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ラサール魔法学校入学編
第11話《噂の転校生》
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「いたたた…………たく、中身が男じゃから暴力的じゃな」
「男でなくとも結果は同じだと思います、ハゲ校長」
「うぅ…………最近の子は皆ノリが悪いのぉ」
校長はつるつるに大きな絆創膏を張って、涙目でこちらを見つめてくる。
ちょっと苛立った顔で俺は言った。
「セクハラとかいいんで、早く話を進めてください。このままだとグダグダで終わりかねないんで」
「それもそうじゃな…………ゴホン!」
咳払いって便利だなと、この時俺は思った。どんな流れでもそこで打ち切ることができるから。
「アヤノン君、君は早速新しいクラスに行ってもらうんじゃが…………その前に、『魔力測定』を行う」
「ま、魔力測定?」
ゲームとかアニメでありそうなやつだな…………。校長は言う。
「ここは名の通りの魔法学校。よって言わずもがな、生徒全員が魔法を使えるんじゃ。それはまぁ大前提であるから、君にも分かると思うが…………君はこの学校の“魔力階級制度”は知っとるか?」
「い、いいえ…………両親からはまったくなにも…………」
「そうか…………“魔力階級制度”というのは、生徒たちを魔力の『度合い』によってクラス分け、階級分けする制度じゃ」
「それっていわゆる、私立の学校が成績でクラス分けしているみたいな?」
「うむ、それと一緒じゃ。本来なら入学前にその測定が行われるんじゃが、君は別の世界で暮らしていた身じゃ。魔法を使ったことは?」
「ないっすね……………」
「じゃろ? だからここで測定せねばならん。その結果によって、君の新しいクラスが決定される。少し納得がいかんと思うが、階級別によって授業も丸々変わってくるからのぉ。そこは勘弁してほしい」
俺は少し胸がズキズキするような懸念に襲われた。
無理もない。俺は一度も魔法なんて使ったことないし、まず魔法力があることすら知らなかったし…………。
名門校だというから、そのくらいのことはするだろうと納得がいくが、未だに“魔法”の概念がない俺には、そもそも俺にそんなものが眠っているのか自体が心配になるのだ。
測定器は単純なものだった。見た目は学校でよく見る握力測定器にそっくりだ。
校長は俺にそれを手渡し、握れと言った。
「測定器を握ったら、ぐっと力強く握るんじゃ。ぐっとじゃぞ?ぐっと!」
それただの握力測定器じゃんか。
「ぐっ…………ぬぬぬぅ~~~!」
血管が腕に浮き出るくらい、力いっぱいに握ってやった。パッと手を離し、校長に返還した。
これで下のメーターに俺の握力じゃなくて魔力が数値として示されてることになる。
「どうですか? 俺の魔力はどれくらいですか!?」
俺は期待に満ちた視線を校長に向ける。
だが……………。
「…………………………」
あれ?
「……………校長?」
「ん? あ、あぁ、すまない。いやはや、これで君のクラスは決定じゃ」
「そうですか! よかった~…………俺って魔力有ったんだぁ~……………」
俺は胸を撫で下ろした。
「で、どこなんですか、俺のクラスは?」
「う、うむ…………君はな…………」
ドキドキ、ドキドキ……………。
これ以上にない緊張が俺を包み込む。対して校長は言いにくそうに、その口を開いた。
「…………君の新しいクラスは――――」
7
ザワザワ…………ザワザワ…………。
マリナーラはクラスに入った途端、クラスの変な雰囲気を敏感に察知した。
「これは…………何事なのです…………?」
マリナーラは席に座ると、隣の席である男子に話しかけた。
「ジェンダーくん、ちょっといいですか?」
「あ、マリナーラさん、おはよう」
ジェンダー、と呼ばれた少年はフッと甘い香りを引き立てて振り返った。
天使のようなその笑みは、クラスの女子はおろか男子の心もわし掴みにするほどの力を持ち、その顔立ちは美少女にしか見えない。しかも髪も女のように長い。
一体これまで何人の男が第三の世界へと出家しただろう。
ジェンダー少年は、いわゆる“男の娘”である。
「はぁ~……………癒されるのです……………」
とろけた表情のマリナーラに、ジェンダーはあたふたと混乱した。
「マ、マリナーラさん? どうしたの、何かあった?」
「いえいえジェンダーくん、それはこっちのセリフなのです。皆がおかしいくらいにザワザワしているのです! これは何かあったのですか?」
ジェンダーは嬉しそうに答えた。
「あ、そうそう、そうなんだ! 実はさっき風の噂で聞いたんだけど…………」
「ふむふむ、なのです」
「僕たちのY組に、新しく転校生がやって来るんだって!」
「て、転校生、なのです?」
「そう! 転校生だよ! はぁ~、楽しみだよね~。男の子か女の子なのか、その辺のところがまだハッキリしてないから、皆舞い上がってるんだ~」
「……………転校生」
そういえば――――と、マリナーラは朝の出来事を思い出す。
(朝の子も転校生だったのです…………まさか…………?)
