いつか私もこの世を去るから

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九竜神社

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九竜神社へ行く朝。
外は夏の本番といわんばかりに、サンサンと太陽が降り注ぎ、朝から蝉の大合唱だった。

いくら涼しいこの家も、流石に朝から暑くて目が覚めた。

私は居間の扇風機の前を陣取り、ひたすら風を浴びる。

「国子さん。エアコン買おうよ。流石に今の夏はエアコンなしじゃ無理だよ。」

私が、キッチンにいる国子さんに向かって言うと、お盆を持った国子さんが居間にやってくる。

「暑いのは一瞬で終わるんだよ。
この辺はお盆過ぎたら涼しくなるからな。
買っても勿体無いんだ。」
と言って、お茶碗を並べる。

私もキッチンに行き味噌汁を運ぶ。
「そうなんだ~東京だと10月くらいまで暑いのに、随分違うんだね。」

今日の朝ご飯は、和定食。
しゃけと卵焼き、ほうれん草のお浸し。お味噌汁にご飯だ。

私と国子さんは揃って「いただきます!」
と言ってご飯を食べる。

「糸、今日友達と出かけるんだろ? 
暑いから飲み物と帽子被っていきない。」
と国子さんが言う。

私は「はーい!」と返事して、一応国子さんに聞いてみる。

「国子さん、国子さんってうちの神社の巫女さんなんだよね?カミサマっていう神事ができるんでしょ?」

私が聞くと、国子さんは珍しく驚いた表情をした。

「誰が言ってたんだ?」

「玄さんだよ。お祭りの日に話してくれた。」
私がそう言うと、国子さんは納得した顔をしていた。

「ねぇ、国子さん、お母さんはカミサマで降ろせないの?」

私が真剣な顔で聞くと、国子さんはお箸を置いて私に言う。

「それは、無理だ。身内は降ろせない。」

やっぱり駄目なのか。
わかっていたけど、それでもやっぱりちょっと残念だった。

「カミサマでは、誰もかんも降ろせるわけじゃないんだ。
あの世に行ってしまった魂は降ろせない。この世で彷徨う魂しか無理なんだ。」

この世で彷徨う魂かぁ。
成仏していない霊の事をいっているのだろうか。

「巫女はあの世とこの世を繋ぐもんだ。
私もこの歳になってだいぶ力が弱まってしまった。」

国子さんは自分の手の平を見つめながら言う。

「年齢なんて関係あるの?」
「関係はある。歳を取ればどんどんあの世が近くなる。この世の力はどんどん弱くなっていく。」

国子さんは元気にみえるが、後数年で80歳だ。
私は国子さんの死を近くに感じて、また怖くなる。

だからあまり考えないようにした。
先の事で不安になってもしょうがない。

でもこれ以上身近な人が死んでしまうのは、私には耐えられない。


光とは電車に乗ってS海岸へ行った。
2時間の長旅だ。

「光は、S海岸って行った事あるの?」
私が隣に座っている、光に尋ねる。

「あるよ。この辺で海に行くっていったら、S海岸が1番近いからな。」

「そうなんだ、私海に行くの初めてなんだよね。」

東京にも一応海はあるが、私は行った事がなかった。

母は仕事で忙しくて、あまり遠出は出来なかったし、海や川は危険だと言って私を連れて行かなかった。

「お前の母ちゃん随分心配性だったんだな。」
私がその事を話すと、光が驚いて言う。

「何故か私の事になると、物凄く心配症を発揮しちゃうんだよね。他の事は全然気にしないのに。」

母は心配症を通りすぎて、何かに怯えているようだった。

「お前がとろそうってのもあるんじゃないか?なんか全然しっかりしてないし。」
光がまた私の悪口をにやにやしながら言ってくる。

「とろくはないって、私一応陸上部で短距離走で都大会までいったんだから。」

私が言い返すと、光は意外そうな顔をして
「へ~足速いんだ。そんな感じ全然しないな。じゃあ陸上部入ればいいじゃん。」
と言ってくる。

私もそうしようと思っていたのだ。
しかし、、、陸上部には、末永蒼がいるのだ。

蒼がいなければ絶対に入部していたが、蒼と同じ部活は勘弁だ。

「苦手な子がいるから入りたくない。」

私が光にそう言うと、光は呆れた顔して
「そんな事で自分のやりたい事やらないのかよ。アホか勿体ねーな。」
と言ってくるので、私は思わず言い返す。

「光に転校生の気持ちなんてわからないよ。しかも、私は全然歓迎されてない、よそ者なんだから。」

「お前が勝手に思ってるだけじゃねーの?自分がよそ者だとか思ってるうちは、誰とも仲良くなんてなれねーよ。
ただでさえ、こんな田舎の村で、都会の奴らに多かれ少なかれ、みんな劣等感もってるんだから。」

劣等感?
私に対して?

確かに私は、クラスのみんなに対して、田舎物だと、知らない間に下に見たことはなかったか?

どこか私は東京から来たからと、ここの子とは違うと、思ってなかっただろうか?

