願わくは

十八十二

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除け者達のファンファーレ

長門峡には綺麗な川と山がある

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 朝日が昇るのとともに目が覚めた。
 今までにないほど清々しい朝だった。
 澄んだ空気。冷たく湿気った風が肌をなでる。
 目はすっかり覚めていたが、俺は川の水で顔を洗った。
 今日はどこまでも行けそう、そうな自信が湧いてくる。

「おはよう、ホスセリ」

 自分でもびっくりするくらい爽やかな挨拶をした。ホスセリも同じくらい気持ちのいい挨拶を返してくれた。
 最後に起きたシラも顔を洗いにきたが、目つきが悪い。寝起きが悪いようだ。ぼりぼりと腹を掻いている。
 朝の清流に純白の少女、文字にすれば美しいが実際は残念な画になった。

 シラは川縁に膝をついて、髪が濡れようが服が濡れようがお構いなく、ばしゃばしゃと水をかきあげるように顔を洗った。
 納得いくまで洗顔した後、びしょびしょの顔を上げると俺と目が合った。すると気恥ずかしそうにシラは目を細め柔和な笑顔を作った。

「今頃乙女になっても遅いぞ」

 そのタイミングでホスセリが朝食を食べようと声をかけてくれた。タオルがない俺達は獣のように頭を振って水滴を飛ばした。

 朝食はその辺に生えていたと言う野草だった。ホスセリの手元には食べられる野草図鑑が置いてある。
 清々しい朝のせいか、それともまだ寝ぼけていたのか、俺達はためらうこと無くそれを口に運んだ。幸い腹を下すことは無くてよかったが。

「とりあえずギルドに戻って冒険の準備をするか、このまま岩国に向かうか、どうするんだい?」

 朝食後の話は自然とこれからの冒険の行き先になった。冒険者らしくて心を躍らせた。
 
 本心に従うなら、今すぐに岩国を目指したい。しかし大事をとるなら一度戻るのが正しいのかもしれない、と考えはしなかった。岩国へゴー、今すぐに。その先に未踏の地があるだから。

 ホスセリはしっかりと準備してから向かうべきだと反対した。シラもその意見に同意している。

「準備って例えばなんがある?」

 語気が少々強くなったが、でもいい。少しでも俺の本気が伝われば。

「弾薬とか傷薬、ちり紙とか整理用品、それから食材とか。必要なものはたくさんあるじゃないか」

「ぐッ……でもホスセリの神力なら……」

「確かに取りだした後また撮り直すことは出来るけど、まず現物がここにはないんだよ。だからまず街にもどって買いに行かないと」

「……仕方ない……」

 ということで俺達は一旦、ギルドのある街に戻ることにした。

「ここからギルドまでどのくらい掛かるんだ?」

「ちょっと待ってね。……あった地図。えーっとギルドはちょうど山口県庁があった場所だから……」

「あ、あ、それはまさか」

 シラと震える指でホスセリが持っているそれを指差した。
 地図の表紙にはパイナップルの写真と『中国地方道路地図』が。がっつり人間文明時代のものだ。

 あれは確か冒険者システムが発表された位だから、二年前。スーパーパイナップルの地図は冒険者志望者向けにプレミア価格で売り出された代物だ。冊数もほんのちょっとだったからオークションを開けば目玉の飛び出る値段になったと聞く。

「あーこれ、持ってたんだよ。現物はちゃんと高天原の実家に保管してある。それより見て、大体僕らはこの辺にいると思うんだ」

 ホスセリの指差した所を恐れ恐れに覗き込んだ。
 『長門峡』、春夏秋冬の変化に富む全長5キロメートルの遊歩道で堪能、と書いてある。そしてそこから南に少し歩けば太い赤いラインが。そのラインに沿うように『山陰道』とあり、9という番号がふってある。

「少し南下すれば元国道9号線の歩きやすい道に出られるはずさ」

 一行は地図を信じて南下した。ほどなくして、森の中なのに不自然に開けた草本帯に出てきた。草本帯は一定の幅でどこまでも続いている。間違いなくここが国道だった場所だ。

 雑草の根に食い破られたアスファルトが砂利になっていたり、蔦に巻き付かれた電柱が横たわっていたり、文明の名残を肌で感じながら進む。途中で青い逆三角形で9と書かれた鉄板が落ちていたのを見つけた。

