世界の終わりでキスをして

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加々美 流華 1

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 ー6月東京、新宿区曇りー

 人混みでごった返す、JR新宿駅、
 月曜日のAM8:00制服の様にグレーや黒のスーツを着た人達が埋め尽くす。

 皆んな同じ顔をしている。
 今日と同じ様などんよりとした表情をして、顔とは裏腹に足取りだけは早い。

 顔と身体がちぐはぐだと思う。
 冷ややかな目をして眺めているが、自分も後2年もすればその仲間入りだ。
 下を見ながら、通勤する2年後の自分の姿が安易に想像出来る。
 そんな未来の自分の為に大金を使って大学に通っているのかと思うと、馬鹿馬鹿しくなってくる。
 まあ、金を払っているのは、父親だが。

『山手線内回り、渋谷、品川方面行きまいりますー』

 アナウンスが流れる。
 乗り慣れた電車が駅構内に入ってくる。
 もちろん座れるはずもないので、そのまま立ったまま電車に揺られる。

 携帯を取り出して、時間の確認をする。

 今日は大学の授業が、1コマ目からだった。
 大学のある渋谷まで3駅、約7分くらいの所要時間、ひたすらぎゅうぎゅうに詰められた電車の中で息を殺す。

 昔から、電車は得意ではない。
 閉鎖空間が苦手なのだ、「もしも」の事を想像すると、閉じ込められている事に恐怖を覚える。

 とにかく昔から腹が弱く、いつ何時お腹が痛くなるかわからないのも、その一因かもしれない。

 そんな事を考えていた時、丁度原宿を出発したすぐ後くらいだった。

「やめろ!何をするんだ!」
 と言う年配の男の声がした。
 皆んな「なんだ、なんだ?」と辺りを見渡すが、人が多すぎてよくわからない。

「痛い!痛い!辞めろと言ってるんだ!」
 とまた同じ声がする。
「痛い!悪かった!辞めてくれ!」
 絶叫とも言える声がする。
 なんだ?皆んな騒つくが、このすし詰め状態じゃ身動きが取れない。

 そして、直ぐに渋谷駅に着いた。大勢の人が電車から降りる。
 その時、駅のホームでグレーのスーツを着たおじさんが、背の高い女の人に羽交い締めにされていた。

 その女性は170センチを超える長身で、綺麗な黒髪は背中まで伸びており、陶器の様な白い肌、切れながの目、鼻筋の通った高い鼻、形の良い唇、顔の作り全てが完璧だった。

 その瞬間、俺は一瞬でその女性に目を奪われた。

 綺麗と言う言葉では言い表せない、もはや神々しかった。

 その女性がグレーのスーツを着たおじさんを1人で取り押さえている。
 周りの人も皆んな、唖然としている。

「わかったから、離してくれ!頼む!」
 おじさんが、懇願するも彼女はただ1点を見つめ、手を緩めない。

 そこに駅員2人が駆けつける。
「どうしました?」
 周りは野次馬で群がっている。
 そこで彼女が一言だけ喋った。
「痴漢です。捕まえて下さい。」
 彼女はそう言うと、スーツを着たおじさんを、ボロ雑巾を投げるように、駅員に引き渡す。

 その瞬間彼女と一瞬目が合った気がした。
『カシャッ』フィルムカメラのシャッターが切られたようにその時、時間が一瞬止まった気がした。

 彼女はそのまま駅員と一緒に消えていった。

 俺はその場から目が離せず、強烈に彼女に惹かれていた。そして
「かっこいい、、、。」
 と一言呟いた。

 衝撃だった。
 まるで映画のワンダーウーマンを見ている様だった。

 今までの人生の中で一目惚れの経験はなかったが、紛れもなくこの日俺は彼女に一目惚れをした、、、。一瞬で心を持っていかれる、こんな経験は初めてだった。

 その後、俺はいつもの様に大学に行き1コマ目の講義を受けに講義室に向かった。

 講義中も彼女の事が頭から離れなかった。
 もう会える事もないだろうが、それでも何故か彼女の事を思い出すと胸が高鳴った。

 講義が終わっても、ぼーっと椅子に座っていた俺に須羽 歩すわあゆむが話しかけてくる。
恭弥きょうや何やってんだよ、2コマ目もとってんだろ?早く移動しようぜ。」
 と言ってくる。

 須羽は、同じ高校出身で唯一同じ大学に通っている友達だ。

 須羽は昔からフットワークが軽く、コミュ症の俺とは違って、大学でもすぐに友人を沢山作って大学生活をエンジョイしている。

 そんな、須羽を羨ましいなと思いながらも、自分はこのまま面倒な事に巻き込まれず、ただ大学を卒業出来れば良いと思っていた。

 昔からとにかく揉め事を嫌い、波風を立てない様に生きてきた。
 平凡を愛し、現状維持を1番と考える、自分の評価はきっと、地味でつまらない、向上心もない、男としての頼りがいや、魅力はないという所だろう。

 高校の時に付き合っていた彼女にも言われた事がある。
「一緒にいてもつまんない。恭弥って本当に真面目なだけで面白くない。」

 あれは、なかなかショックを受けた。
 自分でも、面白い人間だとは1ミリも思っていないが、好きな子からあんなにはっきり言われたら流石にへこむ。

 あれがトラウマになって、なかなか新しい恋愛にも踏み出せずにいる。

 けれど、今朝みた女性がどうしても気になってまたどうにかして、会えないかと考えていた。

 あんな美人が自分を相手にするとは、思えなかったが、相手になんかされなくていいから、もう1度会いたかった。

 こんな気持ちになる、自分にも驚く。
 でも、それ程までも彼女の魅力に惹きつけられてしまったのだ。

「なあ、須羽。一目惚れってした事ある?」

 講義室の片隅で俺が聞くと、須羽は驚いた顔をして言う。
「ねぇよ。そんなん、俺はこう見えて中身重視で選んでるからな。お前が女の話しなんかするの珍しいな。てっきり最近は男にでも興味あるのかと思ってたわ。合コンでも行ったのかよ。」

