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堕落の都SODOM

魔物の街と黒曜の城

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 「わぁ──。」
 
 ザラキアが呼びつけた辻馬車の窓の、カーテンの隙間から見えるソドムの町並みは、どれもこれもが新鮮で、シンジの目を惹きつけて止まない。
 常夜の街の石畳の道を堂々と闊歩するのは、誰も彼も人間ではなく、角が生えていたり、尻尾があったり、あるいは巨人や小鬼インプや獣人といった魔に属する者たちである。時々見かける人間は、全て黒革の首輪を身に着けていて、全裸もしくは裸に近い恰好をしていた。
 いつか写真で見た中世ヨーロッパのようでありながら、どこかしら奇妙に思える街並みは、魔族にとって暮らしやすいように作られており、街角の市場で売られている商品も、今まで住んでいた世界では全く目にしたことのないものがほとんどだ。

 「…あんまり顔を出すなよ。迷い人ワンダラー最高級性奴隷グラン・セクシズが街中にいると知れたら、見物人が集まってきてちょっとした騒ぎになる。」
 夢中で街の様子に見入るシンジに反して、ザラキアは椅子の上で長い脚を組み、ムスッと浮かない表情をしている。自分自身に注目を集めるだけの価値があるか、などということは考えたこともなかったシンジには、ザラキアの言葉の意味はまだいまひとつピンとこなかった。
 
 と、石畳を走り続ける辻馬車が、市場のような大通りを抜けて広場に差し掛かる。広場の中央には、木で作られたステージのような一段高い台があり、そこには何やら鉄の檻や、拘束具やはりつけ台めいた、あまり良いことに使う想像ができない不気味なものが並んでいるのだ。中には、ザラキアの調教部屋にある道具と似た、人間の身体の自由を奪うための設備さえ見える。
 初めて見る街に少しはしゃいでいたシンジが不意に黙ったのを察し、ザラキアは窓の外をちらりと眺めて、ククッと喉を鳴らして嗤った。
 「…あぁ、ありゃあ、『処刑台』だ。この街では、言うことを聞かない人間、悪さした人間を『処刑』することも娯楽のうちだぜ。あそこに上りたくなきゃ、お前も大人しくしてるんだぞ…。」
 「──、はい…。」

 こともなげに髪を掻き上げながら言ってのけるザラキアは、その美貌に魔族らしい残酷な笑みを湛えていた。人間を処刑することが娯楽だなんて、やはり魔種が支配するこの街の常識は人間世界のそれとは大きくかけ離れているのだ。絶句と共に窓から離れ、知らず知らずのうちにぎゅっと拳を握り締めて、隣に座るザラキアにぴたりと身体を寄せる。
 そんなシンジの肩をするりと抱き、愛おしむように頬を撫でる主人マスターの手。
 「よし、よし。いい子だ…。心配すんな、もしもお前が粗相をしでかしたら、俺様がこの手で徹底的に調教し直してやるだけだからさ──。」



 それから間もなく。
 馬車は、見たこともないほど広大な、黒い石で作られた立派な城の門をくぐり抜ける。幾人もの魔族の召使や、大勢の労働奴隷レイバーの出迎えを受けながら馬車を降り、そのままザラキアが『黒曜城』と呼んだ立派な城の応接室へと通された。
 あまりにも豪華な部屋の中に案内され、緊張を隠し切れずにザラキアに近く寄り添ってしまう。いつもは陽気でどこかヘラリとした淫魔の青年でさえ、この時ばかりは実に神妙な面持ちをしていた。
 
 「──やぁ、最高位性奴隷快楽調教師マスター・オブ・ザ・パペット。ボクの好奇心を満たすためにわざわざ出向いてくれて、ありがとう。で、それが、キミが終生奴隷にした異世界からの迷い人ワンダラーかい…。」
 
 ザラキアとシンジをこの場に呼びつけた城の主、ソドム屈指の有力者だというアズラフィエル公爵は、短い黒髪に涼しげな金色の目、そして背中に三対六枚の大きな漆黒の翼を持った堕天使であり、大悪魔だった。近づいてくるだけでビリビリと目に見えない威圧感さえ感じる白皙はくせきの青年は、見たところ二十代の半ばのような容姿で、人間の世界で言えばロングウルフと呼ばれる長さの髪に、ザラキアに負けず劣らず長身の涼やかな美貌をしている。

 玉座のようなソファにどかりと腰を下ろす公爵の前で、ザラキアは作り笑顔を浮かべて優雅に頭を垂れながらお辞儀をして見せた。そして、細められた公爵の視線が蛇のようにじろじろとシンジを眺め回しているのに気付き、芝居がかった仕草で肩をすくめて見せる。
 「おぉっと、こいつぁ失敬を。何せ、異世界産の箱入り性奴隷セクシズでね──。まだこの街の礼儀なんか何ひとつ解っちゃいねぇんだ。──ひざまずけ、シンジ!」
 「──ッ!」
 鋭く硬い、調教師が発する命令コマンドの声色だ。命令の意味を理解する間もなく、公爵の姿に気圧されて呆然としていたシンジは、ただ言われるがまま条件反射的にガクンと両膝を折って床に這いつくばる。主人の命令には理由を問わず即座に絶対服従、それは、一か月もしない間にすっかり叩き込まれた性奴隷セクシズとしての行動だった。

 そんなシンジの従順な仕草を見て、アズラフィエル公爵は軽く手を叩いて賞賛する。
 「これはお見事…。実に忠実な愛玩種として仕上げたねぇ。黒い髪に黒い眼、そして年齢よりはるかに幼い見た目と小柄な身体──。非の打ち所がない、新しい愛玩種だ。気に入ったよ。特に、黒髪に黒い目なんて、ボクのファッションにピッタリじゃないか。」
 「公爵閣下のお眼鏡にかなって、光栄なことで。…正直なところ、この血統の性奴隷セクシズを希望する御方々全員に直接お披露目する訳にゃぁいかねぇ。だが、いつも格別にお引き立て頂いている公爵のご要望だけは特別だ。なもんで、他の御歴々おれきれきにはどうぞご内密に。」

 ザラキアの笑顔と、立て板に水のように流れる口上は、素の彼をよく知っているシンジにしてみればどこか作り物のように感じられる。
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