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第二章 Sang de la Jedaz(サング・デ・ラ・ジェダス)

Sang de la Jedaz.6

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 「まぁ、毎年毎年、飽きもせずに同じことを繰り返すものだ──。だが、オマエは知らんだろう。時を重ねるごとに、ヒトの祭事っていうものは変わっているんだよ。」
 「…凶作の年もあれば、豊作の年もある。こんな村だ、司祭がいる時もあれば、いない時もあるだろう。」

 気が付けば、ゆったりとしたルゴシュの口調に乗せられ、低い声でぶっきらぼうに返答をしているゲオルギウス自身がいる。眉間に深々と皺を寄せて目一杯不機嫌な表情を浮かべつつ、敵対心も、襲ってくる素振りも見せないルゴシュの、何処となく愉しそうな面輪をじっと見下ろしていた。

 額の中央で分けた、目に掛かるほどの銀の前髪。月の明かりを映して翡翠のように煌めく瞳は、なるほど、彼が太陽ではなく月の下で恩寵を受ける生命であることを明瞭と物語っているかのようだった。その白皙はくせきおもさえも、月の光を受けて尚、透けるように白い。これが、数多の人々を餌として虐殺し、闇の眷属の手に落とし、数百年前にたった一人で異教徒の軍勢と対峙した脅威の不死伯だということは、微かに先の尖ったその耳と、十七年前の悪夢の発端となった記憶がなければ俄かには信じ難いかもしれない。それ程までに、不死鬼という高位の存在は、ゲオルギウスの知る狂暴な吸血鬼ヴァンパイアや知性のない屍人ゾンビとは全く異なる佇まいをしていた。
 ゲオルギウスの回答が腑に落ちたか、落ちぬか。ルゴシュはゆっくりと瞬きをした。そして長い銀色の睫毛を伏せ、静かに首を横に振る。

 「──いや、オマエが言っていることとは少々…だいぶ、違う。どう言ったものかな、これを。──いや、いや、言葉で伝えるよりも、だ。」

 相対するルゴシュが、敵意も怒りも嘲りも見せてこないことに対して、ゲオルギウスは聊かの油断を覚えていた。背中に帯びた長棍スタッフへの構えが疎かになり、相手の動きが、夜空を舞う蝙蝠よりも素早いという認識すらも朧になりかけていた。
 故に、ルゴシュの不意討ちにも近い行動を許してしまうことになる。

 「──な…ッ──?」

 何、と言う間もなかった。不意に懐に飛び込んできたルゴシュは、二回りも長身のゲオルギウスの胴に腕を回し、しっかと力を込めて抱え込む。抵抗する間もなく、勢いよく風を切る音が耳に届いた。感じたこともないような速さ、かつ高さで空へと舞い上げられ、反射的に全身が竦み、背中にひやりと汗が伝うのが解る。ルゴシュが、自身を強引に抱えて空高く跳んだのだということを悟ったのは、数瞬の後、高い樫の木の最も太い枝の上に軽やかに降ろされ、呆然とする頬に夜風を感じてからだった。

 「私から離れるなよ、落ちるぞ。」

 ゲオルギウスが眉尻を吊り上げて怒りの声を発するより先に、ルゴシュの悠長な声が聞こえた。

 「ついでに、私を離すと、オマエをここに置き去りにするかもしれないぞ。村外れの、一番高い樫の木の上に。自分で降りられるかい?神父さま。」
 「ルゴシュ、貴様──。」

 足元で、ぱきりと音がした。教会の尖塔ほどの高さがある、樹齢数百年はあろうかという樫の木である。枝葉の間から下を見れば、根元は眩暈がしそうなほどはるか下に位置していて、本能的な恐怖を禁じ得ない。従って、いかに業腹であっても、片手で樫の幹を掴んで身体を支え、もう片腕をルゴシュの細い胴にしっかと巻き付けて、木の枝の上で鴉のように身体を安定させているより他に術がないのだ。

