拾って下さい。

織月せつな

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待ち構えていた災厄

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「その盾、スゲーな」

 赤毛の男の子が真っ先に駆け寄って来て、私が持っている盾を見ながら興奮したように言いました。

「盾っていうか、あの布みたいなやつだろ? スゴいの」

 こちらも赤毛ですが茶色に近い色の髪の男の子が、先に来た子と肩を組むようにして、やはり盾を見ながら言います。

「……」

 無言で考え込むように顎に手をあててこちらを見ていた子が、不意にコテンと首を傾げました。

「重かったんじゃないのか?」

 何かおかしなところでもあるのでしょうかと、訊きたいけれど訊けずにいた、私の視線に気付いてくれたその子が、呟くように、けれど明瞭な声で訊ねます。

「重かったんですけど、今は……えっと、この盾に変化が起きてからは軽いです」

 答えてみましたが、更に疑問を抱かせてしまったらしく、眉間にシワを寄せてしまいました。
 そういえばこちらの三人は、他の場所に行っていた子たちのようです。アシッドベアの咆哮などを聞いて駆け付けたのでしょう。
 後からゆっくり歩いてこちらに来た五人のうち、二人が負傷しているようでした。肩を借りて片足を引きずりながら歩いていたり、腕をおさえながら歩いていたりしています。
 スケールアーマーを着たマルクくんは、一人でアシッドベアに向かって行ったと聞いていましたが、無事なようでした。

「怪我人が出てしまった以上、本日の訓練はここまでとせねばならない。だが、ここに来るまでにクレイスライムと出会でくわしたように、或いは結界の外に出てしまうことから、どのような魔獣と遭遇するか分からん。街に着くまで気を引き締めておけ」

 ジネットさんの言葉に、様々な感情の混じった返事が続き、ゆっくりと先ずは森を抜ける為に歩き出します。

 負傷した子は悔しそうでした。きっと、もっと成果をあげたかったか、手応えを感じるまで続けたかったのでしょう。
 勾玉は薬品の材料にもなると聞いていますが、回復薬になったりはしないのでしょうか。

「――」

 お二人のことは心配でしたが、私の意識はすぐに不思議な盾に向いてしまいました。
 あの薄絹は何処にも見当たりません。表面の装飾されている辺りから出ていたような気がしますが、仕掛けのようなものは何も……。

 ――???

 私の勘違いでしょうか。
 しっかりと記憶している訳ではありませんし、記憶力が良い方でもありません。ですから、元からそうであったのかもしれませんが、装飾が変化したように思われます。
 最初に目にした時、それがどういった模様の装飾であるのか、思い浮かぶものは何もなかったのです。
 けれど今なら分かります。
 蓮華、でした。
 中央に大きく一輪。そして五角あるその角の一つ一つに小さな蕾が。
 しかし、それが何を表しているのかまでは分かりません。けれど、このファンタジーな世界で、和風を思わせるようなものを目にする機会がありませんでしたから、何だか嬉しくなりました。
 まあ、この盾とはすぐにお別れしなければならなくなってしまうので、愛着がわいてしまうのは困ります。借りものなのですから。

 ふう。と息をつきました。
 まだ、アシッドベアの眉間を突き刺した感覚が忘れられません。
 あれに慣れることが出来るようになってしまうのでしょうか。そうでなければ、この世界で生きていけないのでしょうか。
 労働ギルドに入れば、こんな心配をしなくて済むようになるのかもしれません。あの頑丈そうで、高い高い壁があれば、魔獣が街に侵入するのは不可能なように思えます。

 けれど、それでいいのでしょうか。

 そう考えて、自嘲しました。
 私がこの世界にどうして来てしまったのか。その口実が欲しくなってしまっただけの戯言です。
 代わり映えのしない、退屈だと思われる単調に同じことを繰り返す日々が、私にとっての幸せです。だからこれ以上、非現実的なことに首を突っ込むような真似をするのはよくありません。

 そんな怠惰なことを考えたのがいけなかったのでしょうか。

「怪我人は退がれ。それ以外は剣を抜け」

 森を出てすぐのことでした。
 雨は街を出た時のような酷さではありませんが、森の中にいた時より視界は良好とはいきません。
 私たちを待ち構えていたかのように現れたのは、ジネットさんが要警戒種として名を挙げたシルバーウルフでした。
 その数は……分かりません。少なくとも十匹はいるでしょう。

「厄日だな」

 忌々しげに誰かがそう漏らしました。
 私はまた剣を抜かなければならなくなったことに、泣きそうになってしまいました。
 相手は狼です。見ようによっては凛々しいワンちゃんと同じような感じなのです。
 だけど今は戦わなければならないと思っていました。
 何故なら、負傷者がいるからです。
 少なくとも今なら、この盾で彼らを守ることくらいは出来るかもしれない。そう思っていました。

 しかし――

「貸せ!」

 シルバーウルフが一斉にこちらに向かって来たその時、私の手から盾が奪い取られてしまったのでした。
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