私は自分自身に問いかける。
初めに壁を作っていたのは自分の方かもしれない。

私は自分がどんどん恥ずかしくなってきた。

こんなんじゃ、光の言う通り友達なんて出来るわけない。


しばらく2人で電車に揺られていると、S海岸に着いた。
光は電車の中で眠ってしまった。

いつも口が悪くて腹が立つ事しか言わないが、光の寝顔は子供みたいで可愛かった。

こんなに、ずけずけとなんでも私に言ってくる人間は、今まで出会った事がなかった。

私がずっと片思いしていた、優しい先輩とは全然違う。
けれど、嫌いにはなれない不思議な人間だ。

電車から降りると海からの熱風が吹いてくる。
駅の目の前が海なのだ。

私は生まれて初めての海に感動した。

波のうちつける大きな音、どこまでも果てしなく続く青い地平線、足が埋まる白い砂浜。
身体にまとわりつく潮風。

テレビで見ていた海とは全然違う。
やっぱり自分で体験してみないとわからないのだ。

夏休みという事もあり、家族連れがパラソルを立てて海水浴を楽しんでいた。

小さい海の家もあり、焼きそばやかき氷なども売っていた。

私はそれを見ているだけでワクワクしてきた。

「糸ちょっと遊んでこうぜ!」
と光が言って、もう海の中へ入っていく。

私も、靴を脱いで入ってみる。
水は少し冷たいが、足に波が打ちつけるのが面白い。

その後、2人でしばらく海で遊んだ。
何度も波に浮かんだり、光が私を海に投げ込んだりしながら、2人でケラケラ笑いながらひたすら遊んだ。

こんなに海が楽しいものだと、私は14歳まで知らなかった。
なんだか損をした気分になる。
そのくらい初めての海は楽しかった。

何度も寄せては返す波に、こんなに大きな力がある事に驚く。

その後、流石に疲れて私と光は2人で砂浜に倒れ込む。

砂が熱い。
太陽の光が眩しくて目をつぶる。

「なんかこうやって、地面に横になってると、生きてるって感じするよな!」

光が目を瞑りながら、仰向けになって言ってくる。
私は、よくわからないが、言われてみれば確かにそんな気がしてくる。

地面からパワーを感じるというか。
自分も自然の1部になった気がする。

私にはまだまだ知らない世界が沢山あるんだ。
あの日、死ななくて良かったと思った。
死んでいたら、この景色を見る事はできなかったんだ。

あの時、私を止めてくれた光のお陰だ。
悔しいけどそう思った。



その後、2人で九竜神社まで歩いていった。
九竜神社は海岸から10分くらいの所にあった。

不思議だったのが、それまでずっとカンカン照りだった空が、私達が神社に着いた途端、いきなり曇ってきて雨が降ってきたのだ。

「ねぇ。なんか変な天気じゃない?
私達歓迎されてないのかな?」

私が少し怖くなって光に言う。

「逆だよ。歓迎されてるから雨が降るんだ。」
「そうなの?」
「そうだ。」

何故か光は自信まんまんに答えて、どんどん歩いていく。
 
九竜神社は、雨のせいもあるかもしれないが、とても厳かでそこだけ違う空気が漂っている神社だった。

決して大きい神社ではないが、大きな杉に囲まれて、建物木造で歴史のある、パワーを感じる神社だった。

私達はまず本殿参拝してから、次に勾玉があると言われている、奥社へ行く。

「こっから、先は獣道らしい。
なんでも、昔の修行場だったらしく。
断崖絶壁を下って、海ぎりぎりの所の洞窟に奥社はあるらしい。」

光がそんな事を言い出すから、私はびっくりする。

「そんな所いけるの!?聞いてないよ!」
「言ったらまたお前がびびってぎゃーぎゃー言うだろ?因みに奥社は今、危険だから立ち入り禁止になってる。」

確かに、目の前に「奥社危険、立ち入り禁止」と看板が立っている。

「行こうとした人が海に落ちて何人も死んだらしい。」

光が平然と言ってくる。
「本当に?そんな危険な所にあるの?普通にやばいじゃん。」

私はそんな所に行って大丈夫なのかと、どんどん不安になる。

光は全然気にしてないようで、立ち入り禁止の先をどんどん進んで行く。

進んで行くと確かに獣道で歩きずらい道だった。

光はいつもの森で慣れているのか、木の枝などを、上手に避けながら歩いて行く。

私はその後を必死についていく。
所々、光は私を待ってくれたり、手を貸したりしてくれた。

雨は変わらず、しとしとと降っている。
雨のせいで余計に歩きずらい。

1時間くらい歩いたかもしれない。
私は、今日来た事を後悔し始めていた。

足も痛いし、歩きずらいし、疲れた。
ついつい、弱音を吐くと光に怒られる。

そして、とうとう開けた場所にきた。

そこは本当に崖だった。

真下を見ると、そこはもう海だ。
海の色からしてもとても深そうだ。

その崖から、鉄の梯子が掛けてある。
見るから変色して古そうな橋だ。

梯子も何メートルあるだろうか、ものすごい高さだ。

私は見ただけで気が遠くなってしまった。

