41 / 48
41 中天
しおりを挟む
修造が呆れてため息を吐くと、んふふ、と赫はその顔を面白がるように耳を回した。
「みんなで楽しく呑もうじゃないか、今日はぼくらのハレの日なんだから」
「お人よしめ」
笑いながら修造は、なみなみと酒の入ったお猪口を見つめたまま座り込んでいる権治の前に徳利を置いた。「ほら」と権治の前にお猪口を差し出す。
「仕方ねえ、これで手打ちにしてやるよ」
満月が中天にかかるころ、修造と赫の二人は宴席を辞した。
赫の後について縁側に出る。いつの間にか天気雨はやみ、ごけごけと蛙が喚いていた。湿って肌にまとわりつく空気の中、代わりに満月の周りをぐるりと囲むように、円く虹がかかっている。その下で月明かりに浮かぶ赫は神々しく、修造は今自分が本当に起きているのか自信が持てなくなった。
手を伸ばし、隣に立つ赫の手を握る。細く滑らかな手が、修造の手を握り返してきた。その温もりと力強さが、夢ではないということを修造に教えてくれる。
そのまま歩いて、少し離れた部屋に入った。後ろ手に障子を閉めると、宴会の声がひたりと消える。障子紙越しの光に、ぴたりとくっついて敷かれた二組の布団が浮かんでいた。
きゅん、と鳴いた赫が、修造に抱きついて鼻先を合わせてきた。とろりと瞳孔の開いた紅い目が、暗がりの中で燃えるように光っていた。
「んっ……」
互いの唇を合わせ、なだれ込むように布団に転がる。修造は貪るように舌を吸いながら、上に乗ってきた赫に腰を押し付けた。袴姿の赫を見たときから、早くこうしたくてたまらなかったのだ。もう宴席の途中からは、勃起しているのが参列者から分かりはしないか、先走りの汁が袴に染みを作ってはいないかとそればかりが気になっていた。
羽織を脱ぐのももどかしく、蹴り飛ばすようにして袴から足を抜く。その下はもうぐずぐずと濡れていた。同じようにじれったそうに角帯を解いた赫が、局部を尻尾で隠して修造に身を寄せてきた。
「あのね、修造、ぼくね……もっと、強くなりたい」
「いいぞ」
答えた修造は、赫の下で体から力を抜いた。一糸まとわぬ裸体を、無防備に晒す。
「頭からでも腹からでも、好きなところから食えよ」
「……えっ?」
赫になら、食べられてしまってもよかった。人生で一番幸せなこの日に、そういう形で赫と一つになるのも、悪くはなかった。強くなった赫は、きっとこの村を守ってくれるだろう。その姿を見られないのは残念だが、赫の力となって共にあれるのなら、それでもいいと思えた。
ここでもいい、と喉を示すと、ぶわっと赫の尻尾が広がった。耳が修造の方を向き、目が大きく見開かれる。
「な、何言ってんだ修造!」
「え?」
「どんなに強くなったって、そこに修造がいないんじゃ意味がないじゃないか!」
今度は修造が困惑する番だった。
「だって赫、強くなりたいって言っただろ。で、妖狐が強くなるためには人を食う必要があるんだろ? オレを食べたいってことじゃねえのか?」
「ああもう! 莫迦! 修造の莫迦! どうしてそうなるんだ! そんなわけないだろ!」
「な、なんだよ!」
ぼふぼふと尻尾で叩かれ、修造は悲鳴を上げた。意味が分からない。せっかくの雰囲気も台無しである。
「じゃあなんだってんだよ、もう」
不満を口にしながら体を起こすと、膝を突き合わせるようにして赫も修造の前に座った。
「分かれよもう! 何でここまできてそうなんだよ!」
「分かんねえよ! なんの話だよ!」
赫を睨みつけると、「うう」と赫は尻尾を体に巻き付けた。毛先をつまみ、困ったように修造と赤い爪の間で視線をさまよわせる。やがて観念したようにゆっくりと息を吸った。
「あ、あのね修造、化け狐ってのは……ええと、力が強くなると、尻尾が増えるんだ」
「へえ、そうなのか」
相槌を打つと、「うん……」と気まずそうに赫も頷いた。今では普通になってしまったが、確かに尻尾が二本になるまで赫は人の姿に化けられなかったようだったな、と修造は思い出した。猫又も尻尾が二本だと聞くし、化ける動物というものはそうなのかもしれない、と何となく納得する。
「……ん? でも赫、お前人を食ったりはしてないよな?」
修造は首を傾げた。冬から――赫の尻尾が二本に増えた時から、修造は赫と一緒に暮らしている。とはいえずっと見張っているわけではないから隠れて人を襲うこともできなくはないが、赫がそんなことをしているとは思えなかったし、近隣で人が消えているという話もない。
「んん……?」
床付近でふわふわと揺れる尻尾を見ながら、いつここまで本数が増えたのかを思い出す。
(えっと……二本になったのは、赫が撃たれた翌朝だ)
これは間違いがない。
(三本になったのは……いつだ?)
