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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第四十九話  剣と銃の二重奏1~高鳴る旋律~

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 正面に緋色の魔神が立ちふさがって、濃密な魔力を溢れさせていた。

 魔神の頭髪は赤紫のほのおに燃え、その全身の筋肉も魔力の熱で生まれた煙をくゆらせている。

 四つの《魔核》から生み出される魔力の凄まじさは、対峙する者に嫌悪とを強要するものだった。

 生理的にも本能的にも嫌悪と畏怖を抱かせる異形の魔人。

 そんな恐るべき敵に、正面切って攻め込もうとしている。

 蒼い髪の少女は、共に足並みを揃えて並び立つ男の気配をその肌に感じながら、妙な感慨を覚えていた。

 こうして圧倒的な魔力と悪意を放つ敵に対峙すると、ほんの一週間前、たった一人で強大な魔力を誇る吸血鬼を相手にした時のことを思い出す。

 あの夜、必死になって賭に近い戦術にすがりついて戦った。

 今ほど、魔力に対する認識はなかったが、漂ってくる悪意からの恐怖はあった。

 その恐怖に唇を噛んで耐えて、敵に対して虚勢を張っていたものだが――――今、この瞬間は全く違う。

 今、敵からの畏怖に対抗しているのは、信頼からくる自信だ。

 この男と一緒ならば、どんな相手であろうと負けることはない。

 全身を快感にも似た高揚感が駆け巡る。

 アテネ王国のアリオス湖付近の森で初めてともに戦った夜。

 ソルブライトとの契約後に神殿のそばで魔獣と戦った夕方。

 そして王立研究所の訓練場で一緒に戦闘訓練をこなしたこの数日。 

 その全てにおいて感じてきたのはこの高揚感だった。


――ダーンの息遣いやステップの符丁が……微かに感じる心臓の鼓動おとが、あたしの旋律おとと呼応して、あたしの全てを加速させる。


 全能感とも言える感覚が、絶対の自信になって、眼前に迫る畏怖を超越せんとしていた。


「いくよ、ダーン」

 すぐそばに立っていたダーンに身を寄せ、彼の胸板に軽くその肩を触れさせて、ステフは高ぶるままに相方に鼓舞するように告げる。

「ああ。そうだな、こうなりゃとことん付き合うよ」

 ダーンは短くこたえて、闘気を洗練させていく。

 彼もその身に筆舌にしがたい高揚感が駆け巡る感覚を覚えていた。

 一瞬前の、ステフ自身が最前線躍り出てきたことによる危惧はあっという間に霧散している。

『私のことも忘れないでいただきたいですね』

 悪態をつくソルブライト、だが、高ぶる二人の精神に挟まれることで、彼女の心もやはりたかぶっている。

 それに気がついて、二人は微かに笑いをこぼし――――次の瞬間には同時に岩床を蹴り出していた。




     ☆




 魔人が放つ無数の魔力球へと、全くちゆうちよすることなく駆け出した蒼髪の二人の姿を見て、その連携した動きにルナフィスは息をのんだ。

 その光景は、まるで戦場の喧噪を割って、二人で踊り舞うかの様だった。

 ダーンとステフはお互いに背中合わせで、反時計回りに回転しつつ魔人の方へ進んでいる。

 ダーンが光り輝く長剣で魔力球を切り裂き、切り裂いた直後の隙をステフがカバーして銃で迎撃し、後方から迫る砲撃をも左腕に展開した流体盾で弾く。

 ダーンもステフの背後に迫った魔力砲撃を長剣で弾くように防護し、あるいは左手からいつの間にやらマスターしていた光のサイキック《光爆砲レイ・ブラスト》を撃ち、離れた位置で砲撃のために魔力を充填中の魔力球を撃ち落とす。

 お互いに背中側を守り、攻撃の隙をカバーして、全方位への攻防を行いつつ魔人へと接近していった。

 そんななか、周囲の湖面が揺らいだかと思うと、湖水が勢いよく吹き上がり、魔人との戦場の周囲を囲むように水の壁を作り出した。

 《水神の姫君サラス》カレリアの仕業だが、魔人の退路を断つのが目的だろう。

 さらに、周囲の空気が澄んだ湿度を含んだように感じられる。

 これもカレリアが、敵の魔力球を少しでも減衰させるために、魔力を浄化する霧を発生させたのだ。

「凄いわ……コレはちょっと手出しできないかな」

 ダーンとステフの動きを見て、ルナフィスは呟く。

「うーん……確かに凄いね。いやぁ……あれだけ『たゆんたゆんっ』と揺れると、さすがに目がいってしまうヨ。あの絶妙な揺れはもはや戦場の奇跡だね」

 なにやらいやらしい声色で、ケーニッヒが「うんうん」と頷いている。
 
 それを聞いてゲンナリとしつつルナフィスも、ステフのとある部分に目がいってしまった。

 つい、「気がつかないようにしていたのにッ」という悪態が出そうになった。

 ステフは、ダーンの動きに合わせて、左腕の流体盾を振り払う動きで、迫る砲撃を弾き返したり、時折ダーンの背中に自分の背中を預ける形で、防御した際の衝撃を受けきるのに助けてもらったりしているが、回転しながら前に進んだり飛び跳ねたりと、随分激しく動いていた。

