基本中の基本

黒はんぺん

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基本中の基本5……様子が変だ

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 姫もほほに赤みが戻り顔色が良くなりました。おしゃべりも楽しそう。ファーレンのほうは顔色はよくわかんないけど、元気そうでなによりです。ふたりなかよく例のパンフレットを読んで、ペルセウスの冒険譚もばっちり覚えて、ファーレンはどういうルートをたどり何をすればいいのかしっかり検討して……。本当にもう、なにを今さら、冒険に再チャレンジするつもりなの? する気はないそうです。アンドロメダも午後の仕事はお休みをいただいたそうです。仮に新たな勇者が登場しても、生け贄は別のアンドロメダにたのむことになっています。「わたしはパークの外には出られないけど、レストランも遊園地もあるし、いっしょにすごしませんか?」だってさ。
 わたしゃお邪魔虫じゃあないのかい? 遠慮する柄でもないペネリリだが、いつももてないファーレンが女の子となかよくしてるみたいだし、たいへん結構なことである。遠慮はしないが気は利くペネリリさんだよ。
「だって、うさぎさんと亀さんはなかよしなんでしょう」姫はにこにこ、屈託ない。
「いやあ、よくいわれるんだがねえ」ペネリリさん、いささか悩ましい気分。
 よくつるんでるから、うさぎと亀と思われてる。まるでイソップ物語。ペネリリさんは確かにラビットフォームなんですが、ファーレンはちょっとややこしい。彼の自称するところではアルマジロだそうで。現生種のアルマジロではなく、古代種のグリプトドンのたぐいが彼の身体に発現したのだと。
 古代の生き物とはいえ哺乳類、恐竜が滅んでから地球上に現れた種類です。でもま、カメでもアルマジロでも目くじらを立てるほどのことではないわな……。どうせ、そのものではないんだから。
 めんどいんでペネリリさん説明諦めちゃった。
 そもそもアニマルフォームと呼ばれるひとたちが、なぜこの時代に出現したのか、その説明をペネリリさんに代わってあたしがするべきかとも思ったのですが……現生人類のかなりの割合がアニマルフォームなのですが、あたしが今語っているこのお話「基本中の基本」は実は主役がアニマルフォームである理由はないのです。必然性がない。
 普通のひとが主役でもまったくかまわない。
 アニマルフォーム物語をながながとやって寄り道しても理解が深まるわけでもないってことなのね。あたしも悩ましいのですが、だから得意の割愛かつあい。アンドロメダさんは彼らをアニマルフォームと称しましたが、一般的にはバリエーションと呼ばれることが多いそうです。人間型の人間はスタンダードですね。
「遊園地ってなにがあるの?」とペネリリが訊く。彼女、別に観覧車とか乗りたいとも思わないけどと続けそうになった。レゴリス制動見たばかりで、ちまちましたものは、あんまり……という気分。
 そもそも。
「わたしら以外にお客っているの」
 この広さのわりには閑散としてるんじゃないの、とはペネリリさんの疑問です。
 確かに、あんまりお客さんが入らないのでは経営大変なんじゃないのと思ってしまいます。余計なお世話ですよね? ペネリリさんたちが住んでいる地球は浮氷市、巨大な人工の浮き島ですが、そこには「ファンタスティックガーデン」というテーマパークがありました。たいそう人気のあるテーマパークとは言えなかったけど、休日などはにぎわっていましたよ。少々トラブルがあって閉園してしまったけど。簡単にいえばロボットアニマルを集めた動物園です。ここの神話パークのようにストーリー性のあるイベントはなくて、古今の動物たちが園内を歩き回っているだけです。
 ストーリー性とリアリティを追求するなら実物大の舞台とキャスト(その多くはロボット)を使うよりはバーチャルリアリティのほうがよっぽどリアルに表現できるんですよね。天を駆ける翼の生えた馬とか、腰から下が馬になってるひとだとか、下半身が山羊のひとだとか、不思議に楽しいキャラたち。ロボットで表現すると機械的なギクシャク感が残りがちです。バーチャルならスペースは少なくてもすむし、一度に大勢のひとが楽しめます。
 ペガサスは飛んだんですか、ピアノ線で下げられたんですか。ペルセウス物語でいうとメインキャラといってもいいあのひとは……。
 あたしってば先走りのしすぎ。
 ストーリーはシンプルなのにあたしのおしゃべりばかりが長くなっていくわ。地球にあったつぶれたテーマパークなんて関係ないみたいでしょ。でもあとからちょっとでてきますからね。あたし伏線を張ってしまいました!
 よく伏線はさりげなく張らなければならないって言いますでしょ。でもあまりさりげなかったら、誰も気がついてくれないんじゃない? むしろはっきりわかりやすく伏線マークをそのつど貼るぐらいにしたほうがいいんじゃないかとあたしは思うんですけど。そして最後に全ての伏線を回収してみんなハッピー大団円、これがあたしの目標なんですけどね。あれ、大団円なんてことば、あまり使わないのかな、あたし好きなんですけどねぇ。
