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リセットされた世界
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「あっ」
エマさんから伝言を聞いて、ご飯を食べ終えてからすぐに来てしまった為、私は何も持っていないことに今更気づいて、心の中で項垂れました。
引き返しても良かったのでしょうが、フルールちゃんが私を見付けて大きく尻尾を振ってくれています。構って、とばかりにその場で跳ねたりしています。それを見なかったことにして踵を返すことなど、私には出来ませんでした。
「フルールちゃん、ごめんね。おやつもおもちゃも持ってないのです」
けれどなでなでさせて下さい。と膝をついて首に抱きつくようにしながら頭やら背中やらを撫でさせて貰います。
「カナル、中に入って」
「あ、こんにちは、ドラクロワさん」
わふわふと落ち着きなく飛び付こうとするフルールちゃんの勢いに負けそうになったところで、ドラクロワさんの声がしました。
「フルール、お座り」
「わんっ」
お利口さんなフルールちゃんは、ドラクロワさんの言葉に従い、私から身を離すと少し後退してからピシッとお座りをします。
「待機」
フルールちゃんの頭を撫で、おやつをあげた(私もあげたかったのです)ドラクロワさんに手招きされて、ダンディさんの診療所の中に入りますと、長いテーブルがあり、その上に薬草らしきものや鉱石、得体の知れない物体と液体の入ったビーカーが幾つか並んでいました。
そして白衣姿のダンディさんが。
「こんにちは。こんなところで実験ですか?」
「やあ、いらっしゃい。実験というか、そのお披露目かな?」
玄関(といっても扉はカーテン)入ってすぐに目にするには、ちょっと違和感がありますが、気にしてはいけないのかもしれません。
今日も眩しいくらいに美人さんなドラクロワさんが、何処からともなく椅子を引っ張り出して、座らせてくれました。
「ありがとうございます」
「否、急に呼び出して悪かったな。もう少し休ませてあげたかったんだけど、カナルとは色々話さなければならないと思ってさ」
「……それは、塔のことですか?」
「というより、この世界から失われたものについて、だね」
この世界から失われたもの……?
「回復薬を解析してみたんだけど、手に入らない素材があってね。でもおじさん頑張ったんだよ。手に入るものでその代わりになるものはないか、とね」
得体の知れない物体……焦げ茶色でぐにゃぐにゃしているそれを手にしながら、ダンディさんが言いました。
「けれど残念ながら、今のところ見つけられずにいる。塔に封印された魔物の心臓が唯一無二のものらしい」
「魔物、心臓……ですか?」
あれ? と思いました。それは、おかしなことだと。
「魔物……魔獣から得られるのは、勾玉だけ、ではないのですか?」
「先ずはそれなんだよねぇ」
ダンディさんが頭をガリガリと掻きました。ちょっと痛そうな音が聞こえましたが、大丈夫な様子です。
「ずっと『魔獣』と言っていたけど、見た目からして獣じゃないものって結構いたよね」
ドラクロワさんが分厚い書物を開きながら、私も不思議に思っていたことに触れましたので、肯定する意味で頷きます。
クレイスライムとか、この間のスケルトンとか。あれは獣とは言えないと思います。ですが、この世界ではそういうものなのだと思うようにしていました。
「ここに」と、ドラクロワさんが開いたページをこちらに向けて見せてくれました。「『忘却の地』という記述がある」
――忘却の地。何処にあるというものではなく、この世界の最大のボスというところでしょうか「時空を這いずるもの」という魔物を倒すことで、一時的に魔物のいない世界となるのだと書かれています。
しかしそれは一時的なものでしかなく、すぐにまた魔物の跋扈する世界となるそうなのですが……。
まるでリセットして「はじめから」に戻されたみたいだと思いました。
勿論、私が思い浮かべたのはゲーム上でのことなのですが、この世界ではそれが現実に起きている上に、そうなることまでもこうして記録されているというのに、ドラクロワさんもダンディさんも、初めて知ったかのような雰囲気であることが気になります。
「『忘却の地』というものが、『時空を這いずるもの』を倒した先のこの世界を指すのだとしても、魔獣……魔物の存在や、それまで戦っていたことを忘れてしまう訳ではないのだろう。もしもそうだったら、こんな記述は残されていなかっただろうからね」
「でも、その魔物との戦いを『お偉いさん』たちは忘れたかったんだろうね。貴重な図鑑も資料も、廃棄するのは不安だったのか、人目につかないところに隠して、なかったことにしようと考えたのかもしれない。何にせよ、再びか三度か復活した魔物の出現にあたふたして、はじめから魔物の情報を集めることになってしまった……と。その際に獣タイプが目立っていたから、呼称が魔物から魔獣になってしまった、というところかな」
ドラクロワさんの言葉をダンディさんが引き継ぎました。
もしもその予想が真実だったとしたら、当時の人たちはとても大変な思いをされていたと思います。
「? でも、この本があるなら……」
「認めたくないものについて記されたものに頼るのは、それを認めることになってしまう。なんて、悪足掻きした結果、こうしてここに存在しているということだよ。他の誰の目にも晒されずにね」
つまりこの書物は、リセットされた後の世界の為に遺されたものなのに、まるで架空の物語の設定資料か何かのように扱われていたということなのですね。
