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『学生ラグナロク教』編
第33話《それぞれの戦い》
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「『ナンバー200、プラズマショット』」
槍の先端一点に煌めく光が徐々に集まり、一つの点となる。電撃の波がそこから打ち放たれた。グッと構えたアヤノンの刀がそれを防ぎ、プラズマは空間に散っていく。しかし電撃が刀身から柄を伝って体に侵入し、体をキリキリと蝕んだ。
「ぐっ…………いてぇ…………」
頭から足の爪先まで微弱な電流が流れ、麻痺に近い状態に陥った。
アヤノンは刀で体を支え、ポケットに身を隠してる精霊に小さく語りかける。
「なぁフォルトゥーナ。魔力の方はあとどれくらい残ってる?」
モゾモゾと動いたと思うと、小さな女の子はヒョイと顔を出した。
「魔法書の魔法はあと1回くらいなの。さっき一度使っちゃったから…………」
「『L・衝撃剣』か…………あれ結構消耗激しいのか?」
「私にはキツいの…………でも、刀に魔力を送ることならできるの」
「うーん………てことはこの前みたく、魔法は2回が限界か…………」
これは困ったな───アヤノンは苦笑いを浮かべていた。そして眼前の敵を再び見据える。
改めて見ると、ラグナロク教徒は100人以上はいるようだ。
1対100の攻防戦。
ケンカを吹っ掛ける前は、そんな事は考えもしなかった。ただ奴らのやってることがおかしいと思ってしゃしゃり出ただけなのだ。
無表情のラグナロク教徒が数名ずつ攻めてくる。持っているのは槍、ナギナタ、トンファーと多種多様。
「ぐっ…………おりゃあぁぁぁ!」
先に来たトンファーを受け止め弾き返し、横から突こうとする槍組を紙一重で躱し顔面を殴る。狼狽えた隙に刀でトンファーに斬りかかる。いくら模造品とは言え、ただ刃が付いてないだけである。本気でやれば殺せないこともない。敵のトンファーはいとも簡単に切断された。魔力が刀自身の強度や切れ味をサポートしてくれたのだ。敵が目を見開いたその隙に、柄で鳩尾を打ち付けた。
「ごぉ、がはっ───」
トンファーは気を失い、その場で白目を剥いた。
「はぁ…………はぁ…………」
「なんだ、この程度か」
息を切らしていると、赤髪が鼻で笑った。
「どうやら後先考えずに行動すると、人間は自滅を招くらしい。恐ろしいことだ」
「何………ぬかしてんだお前………まだ俺は………ぐっ!」
しかし一方的な攻撃に、体もすでに限界を迎えつつあった。体の至る所から悲鳴があがる。
「こちらはまだ味方がわんさか居るぞ。対して貴様はたったの1人」
「そんなの………関係ねぇだろ」
「いや、関係ある。さらに言えば、貴様、魔力の消費を出来る限り抑えているな?」
「………っ!」
「やはりか。貴様は魔力があまりない人間なのだろう? これはあまりにも滑稽だな。自分が無力だとも知らずに感情に任せて行動するから………今のような状況に陥っているのだ」
つい数分前。
アヤノン はL・衝撃剣を使って、敵を撃退しようと試みたが、所詮は初級レベルの技だ。倒れたのはわずか数名だけだった。
確かに赤髪の言うとおりである。この勝負は、どうやってもアヤノンに勝ち目は絶対にない。
いや、戦わずとも見て分かる。アヤノンの実力は平均よりも下で、敵はそれより上の者が100人以上いるのだ。
感情的になりすぎた───
自嘲な笑みを浮かべると、アヤノンは刀を鞘に納めた。
「くそっ…………流石に俺じゃお前ら全員の説教はムリか…………」
「当然だ。そもそも、我らには貴様から説教される由が皆目見当がつかない。我々のどこが間違ってる?」
「間違ってるさ。そりゃあ………お前らが言ってることって本当の事だろうよ。事実、俺は魔力がほぼ0に等しいからって、一時退学や不当扱いされそうになったしな」