 まあいいや。
 それに伏線の回収より、今や二酸化炭素の回収のほうがよほど早急の問題ではあるし。
「他にお客様がいるかというのは調べることはできますよ」
 アンドロメダはちょっと上向いて小声でなにか呟いた。誰かに指示をあたえているらしかった。マイクがどこかにあるか、あるいは彼女もインプラントを持っているのだろう。この場合のインプラントは体内に移植された通信機器・コンピュータのことです。この時代、インプラントしてるひとは多いみたいです。
 間をおかず、鳥にしては大きなものが舞い降りてきた。雲ひとつないこの空のどこから降りてきたのか。ごめん、青空自体がトリックなんだよね。空に見せかけた天井なんだ。顔は女性だが、身体は鳥の怪物。人面鳥、ハーピィだ。首から紐のついたモニターをさげている。「ありがと」アンドロメダは人面鳥からモニターを受け取る。
「これでパークのいろんな場所を見られます」こんなものを出されてはファーレンもペネリリもそれを覗くしかないよね。大理石の重厚な神殿、立ち並ぶ石柱の間。広場へつながる石畳の道。海から奇岩が幾つも突き出す絶景、いや航海の難所か。迷路のごとき、市街地。
 ひとがいないわけではないが、少ない。閑散としている。歩いているひとたちも観光客だかパークのスタッフだかわからないよね。無音の石造りの街。建物の内側の暗闇ばかり濃く、遠近感が強調された景色はむしろキリコという画家の絵に迷い込んだみたいで。
「なるほど。雑踏ざっとうから逃れて自分を見つめなおしたい向きにはいいところだね」とペネリリ。
 場面がかわる。草原の真ん中で思い思いの姿勢ですわっている三人がいる。高いところからの俯瞰の映像だ。「ほらほら、自分を見つめて!」アンドロメダは空に向かって両手を振る。ファーレンもいっしょに手を振る。
 ペネリリ空を見上げたりモニター覗いたり。これどっから撮影してるんだ? 撮影用ドローンも見当たらないけど、たぶん空中のあのあたり。ペネリリも空に向かって手を振ってやる。アンドロメダ&ファーレン、ますます大はしゃぎ。なんだかお似合いのバカップルね。
 ひとしきり笑い転げたあとで、アンドロメダまた操作して「このあたりには勇者さま、いるんじゃないかな」
 白い砂地のようだ。グレーの岩が幾つも立っている。わざわざ大きな岩を運んできて立てたみたい。天然のものなら奇景といえようが……天然はありえないよね。こんな景色が実在するのだろうか。
「ああ、これ知ってる」ファーレンがさけんだ。「枯山水かれさんすいっていうんだよね。日本のお寺の庭がこうなんだ」アンドロメダに説明してあげている。彼女、目を丸くして。
「日本の寺にメドウサがいるか」とペネリリ。
 アンドロメダは操作を続ける。景色が移動していき、砂浜をいきなり断つように崖が現れた。入り組んだ形の奧に洞窟が開いていた。そこに到る途中にも奇岩が何個も立っていて……。
「あれ、岩じゃなくてお地蔵じぞうさんかな。お地蔵さんというのはね、石で作った仏像なの。仏像というのは……」
 こら、いらん解説するんじゃない。
 もちろんファーレンの石頭なぐったって自分が痛いだけだからやんない。
「アンディ、あそこがメドウサの住処かな」
「ええ、見かけはあんなだけど、けっこう快適。ズームしまーす」
 妖怪メドウサと戦う場面はストーリー上、重要なところ。
 視界が広がる。洞窟どうくつの穴は一点になり、白砂の上の岩、岩、岩の群れがぞろぞろ戻ってくる。
「誰かいる。勇者さまじゃないかな。寄ります」
 ああ、確かに奇岩の間にひとがいる。盾と剣を持っているわけでもないが、おそらく勇者だろう。ズームアップ、パン。勇者のすがたを真ん中に。
「あら! うさちゃん。ペニー?」
 アンドロメダ、傍らを見やり、ペネリリは
「あれがわたしなわけ、ないだろ。これ、ライブだろ」
「ですよね~」アンドロメダころころ笑う。
「月にはウサギのバリエーション(アニマルフォームのことですよ)が多いらしいね。なぜだか知らないが」
「月とウサギには縁があるから?」とファーレン。
 こいつ、いうことが妙に古くさい。仏教説話ですかっての。現在の若者とは思えんな。
 ファーレンははたと手をたたいた。
「この、たくさんのお地蔵さんみたいな岩は、メドウサの魔力で石にされたひとたち、だったんだ!」
 えええっ? こいつ、今気がついたのか。するとお地蔵さんってジョークのつもりじゃなかったんだな。
「きゃあ! メドウサさん、出た。岩陰に隠れてたんだ。勇者さま……あはは……逃げてる。メドウサさん、剣を振り上げ、追いかけてる……ねぇ、ペニー?」
 アンドロメダの声が、不安そうになる。
「アンディ、様子が変だ」

 
 
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