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プレゼントは、交換するもの

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「克己さん、ちょっと待っててくれる?」

 映画館が見えてきたところで、不意にコウは立ち止まった。

「え、う……うん?」

 示されたソファに克己が腰を下ろすと、コウは早足で来た道を戻っていく。

(な、なんだ……トイレとか?)

 だが案内板の表示によるとトイレは反対方向にあるようだ。

(まあ、まだ時間はあるからいいけど……)

 映画館の前には、茶トラの猫のパネルが決めポーズをして立っていた。「わあ、ねこさんだ!」と舌ったらずな声が聞こえ、駆け寄った女の子が親に写真をせがんでいる。

「お待たせ、克己さん」

 振り向くと三十センチほどの紺色の包みを持ったコウが戻ってきていた。

「はい、プレゼント」
「……え?」

 押し付けられるままに受け取る。

「え、ちょ、ま、あ、代金……」
「いらないよ、てか俺が克己さんにあげたくて買ってきたの」
「あ、ありがと……?」

 腕の中にある、不織布の袋を見下ろす。中に入っているものはそんなに重くない、かつ柔らかいもののようだ。

「開けてもいい?」
「もちろん」

 克己がリボンを解き、袋の口を広げているうちにコウがソファの隣に腰を下ろす。中から出てきたのは、ハチワレの白黒猫の等身大ぬいぐるみだった。

「わ、わ……!」

 ぎゅ、と出てきた猫を抱きしめる。クロに負けず劣らずふわふわだ。

「下見……じゃねえや、さっき歩いてるときに見えて、克己さん好きそうだなあって。灰色のシマシマの方がいいかと思ったんだけど、ネコはこの柄しかなくて」
「う、ううん。猫は……どの模様も好きだし」

 首を振り、克己はぬいぐるみを撫でた。緑の目に薄い耳、ヒゲまであって結構リアルだ。

「ありがとう、その……すごく、嬉しい……」

 目頭が熱くなり、強く目を瞑る。やはりコウの言う通り泣き虫なのかもしれない。

「あっ、ていうか、僕もコウさんにプレゼント買ってるんだよ」

 瞬きを繰り返して涙を押し込んだ克己は、横に置いていたリュックの中を漁った。中から紙袋を取り出す。

「十二月十二日、誕生日でしょ? お店のプロフィールに書いてあったけど」

 克己が袋を差し出すと、「あっ」とコウが何とも渋い顔になった。

「ごめん……あれ全部嘘だよ」
「え、そうなの?」
「身長も体重も年齢も全部サバ読んでるに決まってるじゃん……」
「お、おお……」

 とはいえ、そうなんですかじゃあやめときます、というものでもない。行き場をなくした紙袋を見下ろしていると、伸びてきたコウの手が持ち手を掴んだ。

「いや……ごめん、変なこと言って。ありがとう。貰ってもいいかな」
「う、うん」

 ほっとしながら手を離す。なんせこれまでの貯金と今回のボーナスをほとんどつぎ込んだのだ、克己の元に残っても困る。

「これ……何? 時計? 開けていい?」

 相変わらず克己の返事を聞かずに袋の中に手を突っ込んだコウは、中の箱を開けて目を丸くした。

「そう、時計。借金返済の足しにはならないかもしれないけど、ちょっとしたお小遣い程度にはなると思うから」
「い、いや、売らないよ⁉ いや、でも克己さん……なん、ちょ……」
「……駄目だった?」

 克己がお金を持っていてももうどうしようもないから、できればコウに有効活用してほしかったのだが。やはり現金の方がよかっただろうか。それとも換金率だけ気にしてデザインを何も考えなかったのがいけなかっただろうか。

「そんな、まさか!」

 ぶんぶんと音がしそうなほど首を振ったコウが、箱の蓋を恐る恐る閉める。克己を見た表情は笑顔だったが、どこか作り物めいて見えた。

「あ、ありがとう克己さん……でも俺、ちょっと……こんな高価なの、着ける勇気ないから……箱の中に入れておいていいかな」
「う、うん。それはもう、コウさんの自由にしてくれていいから」

 克己が頷くと、若干ほっとしたようにコウは箱を紙袋の中にしまった。

(そんなに嬉しいわけでは、なさそうだな)

 飼い主にカエルやネズミをプレゼントした猫は、こんな気持ちなのかもしれない。喜んで欲しかっただけなのだが、あげない方が良かったのだろうか。
 貰ったばかりのぬいぐるみを抱え、出てきそうになったため息を飲みこむ。することなすこと空回りしている気がする。トキシックがどうこう言う前に、対人経験値が圧倒的に足りていないのだ。それなのにデートがしたいなんて、どうしてそんな――

「克己さん、そろそろ会場時刻だって」

 落ちていきそうな思考を遮られ、克己は顔を上げた。そうだ、今は落ち込んでいる場合ではない。

「……あ、もうそんな時間か」

 変なタイミングでプレゼント交換をしているうちに、結構時間が経ってしまっていたらしい。

「克己さん、ポップコーンとドリンク……あっ、パネルあるじゃん、写真撮ろ!」
「……うん」

 先ほど似たやり取りを見たな、と思いながら、猫のパネルに近寄る。ポケットからスマホを出したコウの横で、先ほど貰ったハチワレのぬいぐるみを構えた。

 カシャ、と音がする。マスクを外すのを忘れていたのでもう一枚。一瞬だけ見えた確認画面には、見慣れない表情をした自分が映っていた。
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