それも一週間前の体験である。赤髪は意外そうに顔を覗きこむ。
「貴様、分かってるではないか。では何故我らの邪魔をする? 貴様にとっても喜ばしいことだろう?」
アヤノンの沈んだ顔がゆっくりと上がる。その目は真っ直ぐな視線を敵へ寄越していた。
「けど、お前らがやってるのは、ただの布教活動だ。自由がどうとか適当に掲げて、理不尽な思いをしてる学生たちを引きずり込もうとしてる」
「我々ラグナロク教の教えに疑惑の目を向けるか貴様!」
あからさまに態度が豹変した赤髪の怒声が轟く。しかし少女は怯まなかった。
「もし本気でそれを望んでるんなら、お前らが暴力でねじ伏せるわけがないんだよ。その痛みは、お前らが十分分かってるはずだから…………」
「………っ! うるさいうるさいうるさい!」
赤髪は槍をアヤノンめがけて刺し投げた。
「…………っ!?」
不意の攻撃がアヤノンの声を妨げる。少女は刀を振り、弾き返す。カランカランと落ちた槍は本物であった。この女は本気で殺す気で投げたのだろう。そう考えるだけで、改めて自分の今の状況は危険なのだと理解した。
彼らのやることには言いたいことが山程ある。このまま放っておくのも目覚めが悪い。しかし、その前に自らの安全を確保する方が重要である。
「くっ…………フォルトゥーナ」
「なに、なの?」
「ちょーっくら走るから、ちゃんと掴まっとけよ」
「え…………うん、なの」
「何を1人ブツブツとほざいている。逃げる相談でも始めたか」
「おう赤髪さんか…………中々あんた鋭いじゃないか。こりゃあ探偵とか向いてるかもよ?」
「何を言うかと思えば───」
その瞬間、アヤノンはバッと立ち上がり、その場から逃走した。
「なっ!? 逃げたか! すぐに後を追え!」
ラグナロク教は逃走の軌跡を辿っていく。
逃げ出したアヤノンは南下していき、そこから国道B-1号線に入っていった。次いでラグナロク教がやって来る。
「あいつ…………まさか人混みに雲隠れする気かっ!?」
国道B-1号線は有名な繁華街。この時間帯であれば人混みはより複雑化しているに違いない。アヤノンはそれを狙ったのだ。
「させるかっ…………!」
赤髪率いる謎の軍団は速力を上げて押し寄せてくる。アヤノンはそのタイミングですっぽりと人混みに溶け込んでいく。
事情を知らない一般市民は謎の集団に目を引き付け、
「な、なんだアイツら!?」
「なになに? テロリストかなにか?」
「ちょっ……………こっち来るぞぉぉ!」
「キャアァァァァァ!?」
ラグナロク教は止まる気配を見せずに、むやみに人混みへと突っ込んで行った───
*
「悪いがお嬢ちゃん…………ここからはお巡りさんの仕事があるんだ。お家に帰ってくれねぇかな?」
カクテル刑事は右手で『魔導ガン』を握りしめつつそう言い放った。
同時刻、花崎病院。フレーベ・カロライナの病室にて───
刑事と麦わら帽子の少女は対峙していた。
背後で倒れた少年に花崎女医が駆け寄る。
「疾風くん、大丈夫!?」
「その声…………花崎先生…………?」
「はぁ………よかった。意識があるみたいで」
「すいません…………花崎先生。患者を死なせてしまいました…………」
「患者って…………あれ、あの人は!?」
患者───フレーベ・カロライナの姿が見えなかった。あるのは崩れ廃れた病室だけである。
「………おいそこの少年」
カクテル刑事は疾風に問いかける。
「例の患者はどこにいる。そして何なんだこの状況はよぉ」
「………………」
「は、疾風くん…………まさか…………」
「はい、花崎先生…………患者は………フレーベ・カロライナは…………」
「死にました───」
「死んだ…………そうか…………」
だが何となく分かっていた。このようなヒドイ有り様で生きている方が逆におかしいのだから。 吹き飛んだこの病室にはフレーベ・カロライナがいた。それが今では世紀末状態にある。
だがそれよりも───
(誰なんだこの子は…………?)