「光、私は絶対無理。こんな崖下れない。
ほぼ、直角じゃない。落ちたら本当に死んじゃうよ。」

私が青ざめて言う。

「何いってんだよ。ここまで来て。
この梯子を下ったら、すぐ洞窟の入り口だぞ。
なんて事ない。大丈夫だ。」

全然大丈夫じゃない。いくら泳げるといっても、この高さから落ちたら絶対に助かる気がしない。

私は怖くて足がカタカタしてくる。

「なんだよ、だらしねーな。母ちゃんに会いたいんじゃないのかよ。糸が行かないなら、俺が1人で行ってくる。」
光がそう行って降りてしまう。

「光待って!危ないって!」
私が止めても聞かずに降りて行ってしまう。

私はもう泣きそうだった。
光が落ちてしまったらどうしよう。

私が最初から九竜神社に行くのを、止めていれば良かったんだ。

どれくらい、私は崖の上で待っていただろうか。

下から光の声がする。

「おーい!糸!来て見ろよ!大丈夫だ!」

と言っている。
私は絶対無理と思って、崖の下を覗くと光が下に小さく見える。

「早く来いよー!」
とまた言ってくるが、私は足がすくんで前にでない。

無理、無理、絶対に無理!
こんな危険な所行った事ない!

私は思わず耳を塞ぐ。

その時


また耳元で声がした。


『糸にしかできないのよ。』

母の声だった。

私はびっくりして
「お母さん!」
と叫ぶ。

その時下から光の声が聞こえた。


「お前なら出来る!」


私はその声を聞いた途端何故か足の震えが止まり、足が前に出せるようになった。

あんなに怖かったのに出来る気がした。

私は梯子をゆっくり、一段一段降りて行く。

雨が降っているから滑りやすい。
私は気をつけながら慎重に下っていく。

なるべく下を見ないように。ただ目の前の梯子だけを見て足を動かす。

下から光の声が聞こえる。
「大丈夫だ、後少しだぞ。」

私はその声だけを頼りに降りて行く。
そして、やっとの事で地面に着地した。

私は腰が抜けそうだった。
「糸!よく下ったな!頑張ったじゃん!」
と光が誉めてくれた。

「光、下で私に『糸にしかできないのよ。』て言った?」

私が聞くと、光は不思議そうな顔をして
「なんでいきなり女見たいにしゃべんだよ、俺じゃないぜ。」
と言う。

あれは、空耳?でもやっぱり母の声だった。

私の部屋で聞いた母と同じ声だった。
私が呆然としていると、光が話しかけてくる。

「糸!こっちが奥社の入り口みたいだ!行ってみよう!」

そう言って洞窟の中に入っていく。

洞窟の中は薄暗く、上から水滴が落ちてくる。

ぽちゃん、、、と気味の悪い音がする。

私は怖くて光に掴まりながら歩いていく。
少し歩いた所に小さな社があった。

その社は竜の彫刻が施されていた。
私と、光が社の前に行き参拝すると。
社の前にあった、御供物を置く机が光った。

見ると中に勾玉が幾つかあった。
その中で1つだけ、一際光っている勾玉があり、私はそれを選んだ。

「光はいらないの?」
私が聞くと
「俺は願い事とかないからいい。」
と言って何故か貰わなかった。

そして不思議な事に、洞窟を出ると空が元の青空に戻っていた。

あんなに空全体が雲に覆われていたのに、どうしてだろう?

私と光は思わず顔を見合わせた。

その帰りの事はよく覚えていない。
とにかく、またなんとか梯子を登り、獣道を進み、S海岸の駅まで戻ってきたのだ。

私と光はへとへとだった。
こんなに疲れた事はかつてないくらいに、疲れていた。

私と光は帰りの電車で爆睡して、あやうく乗り過ごすところだった。

神坂村駅から2人でへとへとになりながら歩いていく。

もう日も暮れてカラスが大声で鳴いている。

なんだか疲れた1日だった。
けれど、私は今日持ってきた勾玉をみて、もの凄いパワーがあるような気がした。

自分でも不思議だが、本当に裏山には祠がある気がしてきたのだ。

もし本当にあったら、私の願いは1つだけだ。
お母さんに会いたい。

私と光が歩いていると、前から国子さんが歩いてきた。

「国子さん!どうしたの?」
私が驚いて尋ねる。
「遅いからちょっくら、見てこようかなと思ってね。」

「そうなんだ。ごめんなさい、心配かけて。」
私が謝ると、国子さんは笑って
「いいさ。2人とも楽しかったようだね。」
と言う。

私と光は「うん。」と頷く。

「それなら良かった。楽しいのが1番だ。晩御飯出来てるぞ。光君も食べていき。」

と言って、その夜は3人でご飯を食べた。
光は初めて食べる、国子さんの料理に物凄く感動していた。

そりゃそうだ、国子さんの作る料理は特別だ。
どんなに元気がなくても、国子さんの料理を食べたらすぐに元気になれる。

そう、神様のご馳走のような料理だ。



















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