「みんなで楽しく呑もうじゃないか、今日はぼくらのハレの日なんだから」
「お人よしめ」
笑いながら修造は、なみなみと酒の入ったお猪口を見つめたまま座り込んでいる権治の前に徳利を置いた。「ほら」と権治の前にお猪口を差し出す。
「仕方ねえ、これで手打ちにしてやるよ」
満月が中天にかかるころ、修造と赫の二人は宴席を辞した。
赫の後について縁側に出る。いつの間にか天気雨はやみ、ごけごけと蛙が喚いていた。湿って肌にまとわりつく空気の中、代わりに満月の周りをぐるりと囲むように、円く虹がかかっている。その下で月明かりに浮かぶ赫は神々しく、修造は今自分が本当に起きているのか自信が持てなくなった。
手を伸ばし、隣に立つ赫の手を握る。細く滑らかな手が、修造の手を握り返してきた。その温もりと力強さが、夢ではないということを修造に教えてくれる。
そのまま歩いて、少し離れた部屋に入った。後ろ手に障子を閉めると、宴会の声がひたりと消える。障子紙越しの光に、ぴたりとくっついて敷かれた二組の布団が浮かんでいた。
きゅん、と鳴いた赫が、修造に抱きついて鼻先を合わせてきた。とろりと瞳孔の開いた紅い目が、暗がりの中で燃えるように光っていた。
「んっ……」
互いの唇を合わせ、なだれ込むように布団に転がる。修造は貪るように舌を吸いながら、上に乗ってきた赫に腰を押し付けた。袴姿の赫を見たときから、早くこうしたくてたまらなかったのだ。もう宴席の途中からは、勃起しているのが参列者から分かりはしないか、先走りの汁が袴に染みを作ってはいないかとそればかりが気になっていた。
羽織を脱ぐのももどかしく、蹴り飛ばすようにして袴から足を抜く。その下はもうぐずぐずと濡れていた。同じようにじれったそうに角帯を解いた赫が、局部を尻尾で隠して修造に身を寄せてきた。
「あのね、修造、ぼくね……もっと、強くなりたい」
「いいぞ」
答えた修造は、赫の下で体から力を抜いた。一糸まとわぬ裸体を、無防備に晒す。
「頭からでも腹からでも、好きなところから食えよ」
「……えっ?」
赫になら、食べられてしまってもよかった。人生で一番幸せなこの日に、そういう形で赫と一つになるのも、悪くはなかった。強くなった赫は、きっとこの村を守ってくれるだろう。その姿を見られないのは残念だが、赫の力となって共にあれるのなら、それでもいいと思えた。
ここでもいい、と喉を示すと、ぶわっと赫の尻尾が広がった。耳が修造の方を向き、目が大きく見開かれる。
「な、何言ってんだ修造!」
「え?」
「どんなに強くなったって、そこに修造がいないんじゃ意味がないじゃないか!」
今度は修造が困惑する番だった。
「だって赫、強くなりたいって言っただろ。で、妖狐が強くなるためには人を食う必要があるんだろ? オレを食べたいってことじゃねえのか?」
「ああもう! 莫迦! 修造の莫迦! どうしてそうなるんだ! そんなわけないだろ!」
「な、なんだよ!」
ぼふぼふと尻尾で叩かれ、修造は悲鳴を上げた。意味が分からない。せっかくの雰囲気も台無しである。
「じゃあなんだってんだよ、もう」
不満を口にしながら体を起こすと、膝を突き合わせるようにして赫も修造の前に座った。
「分かれよもう! 何でここまできてそうなんだよ!」
「分かんねえよ! なんの話だよ!」
赫を睨みつけると、「うう」と赫は尻尾を体に巻き付けた。毛先をつまみ、困ったように修造と赤い爪の間で視線をさまよわせる。やがて観念したようにゆっくりと息を吸った。
「あ、あのね修造、化け狐ってのは……ええと、力が強くなると、尻尾が増えるんだ」
「へえ、そうなのか」
相槌を打つと、「うん……」と気まずそうに赫も頷いた。今では普通になってしまったが、確かに尻尾が二本になるまで赫は人の姿に化けられなかったようだったな、と修造は思い出した。猫又も尻尾が二本だと聞くし、化ける動物というものはそうなのかもしれない、と何となく納得する。
「……ん? でも赫、お前人を食ったりはしてないよな?」
修造は首を傾げた。冬から――赫の尻尾が二本に増えた時から、修造は赫と一緒に暮らしている。とはいえずっと見張っているわけではないから隠れて人を襲うこともできなくはないが、赫がそんなことをしているとは思えなかったし、近隣で人が消えているという話もない。
「んん……?」
床付近でふわふわと揺れる尻尾を見ながら、いつここまで本数が増えたのかを思い出す。
(えっと……二本になったのは、赫が撃たれた翌朝だ)
これは間違いがない。
(三本になったのは……いつだ?)
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる