お山の狐は連れ添いたい

にっきょ

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33 山駆ける

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 撃てない、勝ち筋が見えないなどと日和ったことを言っている場合ではない。修造から家族を奪ったあの狐と同じだとしても、それ以下になるとしても行かなくてはならなかった。
 赫の毛皮を着て独り寝をするなんてごめんである。もう、赫のことは一人にしないと決めたのだ。

「は? 黒い狐ってなんだ?」
「すいません、襖は後で直します」

 状況の飲み込めていない貞宗を無視し、猟銃に弾を込めて準備する。

「そうか、出たか……」

 キセルを指に挟み込んだ宗二郎は、ふう、と紫煙を吐き出した。揺れた煙がゆっくりと炉端を上がっていくのを見上げる。
 家の外で、きょおお、と赫の叫ぶ声がこだました。

「……行ってこい、修造」
「はい」

 土間で目を丸くしているトヨに頭を下げ、家の外に出る。夕日は山の向こうに消えようとしていて、まるで山が燃え上がっているように浮き上がっていた。
 目を閉じて、耳を澄ます。赫を殴り、勝手に酒を飲み干したときから、どうにも自分が人間離れしてきているのには気づいていた。気味が悪いので考えないようにしていたが、今はそれがありがたい。
 ギャアオ、ギョオと威嚇し合う声は、山の中腹あたりから聞こえて来ている。黒く影になった山の中で、ちらちらと火の玉が点いては消えていた。

「おい、なん……何なんだよ、おい修造」

 振り向くと、裸足の貞宗が立っていた。

「親の敵を取ってくる。もし……」

 そこまで言って、修造は言葉を切った。もし、戻らなかったら。そんなことを言う必要はないだろう。

「もし……何だよ」
「いや。あ、襖戻しといてくれ」
「はあ⁉」

 修造は体を屈め、大きく跳び上がった。家の屋根を右足で踏み、田んぼを越えて着地する。そのまま山へ、一直線に駆け出した。
 赫が吠える方向へと近づくにつれ、木を踏む音や狐火の燃える音が聞こえてくる。風向きを気にしながら、修造は赫と黒狐がぎりぎり見えるところで足を止めた。
 展開は一方的だった。飛びかかる赫は前脚の一撃で跳ね飛ばされ、いいようにあしらわれている。飛ばした狐火も尻尾の一振りで消されてしまい、吠えられて飛び退ったところに噛みつかれていた。
 遊ばれている、と一目で分かった。
 よく動物の子が弱った獲物をおもちゃにして狩りの練習をすることがあるが、まさにそれだった。

(くそっ!)

 思わず踏み出した足が小枝を踏み、修造は慌てて身を屈めた。ここで見つかってしまっては元も子もない。
 気配と姿を隠しながら、射程内までじりじりと近づいていく。そのうちにあることに気がついた。渓流の――崖の方に、少しずつ二匹が移動していっているのだ。

(あ、あいつ「土地勘ならある」ってそういう意味かよ!)

 岩場に突き落とす気なのだろう。だが、到底うまくいくようには思えなかった。
 馬鹿狐め。叫び出したい気持ちを堪えながら、修造は山の中を進んだ。向かう先がわかっているのなら狙いやすい。赫と黒狐より山側、斜線の通る場所を選んで座り込み、筒先を木の枝に乗せて安定させる。

「……」

 やがて闇の中に、もつれ合いながら赤と黒の塊が近づいてくる。修造は細く息を吸った。二匹ともお互いのことしか見えていないようで、狙われていることには気づいていない。月もまだ昇らない中、この距離で普通は銃なんて使わない。そこに修造がいるなんて想像もしていないだろうし、たとえ気づかれても逃げる時間くらいあるはずだ。

(……落ち着け、大丈夫だ)

 照準器の向こうに、てらてらと光る黒い毛皮を見る。脳裏をかすめる子鹿の顔はあえて見ないようにして、引き金に指をかける。
 その瞬間、ぶわりと黒狐の身体が膨らんだ。真っ赤な口を開けて大きく飛んで――

 あの中に飲まれていった母と妹の姿と、核の姿が重なった。
 ばぁん、という音は、情けなく響いた。二匹の動きが止まる。

(しまっ……)

 反射的にボルトを引き、二発目を撃つ。手応えはない。

「修造!」

 慌てて三発目を撃った時に、二対の紅い目が修造を見た。居場所がばれたのだ。立ちあがり、自分に向かってくる黒い塊を狙って撃つが、ろくに狙いもせず焦りに任せて放つだけの弾が当たるはずがない。それに対し、黒い狐の方は明らかに銃を知った動きで、ひらりひらりと左右に動きながら距離を詰めてくる。その一跳びは十間以上もあり、あっという間に修造の眼の前に来ていた。
 迫る頭を狙った一撃は、修造の手元でかちんと金属音を鳴らしただけに終わった。

(嘘だろっ……!)
「あ、弾切れだ」

 嬉しそうな声がして、修造は土の上に押し倒されていた。喉を踏みつけられて息が詰まる。

「そんな腕前なのに、あいつを助けようと出張ってきたのかい? 健気だね」
「かはっ……」
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