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試練・精霊契約編

第20話《罠と事件発生》

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      *


  荒れた建物だった。男の背後についていきながら(正確に言えば、連れていかれてるのだが)、少女は周囲を黙視していた。
  どういう建物だったかは皆目検討がつかないが、普段から閉鎖されてる所だとは推測できた。窓ガラスにはあちこち亀裂が入っているし、ある一室では天井もろとも崩壊している。足場には空の瓶や引き裂かれたカーテンの残骸。壁際には今にも消えそうな照明。
「………結構な有り様で驚いたろ?」
  カモメの男は独り言のように言った。歩みを止めはせずに。
「この無人だった建物を、上の奴らがちょっとばかし改造して、あんな牢屋を作ったのさ。人身売買の本拠地にここを使えって言われた時は、マジかと思ったもんだよ」
「………こんなんじゃあ、外に声が漏れたりする」
「あぁ。一応こいつが有るのはモール都市の中だからな。俺のお前たちへのが外に聞こえちまう」
  愛の鞭―――皆を貶して、殺してたくせに!
  男は背後から殺気を覚えた。
「おやおや、なんだ商品ナンバー『213』? 今さら俺にたて突こうってのか?」
「………しない。どうせしたところで、また拘束されるもん」
「賢明な判断だ『213』。そんな賢いお前に質問だ。何故今までここの実情が外に漏れなかったと思う?」
「それはきっと………『消音魔法』を使ってるから」
「その通り! この建物自体に『消音魔法』をかけるのはさすがに骨が折れたよ。いくら簡単な初級魔法だとしてもな」
  階段に差し掛かり、下に降りたことで、ここは上の階だと、少女は初めてわかった。
「………外にでるの?」
「しかたねーんだよ。俺だってしたくねえ。だが客がここじゃ嫌だ、こっちの指定場所に来いってしつこくてさ」
  一階に降りても、様子は同様である。荒れ果てたそこはまさに少女にとって絶望、破滅、死を表していた。一刻もはやくここから出たくて、崩壊した出入り口に急いだ。
「おいおい、焦るなよお嬢さん。今外に出て、この悪夢を振り払ったとしても―――」
  男がなにかを言っている。構うもんか! はやくこの悪夢から―――悪夢から―――逃れたい!
  走る。栄養失調で倒れそうな体を酷使して、目前に輝く“希望”にめがけて走る。
  ゴールはもうすくだ! あと少し………その先には………きっと………、
  自由が―――
「…………っ!?」
  足が強制的に停止した。素足のそれには、術式のような帯が表面から浮き出ている。
「こ、これは…………!?」
「商品ナンバー『213』。勘違いしてもらっちゃあ困る」
「!?」
  背後からゆっくりと、ゆっくりと歩み寄ってくる男。その手元には魔法書が。
  この男は、外でもなお自分を縛り付けるというのか………!?
  男はほくそ笑みながら言った。
「確かにお前は解放される。だがそれは“プロローグ”―――幕開けだ。再びお前に闇は寄ってくる。擦り付いてくる。取りいてくる」
「…………!?」
  モール都市の表にようやく顔を出した時、少女は目の前の光景に絶句した。

  黒服を着た男たちが、何人も待ち構えていたのだ。

  その背後には粗末な輸送車が。あれはまさか………自分を運ぶための………?
「あきらめろ」
  いつの間にか、声が耳元で囁かれている。少女は顔をひきつった。
「お前にはない。永久にその体をむさぼられるか、売られるか、はたまた燃やされるか………それしかお前に道はねぇんだよ」


      9


「いいか、精霊の最大の栄養素は、『糖分』にあると言われているんだ。なぜ『糖分』なのかはというと、実はこれには色んな説が有って、まずは精霊の“故郷”と呼ばれている異世界では森羅万象の主な主成分は『糖分』であると言われていてしかしこいつは信憑性に欠けているんだけど私はそいつに賛成だ何故かと言うと色んな意味で長くなってしまうから割愛するけど精霊は私たちとはまったく細胞の構成物質がことなるわけでつまり私たちのように栄養素を摂取して消化液で分解し体に吸収されることができないというのが私の持論でけど中には精霊が単に甘いもの好きだというのもあるんだけどやっぱり私は―――」

「ちょっと、ストップストップストップ!」

  俺は『フレーベ・ザ・ワールド』を展開しようとするこの女を停止させた。
「うん、ストップするね」
「一般人と研究者の性格使い分けてる…………」
「うん、こんな長話日常からしてたら嫌われちゃうでしょ?」
「自覚してんのか…………」
  本当におかしな女である。俺は深くため息をついた。
「………で、散々意味不明なこと話してたけど、要するに精霊は、『糖分が好き』ってことだろ?」
「うん、そういうこと。ちゃんと分かってるね」
「数時間もその事だけを述べられたら誰だって分かるよ…………。けどよ、だからって…………」
  俺は仕掛けられた“罠”をじっと見据えて言ったのだ。このおかしな女に。
「これはいくらなんでも………バカにしすぎじゃね?」

