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試練・精霊契約編

第14話《精霊の話、それからがカオス》

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「………精霊?」
  聞きなれないワードに、しばし意識が遠くに流れていく。
  精霊………精霊………せいれい?
「ふむ………まぁ、君が住んでおった世界では、ほぼ聞かないものだろう………」
「いや、『精霊』とかは聞いたことぐらいはあるよ? でもそれって、何となく童話とかの中の存在のイメージが強いような………」
「そちらの世界でも、一応だが『精霊』という物は知られておるのか………いや、意味は知らないようじゃな?」
「うん、まったく」
  そうか………と言って、校長は手元のある本を開いた。茶色のひらの部分には【魔法基準書】と、白文字で印刷されていた。
  俺が珍しそうに見詰めていたから、校長がそれに気づき、説明してくれた。
「これは先ほど言った『魔法書』というものじゃよ。これがなければ、皆魔法が使えないんじゃ」
「へぇ………それ、【基準】って書いてあるけど、他にもあるの?」
「もちろん。これはこの学校で言えば、通常クラスの教材となる。君たちY組はさらにこれより下の【初級】を扱うことになる」
「しょ、初級…………ね」
「ちなみに初級レベルは、頑張れば幼稚園児でも使えるぞい」
「Y組って何なの………?」
  俺たちは幼稚園児レベルの高校生ってことか………。
「………今のは言わない方がよかったかのぉ。まぁ、気を取り直して………実はここに、『精霊』についての定義が載っておる。ちなみに君たちの世界のとそれが同じかどうかは知らんがな」
  校長はそう言うと、ページを一枚めくった。それを俺に手渡してくる。
「ほれ、読んでみなさい」
  受けとると、魔法書は【基準】であるにも関わらず、相当な重みと厚さがあった。こういうのって、最初のところが読みにくかったりする。『精霊の定義』とやらは、まさにそこだった。

  さて、その定義は次の通りだ。



  ◇精霊【せいれい】………無生物であるはずの魔法が、ある現象により人間の姿として形成される存在。



「魔法が………人間の姿になる………?」
「そういうことじゃ」
  校長は言った。
「魔法というものは、そもそもじゃ。我々の生活になくてはならない存在というだけで、それらが己の意思で動いたりすることはない。だが昔から、この世界では『精霊』という存在が、影ながらささやかれていたんじゃ」
「意思を持った魔法………か」
「正確に言えば、魔法の集合体………らしいがの」
「らしいって………もうちょっと確固たるやつはないのかよ?」
「ムチャをいうな。『精霊』という存在は、そもそものだぞ? 他にも色々と定義があるんじゃが、この魔法書を開発した人物の説が最も有効であったため、現在はこうして書かれておるんじゃ」
  なるほど………つまり精霊は、俺の世界で言うところの『妖怪』とか『化け物』とか、そういう類いの物ということか。ただ精霊となると、正のイメージが強いけど。
  だが………分からない。
「それが一体何だって言うんだよ? 精霊と俺の魔力に何か関係があるのか?」
「もちろん。ここからが本番じゃ。次のページをめくって、読んでみなさい」
  重い魔法書の中にある、その薄っぺらい質量の半紙をぴらっと裏返した。
  裏には、精霊に関して付け加えがなされていた。



 ◇ 精霊契約【せいれいけいやく】………精霊と人間が結ぶ契約のこと。契約することにより、人間が魔法力を精霊から受け取ることができると言われている。



「………分かったかの?」
  校長の声はかすかに震えている。俺への提案が、あまりにも無謀なことだからだろう。

  ようやく、校長の提案とやらを理解できた。

  頭がうまく回らない。ぼやけて停止して、再び意識が遠退いていく。
  『精霊』というワードが平仮名に変換され、俺よりはるか彼方にバラバラになって飛んでいく。

  

  そういうことか。
「つまり………俺にそのを探して、『精霊契約』しろってことか?」
「大正解じゃ、アヤノン君」
  校長の笑みは、少しえげつなかった。
  俺はしかし不満を口にした。
「いや待てよハゲ」
「ハゲ校長な。なんじゃ、何か不満か?」
「不満しかねーよ。だって、精霊って存在するか分かんないんだろ?」
「今のところはな。しかし、これから徐々に発見されるかもしれんぞ?」
「いや俺に『これから』というほどの時間ないから。あと3日しかないから。それに、精霊は人間の姿してんだろ? 見分けがつかねーよ」
「じゃあおとなしく退学になるかのぉ?」
「うぅ………! そ、それは………!」
  痛いところを突いてくる、なんて泥々しい校長だろうか。俺はもう一度刀を投げつけようとしたが、気づいた。刀はまだ向こう側の壁に突き刺さったままである。
  俺はそれを取りに行って、鞘に納めた。
  カチンっと同時に、振りかえる。
「け………けどよ、精霊なんてたったの3日じゃあ、いくらなんでも………」
「それはもちろん、わしも考えておった。いくら何でも精霊という、摩訶不思議まかふしぎな存在を探しだせというのはムチャにも程がある、とな」
「だったら………!」
「じゃが、許してくれ。これ以外方法がないんじゃ。人間が魔法力を得るためには………本当に、申し訳ない」
  慈悲の言葉に、俺の目の前は真っ暗になった。