そう思うと可哀想に思えてしまって、私は書物の表紙をそっと撫でたのでした。
エマさんから伝言を聞いて、ご飯を食べ終えてからすぐに来てしまった為、私は何も持っていないことに今更気づいて、心の中で項垂れました。
引き返しても良かったのでしょうが、フルールちゃんが私を見付けて大きく尻尾を振ってくれています。構って、とばかりにその場で跳ねたりしています。それを見なかったことにして踵を返すことなど、私には出来ませんでした。
「フルールちゃん、ごめんね。おやつもおもちゃも持ってないのです」
けれどなでなでさせて下さい。と膝をついて首に抱きつくようにしながら頭やら背中やらを撫でさせて貰います。
「カナル、中に入って」
「あ、こんにちは、ドラクロワさん」
わふわふと落ち着きなく飛び付こうとするフルールちゃんの勢いに負けそうになったところで、ドラクロワさんの声がしました。
「フルール、お座り」
「わんっ」
お利口さんなフルールちゃんは、ドラクロワさんの言葉に従い、私から身を離すと少し後退してからピシッとお座りをします。
「待機」
フルールちゃんの頭を撫で、おやつをあげた(私もあげたかったのです)ドラクロワさんに手招きされて、ダンディさんの診療所の中に入りますと、長いテーブルがあり、その上に薬草らしきものや鉱石、得体の知れない物体と液体の入ったビーカーが幾つか並んでいました。
そして白衣姿のダンディさんが。
「こんにちは。こんなところで実験ですか?」
「やあ、いらっしゃい。実験というか、そのお披露目かな?」
玄関(といっても扉はカーテン)入ってすぐに目にするには、ちょっと違和感がありますが、気にしてはいけないのかもしれません。
今日も眩しいくらいに美人さんなドラクロワさんが、何処からともなく椅子を引っ張り出して、座らせてくれました。
「ありがとうございます」
「否、急に呼び出して悪かったな。もう少し休ませてあげたかったんだけど、カナルとは色々話さなければならないと思ってさ」
「……それは、塔のことですか?」
「というより、この世界から失われたものについて、だね」
この世界から失われたもの……?
「回復薬を解析してみたんだけど、手に入らない素材があってね。でもおじさん頑張ったんだよ。手に入るものでその代わりになるものはないか、とね」
得体の知れない物体……焦げ茶色でぐにゃぐにゃしているそれを手にしながら、ダンディさんが言いました。
「けれど残念ながら、今のところ見つけられずにいる。塔に封印された魔物の心臓が唯一無二のものらしい」
「魔物、心臓……ですか?」
あれ? と思いました。それは、おかしなことだと。
「魔物……魔獣から得られるのは、勾玉だけ、ではないのですか?」
「先ずはそれなんだよねぇ」
ダンディさんが頭をガリガリと掻きました。ちょっと痛そうな音が聞こえましたが、大丈夫な様子です。
「ずっと『魔獣』と言っていたけど、見た目からして獣じゃないものって結構いたよね」
ドラクロワさんが分厚い書物を開きながら、私も不思議に思っていたことに触れましたので、肯定する意味で頷きます。
クレイスライムとか、この間のスケルトンとか。あれは獣とは言えないと思います。ですが、この世界ではそういうものなのだと思うようにしていました。
「ここに」と、ドラクロワさんが開いたページをこちらに向けて見せてくれました。「『忘却の地』という記述がある」
――忘却の地。何処にあるというものではなく、この世界の最大のボスというところでしょうか「時空を這いずるもの」という魔物を倒すことで、一時的に魔物のいない世界となるのだと書かれています。
しかしそれは一時的なものでしかなく、すぐにまた魔物の跋扈する世界となるそうなのですが……。
まるでリセットして「はじめから」に戻されたみたいだと思いました。
勿論、私が思い浮かべたのはゲーム上でのことなのですが、この世界ではそれが現実に起きている上に、そうなることまでもこうして記録されているというのに、ドラクロワさんもダンディさんも、初めて知ったかのような雰囲気であることが気になります。
「『忘却の地』というものが、『時空を這いずるもの』を倒した先のこの世界を指すのだとしても、魔獣……魔物の存在や、それまで戦っていたことを忘れてしまう訳ではないのだろう。もしもそうだったら、こんな記述は残されていなかっただろうからね」
「でも、その魔物との戦いを『お偉いさん』たちは忘れたかったんだろうね。貴重な図鑑も資料も、廃棄するのは不安だったのか、人目につかないところに隠して、なかったことにしようと考えたのかもしれない。何にせよ、再びか三度か復活した魔物の出現にあたふたして、はじめから魔物の情報を集めることになってしまった……と。その際に獣タイプが目立っていたから、呼称が魔物から魔獣になってしまった、というところかな」
ドラクロワさんの言葉をダンディさんが引き継ぎました。
もしもその予想が真実だったとしたら、当時の人たちはとても大変な思いをされていたと思います。
「? でも、この本があるなら……」
「認めたくないものについて記されたものに頼るのは、それを認めることになってしまう。なんて、悪足掻きした結果、こうしてここに存在しているということだよ。他の誰の目にも晒されずにね」
つまりこの書物は、リセットされた後の世界の為に遺されたものなのに、まるで架空の物語の設定資料か何かのように扱われていたということなのですね。
そう思うと可哀想に思えてしまって、私は書物の表紙をそっと撫でたのでした。
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