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かつみさんは、ねこがすき

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 香ばしく、少し苦い空気。こぽこぽと水が湧く音。克己が目を開けた時にコウは隣にいなかったが、代わりに部屋中が心地よいコーヒーの香りに包まれていた。
 目を擦りながら起き上がる。いつの間にか家の外は真っ暗になっていて、べたべただったはずの体も綺麗に拭かれている。申し訳ないな、と思うものの、それを嬉しいと感じてしまう自分もどうしようもない。

「いい匂い」

 裸のまま立ち上がると、コウがサイフォンの中に上がってきたお湯をかき回しているところだった。

「あ、起こしちゃった? ホットだけど、克己さんもコーヒーいる?」
「うん」

 頷きながら着替える。
 実験器具のような見た目のサイフォン式コーヒーメーカーは、克己の家に入り浸るようになったコウが自分の部屋から持ってきたものだ。

「お腹空いたからなんかおやつ……あ、この前母さんが送ってくれたチョコ、まだ残ってなかったっけ」

 食器棚の下にかがみこもうとした克己に、上からもう一つカップを取り出そうとしたコウがつまづく。

「もう! 狭いんだよ、この部屋!」
「ごめん、ワンルームだから」

 一人でも狭いところに二人いるのだから仕方がない。チョコレートの箱を棚から引っ張り出して振り向くと、机の上では二つのカップが湯気を立てていた。
 暑い夏に、クーラーの効いた部屋で温かい飲み物を飲む。贅沢だ、と思いながらチョコレートを口に放り込むと、甘く口の中で溶けていく。
 一口コーヒーを飲んだコウが、「ううん」と腕を組んだ。

「克己さん、もうちょっと広い部屋に引っ越さない? どう考えても狭いよ」
「ええ……家賃高いじゃん」

 狭いことは認めるが、克己としては不便さは感じていない。それに去年の冬に全財産をはたいてコウに時計をプレゼントしたところに入院までしたから、金銭的にも余裕はあまりないのだ。

「でもさあ、ちょっと高めの部屋借りて二人で折半したほうが結局安くならない? 結局俺今ほとんど自分の家帰ってないし」
「え?」

 言われた意味が分からず克己がきょとんとしていると、「クロも広いベッドで寝たいよねえ」とコウが机の上にいるクロに話しかける。クロの左前脚を持ち上げ、「おっきなベッドで寝たいにゃ!」と裏声まで出してきた。

「ほら、クロも賛成だって」
「ううん……」
「コンロ増えたら料理のバリエーションも増えるよ」
「今だって狭いだけで別に問題は……」
「バストイレ別にすればお風呂とトイレのタイミング被っても困らないよ」
「引っ越し費用……」
「ペット可のところ探そうよ」

 そうか、今ならそういうこともできるのか。克己の動きが止まったのを好機と見たのか、すかさずコウが「オトモダチが欲しいにゃ!」と今度はルドに言わせてくる。

「じゃあ……うん、探す……探すだけね」

 何とも分かりやすく釣られてしまった自分が恥ずかしい。だが、一度意識してしまうと、わくわくしてくる気持ちは抑えられない。
 悔しいけれども、完全にコウの手のひらの上だ。

「言っとくけど……トキシックが借りられる部屋見つけるの、めちゃくちゃ大変だからね」

 更に同棲でペット可、となればさらにハードルは上がるだろう。せめてもの抵抗で睨むが、コウはにやにやと笑っているだけだ。

「克己さんの毒で死にかけるより大変なことなんて、そうないでしょ」
「それは……そうかも」

 薄々思ってはいたが、やはりチョコレートだけでは足りない。克己は腕を伸ばして冷蔵庫の上にストックしてある食パンを取り、トースターに突っ込んだ。
 動かなくても物が取れるのは、狭い部屋の唯一の利点だ。

「克己さん、そんなに食べるとまた太っちゃうよ」
「なっ」

 地味に気にしていたところを指摘され、克己はコウを睨みつけた。コウによって毒の産生量が抑えられた結果、前よりも代謝が落ちて体重が増え気味なのだ。

「し……幸せ太りなの! ほっといてよ!」
「個人的には今ぐらいの感じが柔らかくて好きなんだけど」

 机の下からコウが克己の脇腹をつまんでくる。身を捩った克己は、慌てて違う話題を探した。

「そ、そういえばコウさん、前に僕があげた時計どうした? 売った?」
「え、だから売らないって。俺時計とかすぐなくしちゃうし、傷つくのも嫌だから家に飾ってあるけど……つけてた方がよかった?」
「ううん」

 首を振った克己は、今度は食器棚から皿を出した。
 一瞬――一瞬だけ、あれを売れば引っ越し費用くらいにはなるのでは、と思ったのだが。

「なんでもない」

 トースターからパンが飛び出す。少し考えた克己は、二つに割いたパンの一つをコウに差し出したのだった。



【終】
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