 「巫山戯ふざけるな。何のつもりだ──!」
 「シィ──。」

 片腕を苛立つ神父の身体に回して支えながら、ルゴシュは人差し指を立てて口許に宛がい、怒声を止める。この細く小さな身体の何処にそんな力が眠っているのか皆目見当がつかないが、ルゴシュは、頭一つ以上も上背の高い逞しい神父の身体を、まるで石板か何かのように難なく小脇に抱え上げて、先程まで彼が止まっていた樫の木の天辺まで軽々と飛び上がったのだ。
 ルゴシュに顎で示された方角を眺めれば、そこには、赤々と聖火を燃やし続ける開闢祭レヴェノ・フェスティオの祭壇があった。炎の明かりの中に、長く影を落として、歌い、躍り続ける幾人もの村人の姿。高く組み上げた筈の祭壇は、樹上から見下ろせばあまりにも小さくて、舞い踊る人々は独楽こまねずみのようにくるくると動いているばかりなのだ。
 見たこともない、否、人の力では見ることもできない光景に、ゲオルギウスは濃蒼の瞳を見開いて、しばし言葉を失う。ひゅう、と吹き抜ける夜風が小麦色の金髪を揺らし、ルゴシュの見事な銀色の髪をそよがせていった。

 「これが、私の見続けてきた景色だよ。ゲオルギィ。でも、昔は、炎はもう少し大きかったし、祭壇は今ほど整っていなかった。麦酒ビールの樽があちこちに転がっていても誰も咎めず、男も、女も、疲れ果てて眠るまで衣服を乱して踊っていたものだ──。」
「…お前が見た開闢祭は、いつの時代の話だ?」

 淡々と、しかし、遠くを懐かしむようなルゴシュが、何を想って唐突な行動に出たのかは、定かではない。ただし、彼の口から語られる祭りの様子は、敬虔な聖霊教徒の多いこの村では有り得ないような乱痴気騒ぎであったことを伺わせる。怪訝を露わにルゴシュの横顔を見遣れば、彼は少しばかり肩を竦め、遥か天空に浮かぶ月を見ながら物思いに耽っている風情であった。

 「千年…、いや、それよりももう少し昔の話──か?もう覚えてない。私が爵位を授かるより前の…遠い、遠い昔の話だよ。それこそ、神も精霊も、オマエ達の世界には明確に存在しなかった。」
 「──…。」

 独白めいた響きを持つルゴシュの言葉に込められた年月は、想像していたよりも遥かに長い、悠久のような時間だった。翠の瞳を柔らかく細めるルゴシュが、果たして何を見てきたのかを推し測ることは、ゲオルギウスにはとてもできない。この場で、彼に嘘をつく意味はないだろう。だとすれば、聖霊教会が成立して千三百年以上が経っている、それよりも前からルゴシュは人間の営みを眺め続けてきたということになる。

 「開闢祭の歌。私は、オマエ達が歌うあれがキライじゃなかった。もっとも、私が好きだった歌は…聖歌ホーロゥと呼ばれる前の歌だ。オマエ達はあれを、いつの間にか形式ばった崇拝の歌に作り変えてしまったからな。」
 「生贄と言祝ぎの祭歌のことを言っているのか?」
 「そう。だから、元々の歌を覚えているのは、最早私だけだろうさ。」

 
 春風に 林檎の花の 芽吹くよう 君が手を取り 誘うらん 柔き素肌を
 茉莉花の 茂みの奥に 横たえて 熱き血潮に 触れ見てよ 一夜の夢──
 

 過去を懐かしむようなルゴシュの表情。そして、先程聞こえた、聖歌の旋律でありながら全く異なる歌の正体。ゲオルギウスは小さく息を飲み、時の彼方に置き去りにされた古い言葉の意味を想う。
 クスリ、とルゴシュが僅かな声を漏らして笑った。

 「戒律も、純潔とやらの規範も、後から作られたものは何ひとつない。──昔の開闢祭の夜は、男と女が踊り、歌い、情熱のままに愛を交わして目合まぐわうことが許された、文字通り播種はしゅの日だったんだよ。」

