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第二章  神代の剣~朴念仁の魔を断つ剣~

第五話  墜落

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 北西の空に黒い煙をひいていた物体は、小さな爆発を起こし、二つに割れたあと大きな爆発を起こした。
 
 煙をさらにひきつつ地上に落下していく。

 「やったの?」

 凜とした声が静かな森に響く。
 
 その声の主の隣には、大きな人影があった。

「いえ、恐らくは偽装でしょう。未だに強い気配を感じますので」

 身長にして並の成人男性の二倍近くはあるだろうか。

 濁り気のあるハスキー声で、大男が話す。
 
 その全身はつやのある黒い剛毛に覆われており、顔は犬……いや狼のそれだ。

 人狼ワー・ウルフ――――

 巨大な魔力と核になる生物によって生み出された人ならざる異種族だ。

「ふーん……じゃあ、そっちはアンタに任せるわ。依頼主から借りてきた奴らも連れて行きなさい」

 赤みを帯びた銀髪、その襟足だけを伸ばして紐で束ねたものを左手で弄りながら、少女は森の木々の陰に入って見えにくくなった飛行艇から視線を外した。

「ルナフィス様はどちらに?」

 人狼は、抱えていた大きな岩を地面に投げ捨てながら銀髪の少女を見る。

 小柄な少女だ。

 彼女が小柄に見えるのは、何も人狼が巨体を誇っているから相対的にというわけではない。

 人間の女性としても、小柄な方だと言えよう。

 人間共の用いている大きさを示す《単位》とやらを用いれば、確か一五〇セグ・メライ(センチメートル)といったところか。

 その小柄な銀髪の少女は、まだ幼さを残すその面影とは裏腹に、緋色の瞳を鋭く《アリオス》とかいう人間共の集落の方向に向けている。

 その腰元には、高速の刺突攻撃に有利な細身の剣を、銀細工の装飾が施された鞘に収めた状態で提げていた。

「私は、もう一度街の周辺を調べてみるわ……。兄様が消息を絶ったのはあの街の近くなんでしょう?」

「はい。ですが……恐らく御館様はすでに……」

「やられてしまったのね……兄様は最近、特に遊びが過ぎるようだったけど……まさか人間の娘に返り討ちに遭うなんて。それとも、あの民間船には武装した戦士団が一個中隊くらい乗っていたのかしら」

「わかりかねますが……それでも御館様ほどの魔力の持ち主を退けたのです。十分ご注意下さいますよう」

「ハイハイ……わかっているわ。そっちもあまり手を抜かないようにね、ディン。それなりに大きな気配があるんでしょう?」

 もはや興味がないように、銀髪の少女は、胡乱げな視線でディンと呼ばれた人狼に一瞥し、そのまま背を向けて、掌だけ振って町の方に歩き出している。





「はい、どうやら、手を抜く必要はないのかもしれませぬが……」

「一応念のため潰しておくに越したことはないんだろうけど、そっちは依頼の範囲外だから、まあ時間を掛けずに遊んでらっしゃい」




     ☆




 アリオス湖の南側に広がる広葉樹と針葉樹が混ざった森林地帯、その中でぽつりと円形状に森の絨毯がなくなり、草足の高い草原となっている場所へ、アテネ王国傭兵隊の飛空挺が軟着陸していた。

 着地した際の衝撃で、飛空挺の機体下部は若干ひしゃげているが、機体そのものは無事である。

 草原の草足が長く、僅かながらもクッションになってくれたこともあるが、理力エンジンの揚力機構を最大に稼働し、最終的に緊急用のパラシュートを使いつつ、機体を巧みに制御して軟着陸させたエルの操縦技術が彼らを救った。

「はあ……本気でヤバかった……」

 着陸直後、肺にたまった空気をはき出しつつ、エルは呟いた。

「やれやれ……だが助かった。さすがだなエル、よく踏ん張ってくれたぜ」

 ナスカは部下である女弓兵をねぎらいつつ、他の乗員二人の方を確認する。

 ダーンはすでに帯刀し、外に出ようとしていて、ホーチィニは何となくそそくさとシートベルトを外して、手荷物のある最後尾の座席へ移動し始めていた。

――やれやれ……ちょっと涙ぐんじまったの見られたくないんかね、アレ……まさか、チビっちゃいねえよな?

 取り敢えず全員の無事を確認し胸をなで下ろし、少しだけ口元を緩めたナスカだったが、頭の奥では、押さえようのない熱が膨らみつつあった。

――いけねぇな……まだキレるには早すぎだぜぇ。

 ゆっくりと鼻から息を吸って、たかぶるものを抑え込む……そのナスカにエルが身支度を調えながら、

「隊長、《ファルコン》はこうしようでしっかり修理しないと飛べないわ。推進用の液化理力ガスも、タンクごと切り離して囮の爆発に使っちゃったし……」

 敵の目を欺くつもりで、落下中に機体の主翼下部に備え付けられていた推進用の液化理力ガスタンクを切り離し空中で自爆させ、さらに煙幕を発生させたが、そのために再度の飛行は不可能になってしまった。

「ああ、仕方ねぇな。とにかく一度森の方に待避するぞ、さっきのは間違いなくオレたちを狙った攻撃だが、敵の規模や素性も何も解っちゃいねぇ。それから携帯通信機は?」

「大丈夫、使えるわ」

 エルは携帯型の理力通信機のベルトを肩に掛けつつ、操縦席脇に置いた身の丈の半分はある長いケースを手に取った。

「よし、あとで落ち着いたら飛空挺の回収を王宮に頼もう。おい、ダーン、様子はどうだ?」

「今のところ問題ない。墜落したと思っていてくれればありがたいが……」

 飛空挺をいち早く降りて、《理力器》により望遠機能や温度探査など、機能を強化した双眼鏡で周囲を索敵していたダーンが答える。

「ま、誤魔化せてないと考えた方が賢明かねぇ……それじゃあ降りるぞ。ダーンは先頭、エルとホーチは並んで中間、オレがしんがりだ。いつ敵に狙われるか解らんから気ィ抜くなよ」
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