      3



  校長室を後にすると、そこにマリナーラがいた。
「あ、やっと出てきたのです!」
「………マリナーラ、どうしたの?」
  ちょっと驚いたが、絶望のふちにいる俺にとっては、おそらく大したことないことだった。
  マリナーラは相変わらず元気に、
「アヤノンちゃんをずっと待ってたのです! 学校は終礼になったのに、いつまでも帰ってこないから、みんな心配したのですよ?」
「あぁ………ごめん、ちょっと話が長くなっちゃってね………ありがとう、わざわざ待っててくれたんでしょ?」
「いいのです。今日はアヤノンちゃんと一緒に帰ろうと思ってたのですから!」
「………そうか、じゃあ一緒に帰ろっか」
  するとマリナーラはスッと近づいてきて、
「どうしたのですか? なんか元気ないのです………」
「な、何でもないよ? うん、ほら! この通り元気100パーセントさ!」
「声は明るくなったけど、顔はそのままなのです」
「なん、だと………!?」
  顔まで変形できるほど、俺は器用じゃなかったらしい。きっと無理にひきつったような顔をしているんだろう。鏡でその羞恥を見てみたいと思った。
  するとマリナーラは、何を勘違かんちがいしたのか、
「………あぁ。なるほどなのです」
  さっきとは反してどす黒いオーラを放ち始めた。
「マリナーラ………?」
「アヤノンちゃん。分かったのです。校長に?」
「え?」
「アヤノンちゃんは言わなくてもいいのです。あの校長、無垢むくなアヤノンちゃんの胸を触ったり、無地の真っ白な下着を覗いたりと、それこそ破廉恥はれんちなことをされたのですよね?」
「いやされてないよ!? て言うか、なんで俺の今日の下着のこと知ってんの!? まさか見たのか? 見たよな!?」
「確かにあの校長は学校内でも『ハゲの変態』として通ってるのです。でも………これは許せないのです………!」
「俺の話を聞こう! 聞けば全て誤解だと分かるから!」
「これは復讐なのです。復讐は一人よりも――――」

「「みんなでやった方が威力百倍!」」

  何故か鬼の顔をしたクラス全員が集まってきていた。
「なんでお前らもいるんだよ!?」
  俺の叫びを無視し、クラスの奴らはマリナーラを中心にして集まった。
  マリナーラは言う。
「あのハゲの変態は私たちの大切なクラスメイトを傷つけたのです! よってこれから私たちは復讐を行うのです!」
「「おぉーーー!」」
  そのうちから、ちょっとずつ憎しみの呟きがポツリポツリと吐き出された。

「あのハゲ野郎………俺の嫁候補を傷つけるとは………これは十字架じゅうじかの刑じゃあ済まねぇぞ………」

「女子の恨みは怖いんだから………次いでに私の恨みも晴らしてやるんだから………」

「許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ――――」

  一人めっちゃこえーよ!

  俺は暴動の間に分け入った。
「ま、待ってくれみんな! それは誤解だ! 俺別に何もされてないよ!」
  しかしマリナーラはハイライトオフの瞳で、反論した。
「でも私たち、聞いたのですよ? 校長室の中から突然、『パンツ』とか『退学』とか『おこづかい』とかとかとか!」
「あらー……………」
「だからアヤノンちゃんは『おこづかいをあげるからパンツを見せろ。さもなくば退学処分にしてやる』と脅されたのですよね!?」
「スゴい勘違いしてるから! というか、立ち聞きしてたのかよ!?」
「これは悪魔の脅しなのです! さぁみんな、突撃ぃぃ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」

  その後、校長は無実の罪を着せられ、Y組のみんなから完膚かんぷなきまでボコボコにされたのだった。

  俺はその光景を見ながら、一人寂しく叫んだ。

「なんだこのカオスはぁぁぁぁぁ!」


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