 それが今では、何ともつまらない日になったとルゴシュは嘆息しながら語散る。

 「かつては、ヒトに紛れて歌い、躍り、誘われれば種を蒔くようなこともあった──。結果、幾人の混血鬼ダンピールが生まれたかは知らない。だが、いつしか、オマエ達は神と精霊を祀り始め、祈祷書を編み上げ、挙げ句、慈愛の教えに反する殺し合いの道具まで発展させたのだからね。私にしてみれば、ヒトが信仰に縛られず、欲求に純粋だった頃の方がまだ可愛げがあった。」
 「──綺麗事を言ったところで、結局、貴様は人間の生き血を啜って今まで生き永らえてきたんだろうが。」
 「まぁな。教義とやらの小賢しい理屈で私を排斥しようとしない分、オマエ達に対して多少の慈悲はあったかもしれないけど。」

 軽く鼻を鳴らして肩を竦めるルゴシュの腕は、ゲオルギウスの腰に巻き付いて、足場の不安定な樹上で二回りも大柄な体躯をしっかりと力強く支えている。どうやら、ゲオルギウスをうっかり地上に叩き落とすつもりだけはないのだという思惑が感じ取れたが、それが彼の酔狂なのか、あるいは他の想いがあるのかは到底計り知れなかった。それでも、淡々と、想像すらできない程に古い時代の記憶を語るルゴシュの流れるような言の葉は、若い神父の心に宿る堅固な氷のような感情を、ほんの僅かばかり融解させたのだ。どう堪えても平常心を乱す高所への本能的な恐怖を殺すため、努めて下を見ないよう、遠い広場の影絵芝居のような宴の様子に視線を馳せながら、ゲオルギウスは重い口をゆっくりと開いた。

 「──俺に、わざわざこれを見せたのは何故だ。お前にとって、俺は餌のようなものだろう?…これも、十七年前と同じ、お前の気紛れか。」

 複雑な面持ちで遠くを見つめる神父の低い問い掛けに、ルゴシュは顔を上げてゆっくりと瞬きをした。闇に映える、翡翠色の麗しい睛だ。少なくとも千三百年以上、この地で生き続け、人間の営みを見詰めてきた不死鬼ノスフェラトゥにしてみれば、ゲオルギウスの苦難の十七年など、一陣の夜風が吹き抜けるように一瞬のことであるのかもしれない。

 「…さあ、どうしてだろうね、ゲオルギィ。オマエは、他の神父とは違う──。私に糧を与える存在である前に、私は、オマエという生き物に興味があるのだよ。私が最後にヒトの子と言葉を交わしたのは、いつのことだろう。覚えてないや。…ひとりは、意外と退屈でね。」
 

 『──…一緒に来るかい?子供。ひとりは、意外と退屈なんだよ。』
 

 「ッ──!」

 太い針を刺し込まれたかのように、頭蓋の内側がズキン、と酷く疼いた。顔を顰め、息を飲み込んで片手で太い樫の幹を強く掴む。そうでもしていなければ、眩暈と共に体勢を崩し、地面に叩きつけられそうな気がした。

 全ては、あの新月の夜から始まっていたのだ。

 悠久の時を生きる不死者は、倦むほどに長い時間を持て余し、あの日、たまたま見つけた玩具で、気紛れにその余白を埋めようと考えた。ただそこに居ただけの人間の子供は、少なくともその場に於いては餌だとは見なされず、そればかりか選択の権利すら与えられていた。
 親の顔を知らない子供に、血腥さとは懸け離れた穏やかな声で誘いの言葉を掛けた不死鬼ノスフェラトゥは、繰り返し聞かされていた恐ろしい容姿とは全く異なる優雅な気品を湛え、今なお記憶の中でその翠の眼を細めて微笑している。最愛の、親代わりでもあった姉が目の前で無残に殺されても、ゲオルギウスの心に恐怖という感情は芽生えてこなかった。そんな自分自身に、ずっと激しい罪悪感を覚え続けてここまで来た。

 何故だ。何故、俺を選んだ。
 怒りと絶望の狭間でそう叫びたかったが、天を仰いだところで激情は言葉にはならない。それに、ルゴシュに問うたところで、納得のできる答えは返ってこないだろう。

 「──俺は、貴様が憎い。俺から何もかも奪って、捻じ曲げて、壊して、いびつな形のまま生きるように仕向けた身勝手な貴様が、心の底から憎い…。」
 「だが、オマエは、私を殺せない。」

