?」
「あったわよ。また忘れたのぉ? 今日は見せて上げないよ」

 ラブちゃんは分かりやすく狼狽してる。
 ここで私と立ち位置を入れ替えつつ。

「ウソだよ。ちゃんと先生の話聞いてないから騙されるんだよ」

 簡単に騙されて可愛いな、よし両手でラブちゃんのほっぺを挟んでやろう。
 でも、つまんで揉むのは我慢して、ヤバい人の特徴を暗記しないと。
 ホントはメモしたいけど、さすがにそんな事できない。

 先ずは、服装だ。
 ワンチラ見! 
 作業服、色は灰色。社名までは読めなかった。こういう日に限って何でコンタクトじゃないかな私は。
 
 ツーチラ見! 
 毛布はかなりボロい。元は何かのキャラクターが書かれたいたのかもしれないけど色あせすぎて分からないな。

 よし、次は社名を頑張って読もう。目を凝らせばなんとか見えるはず。危ない橋だけどやってやる!

「ねえ、つらら見すぎよ!」
「ちょ! ラブちゃん邪魔しないで」

 私の視界にラブちゃんが割り込んだ。
 ラブちゃんの後ろで、ヤバい人が急に誘拐した子に手を伸ばしたのが見えた。

 ヤバい! 私はラブちゃんを押しのけた時、息を飲んだ。

 天女だ。天女様がご降臨されていた。
 純白のドレスに温かそうなモフモフの羽衣をまとった天女は、突然の下界に驚きを隠せず、潤んだ瞳を見開いて陽光を弾き、形のよい唇は可愛らしくOの字に開かれている。

 まさに天女。
 もう目が離せない。いや離さない。
 ずっと見てたいと思ったらヤバい男の後ろに隠れてしまった。

 おのれ誘拐犯め。……いや待て、あの子があの男に隠れたという事はあの子にとってあの男は敵ではない、むしろ味方で守ってくれる存在の可能性が考えられるのでは。
 家族、兄妹か。……でも似てないな。親戚か。何にせよ敵対したらあの子に近づくのは難しくなりそうだ。

 うわー! 男の影からヒョコッて、ヒョコッてしてる。ヤベ、可愛いな。

 ああ、不安そうに周りに怯えるあの子に今すぐ駆け寄って私のブレザーをかけてあげたい。そう私の匂いで包んでしまうの。
 そしてあの間違いなく天下一の黒髪を整えて上げるのだ、手櫛で。

 ほおぉ! 目が合った。笑った。耳真っ赤! あぁ! 隠さないでもっと見せて恥ずかしくないから。おっほっ、恥じらいながらの微笑ぅ、ヤッッッバ!

 ダメだ。今すぐ話しかけたい。多分転校生よね。ええ間違いなく転校生よ。
 ほら、話しかけて欲しそうにチラチラ見てるもん。
 お友達ね、先ずはお友達からよね。

「ね、ラブちゃん、あの子絶対転校生よね」
「違うんじゃない? 制服来て無いじゃん」
「私服の学校から転校して来たのよ。制服はまだなの」
「あーそうかもね」
「うん、そうなのよ。話しかけにいきましょう」
「急にどした!?」
「不安そうにしてるじゃない! これも最高学年の務めでしょ!?」
「え、あの男の人めっちゃ怖いんだけど」
「そりゃそうよ。あんだけ可愛いだもの変な虫が寄り付かないように警戒するのも仕方ないわ。でも私は女。安心安全、しかも三年。学年トップの秀才よ。最強の後ろ楯じゃない。ほら行くわよ」
「……飛んで火にいる夏の」
「何?」
「何も、でもほら、やっぱり転校生じゃないみたい」
「え? あ!? あああ!!」

 行かないで……。
 あ、振り返ってくれた。駆け寄ってくれないか、私が行こっかな。
 あ、手、振って……。

「え? ぁ……ん」

 ヤバい人に会っちゃった。
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