 体も腕も随分激しく動くわけだから、どうしても彼女の場合は揺れ動くのだ。

 そう――――たわわに育った胸の双丘が。

 それでも、《リンケージ》した防護服の中で、《神器》が作り出した肌着が理想的な立体を形成し、その柔肌を包み込み、あまりに大きく揺れすぎることで乳房を支える重要な筋などを傷つけることのないように、揺れを抑えているのだろうが……。

 そのせいか、下品にならない程度に揺れ幅を抑えられて、適度に人目を惹きつける様に調律されて揺れるのだ。


――ホントはもっと揺れを抑えられるのに、理想的な揺れ方をわざと見せつけているんじゃ……。あの《神器》のやりそうなことだけど……。


 ルナフィスはそんな風に邪推して、直後、自分の少し屈折した思考に自己嫌悪してしまう。

 実際には、その邪推はほぼ正解だったが……。

「って! そんなこと考えてる場合じゃないでしょーがッ」

 いろいろとモヤモヤとした感情を打ち払うかのように、ケーニッヒに向けて言い放つことで、ルナフィスはなんとか頭を切り換える。

 そんなルナフィスの剣幕におどけたふりをして、ケーニッヒは「あんまりに、『いいおっぱい』な気分だったから」などと前置きし、急に思案顔になって言葉を続けてくる。

「そうだね……こと戦闘コンビネーションについては、彼らは別格さ。基本的な波長が奇跡的に同調するんだ。もっとも、他のことに関してなら、まだまだ付け入る隙があると思うよ」

 金髪を柔らかく揺らして、ケーニッヒが笑いかけるように言ってくる。

 胸の話題でふざけた直後にすぐさま色恋沙汰でいじってくるあたり、この男も随分と太々しいが、思春期の少女をからかう大人の余裕を見せつけられているようで――事実そういうことなのだろうが――無性に腹の立つルナフィス。

 それでも、これ以上からかわれたくなくて平静を装い、ルナフィスは応じる。

「べっつに、付け入ろうとか考えてないし……っていうか、アンタはこんな時に戦闘以外のことあっちこっち考えてんじゃないわよ」

 ケーニッヒは、ルナフィスの緋色の瞳が苛立たしさと若干の羞恥が折り混ざっていることに苦笑したい気分を抑え、彼女の言葉に肩をすくめた。
 
「確かに、そんな場合でもないかな。とりあえず、二人のサポートに徹して、少しでも魔力球を墜とすとしようか。それと、ボクはこの後右側を狙うつもりだけどいいかな?」

 ケーニッヒの言葉に、ルナフィスはもう少し文句を言ってやりたいところを我慢し、彼の言う『右側』の意味を理解する。

「いいわ……じゃあ私は左ね。それまでは、今でもかなり頑張ってくれているあの……スレームだったっけ、彼女の攻撃に合わせるわ」

 レイピアを構え直し、ルナフィスは視線を後方に向ける。

 その視線の先には、銃と鞭を巧みに操って、敵の魔力球をいくつも撃ち落とし、さらに魔人本体にも牽制し続けるスレーム・リー・マクベインの姿があった。

 この場の戦闘で、スレームの攻撃がなければ、彼女たちはとっくに全滅していることだろう。

 自分たちが、攻撃の合間にこのような会話をする余裕が生まれたのは、スレームのおかげでもあった。

「了解だよルナフィス君。ところで、そのスレーム会長からさっきあった提案は、結局受けてもらえるのかな、こういう状況なワケだし」

 手近な魔力球をレイピアの剣圧で吹き飛ばしながら、ケーニッヒはルナフィスを見ないで尋ねる。

 その問いに、ルナフィスはやはりケーニッヒを見ないで、自分も魔力球をレイピアで突き崩しながら口元に笑みを浮かべた。

「ま、いいんじゃない。私もこれからの食いができることは歓迎よ。金払いは良さそうだし……って、なんでその話題をアンタが知ってんのよ?」

 彼女の『今後』について――――

 先ほど一人で温泉に入る前、脱衣所で汚れた服を脱ぎながらしたスレームとの会話を、外で見張りをしていたはずのケーニッヒが知っているのは非常に不自然だ。

 そのルナフィスの追及から逃れるように、ケーニッヒは凄まじい猛攻を周辺の魔力球に吹っ掛けつつ、魔人の右側へと足早に向かっていくのだった。

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