 凛としたルゴシュの声が、ゲオルギウスの絞り出すような怨嗟の声をにべもなく打ち砕く。
 許されざる運命の糸で繋がった神父と不死鬼、そのやり取りなど知る由もなく、遠く見下ろす村の広場では聖なる炎が祭壇で赤々と燃えていた。いっそ、ここから身を投げて、命の灯火と共に記憶を閉ざして全て忘れ去ってしまえればどれだけ楽なことだろうかという暗澹とした絶望感に支配され、若い神父は深い溜息を吐く。自死は、聖霊教徒にとっては神と精霊によって禁じられた大罪であった。

 「心臓が早鐘を打っている。体温が高い。──恐ろしいのかい?ゲオルギィ。」
 「そんなのじゃ、ない。」

 神服キャソックに包まれた長身に腕を回し、ぴたりと寄り添うルゴシュには、ゲオルギウスの心の内側の乱れがそのまま伝わってしまうらしい。眉間に深い皺を浮かべ、吐き捨てるように呟いて、樫の荒い樹皮にギリ、と爪を食い込ませる。この期に及んで、駄々を捏ねる子供めいたことしか言えない自分自身の情けなさが身に染みた。低く、ぶっきらぼうな声を絞り、逆にルゴシュに問い掛ける。

 「──誘引ラーヴォを解くことは、できないのか。」
 「知らないよ、やったことがない。だって、考えてもみろ。一度魅了したヒトの心を再び解放する必要が何処にある?私は、下僕しもべになった者に永遠の眠りという方法以外で暇を出したことはないね。」
 「──そうかよ。」

 蜘蛛の糸ほどに細い希望ですら断ち切られた気がした。たとえ、誘引を解く術があったところで、ルゴシュが自らの命をつけ狙う武装神父を素直に解放するとは思えない。では、一生、死が魂を解き放つまでこの煉獄の黒い炎に灼かれ続けるのがゲオルギウスの宿命であり、乗り越えるべき試練だと神は定め給うたのか。否、麗しい年嵩の男の姿をした人ならぬものを辱めることで確かに喜びを覚えた今の自分自身に、果たして天国の扉を叩く資格があるのだろうか。
 重苦しい沈黙が両者を包み、樫の葉の香る夜の空気に垂れ込める。薄く目を閉ざし、苦悩の表情をありありと浮かべるゲオルギウスの横顔を、ルゴシュは何も言わずにしばらくじっと見つめ続けていた。
 
 「…開闢祭の夜、だからな。目を閉じろ。そして、何も喋るなよ。舌を噛むぞ。」

 唐突に、ルゴシュが口を開いた。その意味するところを捉えあぐねて軽く目をみはったゲオルギウスの身体を、ルゴシュの細い、しかし桁外れの膂力りょりょくに満ち溢れた腕が力強く抱き締める。抱くというより、抱え上げる、と表現した方が相応しい。次の瞬間、耳の後ろでとてつもなく大きな鳥が羽ばたくような音を聞いた。身体が木の枝を離れ、吹き付ける向かい風が冷たく頬を切り付ける。

 「ルゴシュ──!」

 悲鳴を上げないようにすることだけで精一杯だった。気紛れなルゴシュが何を思ったのか、ゲオルギウスに推し測ることは出来ない。ひゅうひゅうと風が耳朶を打ち付け、目を開いていることすら難しい。今、ルゴシュの両腕に軽々と抱えられて夜空を滑るように飛んでいるのだということが、俄かには信じられなかった。眼下に広がる夜の村、その中央で赤々と燃える火の影がどんどん遠ざかっていく。確かに、目を閉ざしていなければ気を失いかねない光景だった。自分よりも二回りは体格の大きな若い神父を抱え上げ、ルゴシュは今、夜空に黒い翼をはためかせて、森へ向けて飛翔していた。
 
 「さて、と。」

 風鳴りの音だけを頼りに、地上に近付いていることを知る。背筋の凍るような下降の感覚に耐え切れずきつく目を閉ざし、思わず、ルゴシュの外套の背を指先でぎゅっと握り締めた。頭から地面に叩きつけられるかと思った矢先、体勢はくるりと翻り、ルゴシュの長靴ちょうかの踵がトン、と地面を蹴ったのが聞こえる。