  罠………それは人類が産み出した、獲物を捕らえる為の装置、さらにはメカニズムを言う。俺の世界の話になるが、ある地域では社会との関係を一切遮断し、原住民の生活を送り続けている所がある。そこでは竹や草木のみで作られた罠で、平気でイノシンも確保できるらしい。罠というものは、もちろん本体の材質も重視されるが、いかに手持ちの道具を使って罠を仕掛けるか………つまりは“メカニズム”を問われるものだ。
  メカニズムが複雑なほど、罠の“精度”というのは格段に上がる。
  だからこそ、俺は罠を仕掛けた本人に問うたのだ。

  単に人が一人分入るくらいの、ちょっと大きなダンボールを、少し太めで長い枝で斜めに支え、そこに生まれた空間に、砂糖の塊を丸々一個おいただけの、至極単純な罠で、本当に精霊がうまくかかってくれるのかどうか。

「うん、かかるよ、きっと」
「どっからその自信はわいてくるんだ? あんた精霊バカにしてんだろ」
「うん、なんてことを言うの。精霊を愛し、精霊のことをこの上なく調べ尽くしたいこの私が、どうして精霊を―――」
「だったらこの罠は?」
「……………」
  やはり無自覚ではなかったか。女はわざとこんなアホみたいな物を設置したのだ。大剣を背負ってるその存在が、ものすごく小さく見えてきた。何だか今まで付き合っていた俺までバカみたいじゃないか。
「あのさ………今まで熱弁してもらって悪いんだけど………俺はあまり時間がないんだ。あんたに訊けば、精霊が見つかるかもって思ったのに。無駄足だったのかな………」
「う、うんうん! 無駄足なんかじゃないと思うなぁ~!」
「自分を正当化すんのはやめろ。あんた、ホントに精霊の研究者かよ? 罠だってあまりにもぞんざいだし………」
「うん、失礼でしょ! 確かに私、暇だったからなんか遊び相手いないかなぁと思って、適当に熱弁を奮ったけど―――」
「おいちょい待ち。今『適当に熱弁』って言ったよね?」
「……………」
「……………」
  …………こいつ。マジぶっ殺してやろうかな?
「う、うんうんうん! そういえば私、今日午後から用事があるんだった! だから今日のフレーベ先生の授業は終了! じ、じゃーねー………」
「こら待てエセ研究者! 俺の貴重な時間返せぇぇ!」
  ………最悪だ。ほんっとに最悪だ。
  逃げ出した自称精霊研究家のフレーベ氏は、国道B号線の奥に消えた。俺は追ってやろうとしたが、流石にもうそんな事をするのもバカらしくなり、一人小さく笑った。
「…………こりゃあ、退学確定だな。精霊がいないんじゃあ、もうどうしようもねぇ」
  投げやりに浸りながら、エセ野郎が仕掛けた罠を足で蹴飛ばした。ダンボールが大きなへこみをつくってぶっ飛び、道端に転げた。
  空は俺の心中とは裏腹で、キレイで青くて、そして無であった。
「…………はぁ。今日はついてないや」
  せっかく数時間のエセ熱弁を聴いて、ここ国道B―1号線のど真ん中にしょうもない罠を設置するまでの貴重な時間は、悲しくも気化していった。掴んでも、他にそれは逃げていく。もう、起きてしまったことは元に戻らないのだ。
「これからどうすりゃあいいんだよ………もう絶望的じゃねぇか」
  頭を抱え込んだその時、俺の視界は、ある光景を捉えた。


「いや、いや! 放してぇ!」
「おい、コイツをはやく輸送車の中に放り込め!」
「ハッ。承知しました!」


  前方で、女の子が黒服の奴らに強引に車へと引きずり込まれる。カモメを頭に乗せた奇妙な男はそれに乗り込むと、車を発進させ、そのまま繁華街の奥へと消えてしまった。
「な………なんだいったい。まさか………誘拐!?」
  そういえばあの女の子は黒服に抵抗していた。だがそれよりも………
「………あの女の子。どこかで………」
  あの透き通った青い髪。俺はどこかで彼女と会ったような気がするのだ。
  それはいつ? ………昨日だ。
「そうか………あの子、昨日の“ハンカチ”の子だ!」
  昨日―――。
  繁華街に向かう途中、正面から衝突し、逃げるように去っていったあの女の子。
  クマを浮かばせ、憔悴しきっていたあの女の子。
  そして落としていった、あの血だらけのハンカチ………。
「………イヤな予感しかしねーな」
  俺は刀の存在を確認すると、車の軌跡を追った。
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