 俺は首を振る。講義中だが、全然内容が頭に入ってこない。

「今朝、渋谷駅のホームでありえない程の美人を見たんだよ。美人っていうか、もはや神がかって、芸術作品みたいな人間だった。」

「へぇ。そんな美人がね。俺も一度でいいからそんな美人見てみたいな。
 恭弥が言うくらいだから、かなりの美人なんだろうな。」

 須羽は自分のシャーペンを器用にクルクル回しながら言ってくる。
「どうしたらまた会えると思う?」
「普通に考えて会える確率は低いよな。渋谷でたまたま会っただけで名前も知らないんだろ?名前知ってたらワンチャンSNSで繋がれたかもしれないけど。」

 自分でも、わかっているが諦めきれない。
 1人もんもんと考えている所に、講義室のドアが開き誰かが入ってきた。

 遅刻かな?と思いちらっと振り返って見るとそこに現れたのは、俺が今朝渋谷駅で見た彼女だったー

 俺は自分の目が一瞬おかしくなったのかと思った。
 ずっと彼女の事を思い返していたから、幻覚を見ているようだった。

 彼女は颯爽と講義室の中を歩いていく。
 まさか同じ大学だったとは、、、。
 他の人間も、彼女の美貌に驚いた様で皆んな彼女に注目していた。

 そして、奇跡は起きた。
 彼女は俺の隣の空いていた席に腰をかけたのだ。

「ここ空いてる?」
 と俺に聞いてくる。
 声までも綺麗だった。
 俺は急に話しかけられて、緊張と驚きから変な返事をしてしまう。
「あ、、、空いていますです。」

 隣で須羽がドン引きしてるのを気配で感じる。
 けれど、どうしようもない、紛れもなく、彼女は俺の一目惚れした子だ。

 黒い艶々の髪を耳にかけて、ノートやペンを出す。
 その仕草だけで、美しい。
 虜になるとはこうゆう事をいうんだな。
 もちろん、講義なんて全然頭に入ってこない、ちらちら隣を盗み見しては、綺麗過ぎてため息が出そうになる。

 須羽が、小声で俺に話しかける。
「すげー美人だな。」
「渋谷駅で会ったのが、彼女!」
 俺が言うと、須羽は驚いた顔をして、俺に言う。
「名前聞けよ!講義終わったら。」

 俺は、もちろんそのつもりだった。
 いつもの俺なら絶対にこんな事はしない。

 けれど今回ばかりは、このチャンスを逃したくない。
 まさか、偶然一目惚れした子が同じ大学で、隣の席に座るなんてそんな偶然あるか?

 これは絶対何か運命的なものを感じる。
 それとも、今までただひたすらに真面目に生きてきた俺への最大のプレゼントか何かなのか、とにかく話しかけないわけにいかない。
 そう考えたら、とにかく動悸が止まらない。
 もの凄い緊張感だ。

 講義が終わり。皆んな帰りの支度している。
 俺は思い切って話しかける。 

「あっ!あの!」
 彼女が俺の方を見る、その綺麗な切れ長の目に見つめられただけで心臓が跳ね上がる。
「今日の朝、渋谷駅で見かけたんだけど、、、。」
 俺がそう言うと彼女は少し考えて、
「ああ、今日はたまたま山手線に乗ったら、痴漢にあったの。すぐに捕まえたけど。」
 彼女がそう言うと、須羽が後ろから急に話しかける
「自分で捕まえるなんて凄いね?何か習ってたの?」

 何でお前がいきなり話しかけるんだよと思ったが、彼女がちゃんと答えてくれる。
「合気道に、空手を習ってたの。
 後、剣道も少し。あのおじさん痴漢する相手をまちがえたわね。」

 彼女はそう言うと、教科書をしまい出す。
 
 帰ってしまう前に、なんとか名前だけでも聞きだしたい!

「あの!、、、名前なんて言うんですか?」

 思い切って聞くと彼女が開いていた自分のノートにサラサラとペンを走らせた。
 そしてそれを俺に差し出す。

『加々美 流華』

 紙にはそう書いてあった。
「かがみ るか?」
 俺が言うと彼女は頷く。

「そう。君は?」

 君と言われただけで、胸がどきりと高鳴る。

「俺は高倉 恭弥たかくら きょうや人間社会学部2年です!」
 あまりに大きな声で叫んだので、須羽も彼女も呆気にとられている。

「俺、須羽 歩同じく人間社会学部!よろしくね!」

「よろしく。」
 須羽はちゃっかり、彼女と握手までしている。
 こいつのコミュ力の高さはこうゆう所だ。
 まあ顔も良いから成り立つ事だが。
 
 なんとか、彼女とお近づきになりたい!
 俺は頭の中はもうそれしかなかった。
 とにかく彼女の事を知りたい。
 今までの人生の中でこんなにも自分の感情が揺さぶられた事はあっただろうか?
 このまま彼女を返したら絶対に後悔する。

 そう思って俺は何故か暴挙に出た。

「あの!俺と付き合ってください!」

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