 「…ルゴシュ、貴様──、何処まで俺を好きなように扱えば気が済む…?それとも、どうしても俺の長棍スタッフの一撃を味わいたいのか…!」

 ようやく大地に足を付けることを許され、ゲオルギウスは沸々と湧き起こる怒気のままにルゴシュの頭上から大声を浴びせていた。仇敵を前に指一本動かすこともできず、まるで人形のように身勝手に扱われたという悔しさがゲオルギウスを駆り立て、頑丈な皮の武器帯具に背負った長棍に手が伸びる。激怒の相でルゴシュを睨み据えてはいたが、強引に空へと上昇させられ、そして滑空と急速な下降がもたらした吐き気と眩暈が全身を強く苛み続けている。ふらつく足をどうにか踏み締めて辛うじて立っているのは、理不尽なルゴシュの振る舞いに対する苛立ちと、許し難さとがあるからだ。人間には到底真似のできない速度で上下に振り回されたおかげで、神服キャソックの下には、じっとりと嫌な冷や汗が滲んでいた。

 「開闢祭の夜だから、気紛れを許してやる。オマエとて、私と話をしているのを村人に見られたら困るはずだろう?」
 「あァ──?」

 ゲオルギウスの怒声など何処吹く風と言わんばかりのルゴシュの様子が、苛立ちに拍車を掛ける。眉を吊り上げて周囲を見れば、ここは、村外れの道から続く深い糸杉の森の中なのだ。武装司祭として初めて相対した夜の、まさにその場所。旧い路を塞ぐ形で倒れた糸杉の大木を満月の月明かりが青白く照らし、傍らに佇むルゴシュの姿を闇から浮かび上がらせている。
 訳が分からない、と言わんばかりに怒りを露わにするゲオルギウスを見上げ、紅い唇へ笑みを引いてルゴシュは笑み掛けた。愚弄でも嘲笑でもない、これから楽しいことが始まるという示唆さえ匂わせる笑顔で上目遣いに見上げてくる翠の視線。
 ゲオルギウスは、ち、と高らかに舌打ちを鳴らす。この、毒を抜くような翡翠の眼に見据えられただけで、遥か昔に誘引に掛かった心の底が疼いてならない。今の自分自身にとっては、情動のたがを外す翠の猛毒であることを認めざるを得なかった。おまけに、ルゴシュからは敵意はおろか、ゲオルギウスを害そうという意思すら感じ取れない。
 握り締めた掌の中がじっとりと汗ばむ。大きく開かれた濃青の瞳孔に映ったルゴシュは、右手を差し出して、指先を動かしながら優雅にひらひらと手招きをしていた。

 「オマエは、私を殺せない。だが、オマエのその荒ぶる気持ちがどうやれば治まるのか、私はその方法を知っているよ。──ねぇ、ゲオルギィ。」

 短い愛称で神父を呼ばい、不死者は、蒼い瞳を見上げて静かに口を開いた。

 「開闢祭レヴェノ・フェスティオの夜だから、私を好きにしていいよ。それで気が済むのだろう?ゲオルギウス神父。──私は、それを甘んじて受けよう。どうやら、私の振る舞いがオマエを怒らせてしまったようだからね。…私を、好きにするといい。」
 

 春風に 林檎の花の 芽吹くよう 君が手を取り 誘うらん 柔き素肌を
 茉莉花の 茂みの奥に 横たえて 熱き血潮に 触れ見てよ 一夜の夢──
 

 闇夜に煌めく瞳が、魅惑的に細む。

 「わかるだろ、誘ってるんだよ…。」
 「堕落した魂め、地獄に落ちろ──!」

 耳の奥に蘇る、銀色の線のように紡がれるルゴシュの歌。
 遠い昔、人々が肌を重ね合う事を禁忌としなかった時代の、種蒔き時の祭りを喜ぶ歌声が、ゲオルギウスの絡め取られた無防備な心に突き刺さる。
 呪いの言葉を吐いたのは、己を篭絡した不死者へか。それとも、その誘引をどうしても退けることができない、悪徳と退廃に満ちた自分自身へ向けてか。深い絶望と狂気の淵に駆り立てられた若い神父には、最早それすらも判断ができなかった。
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