マリナーラはその転校生を担いで保健室に向かい、そこのシルナ先生に預けてきたのだ。
あの一級の宝石のような少女が、まさかこのクラスに…………?
ガラガラガラガラっ。
教室の戸が音をたてて引かれた。先生の登場である。
「は~い、皆席ついて~」
潮が引くように皆は席にガタガタと戻っていった。
マリナーラたち、Y組の担任である彼は『クロ』先生という。いつも眠そうな目をしているが、普段から覚醒はしており、口調がダルそうな感じなのは、これは人前で話すのが得意じゃないから…………と、本人は語っている。
クロ先生は出席簿で全員の出席を確認してから、パタンとそれを閉じた。
クロ先生が妙に改まっている。
「えー…………皆にお伝えすることがあります。多分噂で聞いていると思うけど…………今日、このクラスに転校生がやって来ます」
「「おぉぉぉぉ!」」
全員が一斉に感極まった。
一人の男子が興奮の息を抑えられずに言った。
「マジかよ本当だったのか! せ、先生、転校生は女子ですか、男子ですか!?」
「……………女子だぞ」
「「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
男子たちは青春の尾ひれを見せつけた。ついに俺たちにも青い春が来た! みたいな。
「じ、じゃあ、その子はかわいいですか!?」
「うん、むっちゃかわいいぞ」
「「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
これは確実にフラグ立ったぞ! みたいな感動の渦が巻き起こる。
だが ――――その中で、小さく舌打ちをする男子もいることも、マリナーラは知っている。
「っ…………なんだよ、ふざけんなよ…………新しい男かなぁ~って思ってたのに、新たな下着コレクション(男)の数が増えるって期待してたのに…………いやマジありえんしホントありえんしなんで女だし…………」
(“男好き”の『レオナルド・ザックレー』くん…………負のオーラ全開なのです……………)
彼女とは遠い席のレオナルドだが、マリナーラにはその呪言が耳元で囁かれてるかのごとく流れてきた。これの影響で彼女が何度眠れぬ夜を過ごしたことか…………。彼女自身も、その回数は存じていない。レオナルドの負のオーラは昔年の恨みが積もりに積もったような、古く重いものだった。
それはさておき、クロ先生は相変わらずの調子で、
「こらこら男子、朝っぱらから騒ぐなぁ。毎日毎日ギャーギャーバカみたいに声をあげて…………少しは先生の身にもなってみろ」
「先生~! はやく転校生を連れてこいよ!」
「「そうだそうだー!」」
「人の話を聞けよ…………あぁー、分かった分かった。じゃ、そういうことだから、入ってきていいぞ~」
廊下にいる転校生に、クロ先生は入ってくるよう促した。
*
廊下に待機しているのは、誰であろう転校生だ。声をかけられた転校生は、深呼吸で意識を保ち、その戸を開いた。
一体、誰が予想したことだろうか。後にこの転校生が、ここラサール魔法学校に波乱を巻き起こす『異端児』のような存在になるということを。
*
――――数十分前。
「…………君の新しいクラスは…………『一年Y組』じゃ」
「はい!」
勢いで返事をしたが、Y組はどういうクラスなのか、俺はまったく認知をしていない。
校長に俺は尋ねた。
「あの、『Y組』って、階級とかはどうなんですか? 高いんですか?」
だとしたら、俺は夢に描くような魔法使いになれるのでは!? そうそう、大体こんな感じの流れだと、実はあなたは魔法力がスゴく高いですよみたいな展開が多い。
あ、そういえばさっき校長黙ってたな。そうか、やっぱそうか! どうやら俺にもアニメのようなフラグが――――
「…………最弱じゃよ」
「…………………え?」
校長は俺にフッと背を向けた。
「この学校の中で『最弱魔法使いの集まり』と揶揄されるクラス、それが『Y組』じゃ」
「さ、最弱魔法使い……………」
「そしてアヤノン君、君は……………」
そこでようやく校長は俺を見据えた。深刻な顔つきで。
「わしが見てきた中で、君は最も魔法力が少ない生徒じゃ」
…………俺の名前は福本アヤノン。どうやら俺には異世界もののフラグが立たなかったみたいだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
―章『完』―
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