刑事の瞳には先程から鼻歌を歌う少女だけが映り込んでいた。
その姿はこの上なく可愛らしく、明るく、犯罪とは無縁な顔立ちである。裏の世界とは対照的なその笑顔は、雰囲気からして場違いにもみえる。
「おい少年よ」
再び問いかける。
「この子は一体誰なんだ。ここは共同部屋だったのかいな?」
「い、いえ…………そんな事はないわ。ここは完全な1人部屋だもの」
代わりに花崎女医が返答した。
「じゃあ誰なんだよこの子はよぉ?」
「その子が……………」
疾風は血反吐を吐き、ゆっくりと立ち上がる。微かに滲んだ目元を擦り、厳しい目付きで少女を睨んだ。
「その子が…………フレーベ・カロライナを殺害したんです!」
「っ!?」
とっさに刑事は魔導ガンの銃口を少女へと向ける。
「………って、本当かいなそれはよぉ少年」
「ほ、ホントです! 僕は見たんです。患者が目の前で爆死するのを!」
「爆死ぃ…………?」
「そうです爆死です! 内側からこう、ドカーンっと!」
「それくらい言われなくとも分かるわい。しかしよぉ………見間違いなんじゃねぇか。こんな可憐で世界の暗部なんて知らないような子が人殺しなんて…………」
「ねぇねぇおじさん」
その時、待ちきれなくなった少女が声をかけてきた。
「あん、なんだね?」
「おじさんも、もしかしてわたしとあそびたいの?」
「あそびぃ………? すまねえがお嬢ちゃん、おじさんは今すんごく忙しいのよぉ。だからまた今度な」
「むぅ~……………」
「ハッハッハ! そんな顔しなさんなや。いつか遊んでやるから───」
「いやっ!」
ドキッと、三人は瞬時にたじろいだ。麦わら帽子の下から少女の顔が伺える。悔しそうに泣いているではないか。普通ならばここでどうしようかと頭を悩ます所だが。
「…………ヤバイ、来る!」
疾風は素早くその予兆に気づく。
「何が来るの疾風くん?」
「刑事さん! 今すぐ動ける体勢を取ってください!」
「あ? そりゃあどういう───」
だがそこで刑事の言葉は途切れた。彼が頭から床に叩きつけられたのだ。
「刑事さん!?」
駆け寄ろうとするが、やはり間に合わなかった。刑事は部屋のあらゆる箇所に叩きつけられ、しまいにはボロ雑巾のごとく捨てられた。
目をうっすらと開くと、掠れた声で。
「がっ………………あぁ? 何なんだよいった………い…………」
「もうっ! 私とあそんでよぉ! このお兄さんすぐにへばっちゃうし、おじさんはあそんでくれないし、もういやだぁ!」
風が───暴風に変わった。まるで少女の感情に沿って流れを変えてるかのような、不自然すぎる暴風が突然やって来る。北から南へと流れ、かと思えば西から東へ。北東から南西へ。戻って北から南への繰り返し。暴風により、花崎女医と疾風は体の自由を奪われていた。
「か、風が急に…………!?」
「見たでしょう花崎先生。あの子の仕業ですよ」
「疾風くん…………いったいそれは───キャァァァァ!?」
強まった流れに女医が連れていかれ、下の階に落ちそうになる。
「花崎先生ッ!」
疾風は彼女の手を掴んだ。ぶらんぶらんとぶら下がる彼女の下には死という言葉以外はない。
ここは三階なのだ。
「クッソ………………………重い!」
「ちょ、ちょっと今何て言った!? すぐに訂正しなさい!」
「そんな事言ってる場合ですかあぁぁ!」
風は強まる一方で、ここだけでなく、周囲の病室や廊下、果ては病院自体がぐらつき始める。
「や、やめろ! やめるんだ君! このままでは病院もろとも崩れ落ちるぞ!」
しかしその声は届かない。風と彼女の周りを取り巻く泣き声がそれを防いでいるのだ。
「うえぇぇぇぇぇん! もう、みんなみんなキライ! 大ッキライ!」
(ぐっ…………ダメだ! あの子が泣き止まないと、僕たちは…………)
彼が思うに、あの謎の少女は、何故かは分からないが、自分の思うように大気の動きを操れるのではないだろうか。彼女から受けたあの打ち付けは、大気の流れを使った物ではないか。そうすると、今の状況も説明がつくのではないか。
しかし、この状況を打開するには、つまりはあの泣き出した少女を落ち着かせる必要がある。そしてそれは簡単にはできないだろう。
何故ならこの暴風である。暴風の吹く外で堂々と居座った人には分かるだろうが、あれは人間の耳の機能を中々停止させるほど騒がしい物なのだ。ましてや彼女は今泣き出して我を置いてきている。真面目に聞いてくれるとは思えない。
だが――――
「おいおい少年!」
こんな中でも、一筋に聞こえてくる声の灯台が。
「あ、刑事さん!?」
倒れていた刑事が目の前に立っているではないか。刑事はニヤリと笑みを浮かべつつ、傷だらけの体で女医を引き上げた。
「はぁ………はぁ……………ありがとう刑事さん。死ぬとこだったわ」
「お前…………………太ったか?」
「太ってないわよ! 失礼すぎるわ!」
こんな状況だと言うのに、冗談を交わし合う二人。
「ハッハッハ! まぁそう怒るでないわ。今からこの暴風を吹き飛ばしてやるから」
「吹き飛ばす…………ですって?」
「おうよ、まぁ見てろ」
刑事は二人に背を向けて、右手の銃を構えた。
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