 道路脇を流れる川の音を聞きながら歩いていると、崩れ落ちた建物が出てきた。ホスセリの持つ地図によればそこにも紫の字で長門峡と書いてある。

「これも長門峡?」

「ああ、長門峡と言う名前の道の駅だ。ちょうどいい。少し休憩して行こう」

 建物は朽ち果てていた。いつ屋根が落ちてきても可笑しくないほど傾いている。窓があった所のガラスは全て割れて中の様子が確認できる。
 こういうのものを見ると血が騒ぐのは冒険者としての性なのか、俺は体をねじって廃墟に侵入した。中は木造で所々木が腐っていた。

 商品が並んで板であろう棚には何も無いが殺風景ではない。なぜならたくさんの木彫りの人形が並んでいたから。
 黒く腐った熊や、苔が生えてより本物に近づいたカッパなど、色々なものがいる。
 その中で俺が足を止めたものがあった。

「……何か変だな」

 それは壁画だった。誰が描いたか分からないが、とても写実的な人物画。目つきの悪い男の絵だった。

 青色のスカジャンにダメージ加工が入ったデニム。ほつれて見えている膝や腿は色黒で毛まで丁寧に描かれている。
 しかし片足がないのだろう、デニムの左足を結んでいる。
 赤地に民族的な模様が描かれているバンダナで口元を隠し、鮮やかな赤で塗られた立派な番傘を差していた。

 俺はその絵をまじまじと舐めるように見た。
 見れば見るほど気になった、いつだれがこれを描いたのかを。

 廃墟の中、食べ物はないが工芸品はたくさん転がっている。そのどれもが長い年月を感じさせる傷や腐敗、さらに日焼けや色落ちがあるのに対して、この絵にはそれが見当たらない。
 この絵が描かたのは、少なくとも神が地上に降りてからだ。そうじゃないなら、神が降臨するまでの五百年間、誰かが管理していなければこの状態は絶対に保てない。

 その誰かとは妖怪しかいないじゃないか。

 俺は外にいるホスセリ達に敵の影があるかもしれないことを教えるために建物の外に出た。
 シラは上着を弓に変え、矢を紡ぎだす。ホスセリも護身用の盾と銃を装備した。
 俺も黒縁を抜いて、神力で覆う。

 臨戦態勢をとったまま、俺はさっきの絵まで二人を案内した。

「……あれ? なくなってる……」

 その絵は跡形も無くなっていた。
 後ろの二人は肩の力を抜いて、冗談も程々にしろと建物を出て行った。俺は本当だと訴えても信じてもらえない。
 一人取り残された俺はまた絵があった場所を見た。あの一瞬で消したなら何かヒントが残っているはずだ。
 しかし何も残っていない。

「いや、待て。絵を消したヤツがまだこの中にいるんじゃ」

 ゾッとして後ろを確認した。誰もいない。この間に後ろに回れたのかもしれないと思い、また後ろを見てもいない。

 俺がシラ達を呼びに行って戻ってくる間に、誰かがこの廃墟に入るのも出て行くのも見ていないということは、最初からずっとここにいたということだ。外に出て行ったホスセリ達の声も聞こえないからまだこの中に——。

 何度も後ろを振り返った。左右も見た。ものの隙間にも目を凝らした。
 いない。敵は妖怪、霊的なものか?
 聞いたことがある、何か気配を感じて後ろを見ても何もいないときは、上にいるのだと。

 俺は半分ないだろうと思いながら上を見上げた。
 白カビだらけの天上に番傘を差した男の絵があった。

 驚いて暫く見ていると絵が動いた。
 ぬるっと水面から顔を出すように天上から男が顔を出す。
  
「急いでんだぁ。見逃すか、殺されるか選んでくれ」

 絵の男は天上から見上げる俺に二択を迫った。

「敵だーーッ!!」

 今日の俺はどこまでも、どんな妖怪でも倒せそうな気がしていた。
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