上 下
150 / 165
第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第四十五話  四連魔核共鳴励起

しおりを挟む

 彼らの眼前に、異形の魔人が対峙する。
 
 その姿は、元が女性の身体とは信じられないくらいに変形していた。

 複雑に絡み合うような形で隆起した全身の筋肉、しようをはき出すあぎとには発達した無数の牙、赤い髪は紫の炎に燃えて頭部から吹き上がっている。

 全身の皮膚はワインの様に紅く、むせ返るような《魔》の波動を放っていた。

 そのたいはゆうに三メライ(メートル)を超え、さながら緋色の魔人といったところだ。

「これはまた……悪趣味ここに極まれりってところだね」

 異形の魔人を見て、ケーニッヒ眉をひそめて言う。

「《魔核》が四つ? 連動しているのか」

 ダーンも眉をひそめつつ、感じる《魔》の気配と、先程リンザーが四本の魔法の矢を使ったことから推測する。

「しかし、妙だな」

 敵の第一撃を見極めようと体勢を整えつつ、ケーニッヒは疑問を言葉にした。

「なにがよ?」

 ステフのとなりから前に出てきたルナフィスが、ケーニッヒの言葉に問いかける。
 そのルナフィスの姿を流し目で見て、ケーニッヒが軽い口笛を吹いた。

「その服いいね……とても魅力的だよ。うんうん、惚れ直したよボク……」

「それはどうも……それが妙なコトなのかしら」

 半眼で呆れたような視線を投げつけ、少し低い声で言ってくるルナフィス。

 その耳の後ろあたりが思いっきり朱に染まっているのは、まあ、言及しないでおこうと微かに笑うダーン。

「つれないなぁ……。妙なのは、さっきの紅い宝玉のことさ。魔法の矢が四本出てくる時に、彼女の胸に埋もれていったヤツだよ。あれ、なんだったんだろうかね」

「確かに……感じる《魔》の気配は四つだ……ということは、他に何かあるのか? ……っと、来るぜ」

 ダーンの注意喚起の直後、緋色の魔人から凝縮されたエネルギーの束が放射された。




     ☆




 その放射されたエネルギーは、圧縮された魔力の塊だった。
 それが指向性を与えられて、衝撃波を伴って撃ち出されたのだ。

 敵からの初撃を警戒していたダーン達は難なくかわすが、その威力自体には驚愕した。

 当たればひとたまりもない威力である。

 ただし、今の攻撃でダーンには気がついたことがあった。

 敵の《魔》の波動、その流れのようなものである。

 それは、四つの《魔核》から放たれる《魔》の力が、胸部の一カ所に集積されて、増幅されているということ。

 リンザーの肉体が魔人化するとき、《魔核》を生み出す魔法の矢とは別に、緋色の宝玉がその胸元に埋没していった。
 《魔核》から生み出された《魔》の力は、今は魔人の肉体に埋もれて見えなくなっているあの宝玉に集積されているのだろう。

 そう考えてみても、やはり妙だった。

 胸部に埋まったあの宝玉が魔力を集積しているのはわかる。
 ならば、《魔核》と同じように、なんらかの《魔》の気配を感じてもいいはずなのだが、あの宝玉そのものは《魔核》のような《魔》の波動を感じない。


――考えていてもラチがあかないな。


 ダーンは長剣に莫大な闘気を洗練して送り込むと、はっきりとその存在が感知できる《魔核》、その一つに狙いを絞って、必殺の一撃を放とうと構える。

「まずは一つ目ッ」


 秘剣・崩魔蒼閃衝――――


 蒼い閃光が、轟音と共に緋色の魔人の右肩へと向かう。
 そこには、魔法の矢が創り出した《魔核》の一つがあった。



 ダーンの放った蒼い閃光は、音速をはるかに超越し、幾重にも重なった衝撃波を螺旋状に取り込みながら、集束し穿孔する破壊エネルギーとなって、魔人の周囲に張り巡らされていた防護結界を難なく貫くと、そのまま、右肩の《魔核》すらも貫いた。
 
 あたりに硬質のガラスを砕いたような音が響く。

「やったわ。相変わらず凄い威力。……さすが闘神剣の奥義ね」

 いつの間にか《リンケージ》して戦闘態勢を整えていたステフが歓喜する。

『あれは奥義ではありませんよ、ステフ。秘剣と呼ばれる技の一つです」

 ステフの歓喜に水を差すように、胸元のソルブライトが告げてくる。
 その言い方に、少しムッとしたステフは、少しぞんざいな物言いで応じる。

「呼び方なんてどうでもいいじゃない。秘剣だろうが奥義だろうが、必殺の技って意味では同じでしょ」

『いいえ。そういう意味ではなくて、秘剣とは別に奥義が存在します。あの程度の技を奥義とは呼べないという意味です』

「は? 秘剣なんていうからてっきり最強技だと思っていたけど……というか、あの程度って……」

 『あの程度』と評されるダーンの秘剣、その威力は、下手をすればステフの《衝撃銃》、その追加銃身の対艦狙撃砲の威力に匹敵するほどだ。

 それを『あの程度』とは────
 それでは、闘神剣の『奥義』とやらは、一体どれほどの威力があるというのか?

『闘神剣の奥義は、その太刀筋に超常を内包する剣です』

 ソルブライトの言葉に、ステフはハッとする。

「超常……それって」

 太刀筋に『超常』……ステフにとって、この言葉は無視できなかった。
 というよりも、その超常がどのような状態なのかに覚えがある。

『……どちらにしても、それほど喜んでもいられないようですよ』

 ソルブライトは言葉と共に、ステフに警戒をするよう念じてくる。

 その言葉を受け取るが早いか、ステフもこの戦いがそう易々と終わらないことを察し始めていた。




     ☆




 ダーンの放った一撃は、確実に《魔核》の一つを破壊していた。

 そのおかげで、一瞬といえど《魔》の気配が衰退したとその場の誰もが感じたのだが。

 《魔核》が砕かれた瞬間、一度は衰退した《魔》の気配が、一気に膨大で濃密なそれへと変わり、瞬時にして破壊された《魔核》が再生された。

「おいおい、洒落にならないぞ、コレ」

 ダーンは軽く舌打ちしながらうめいた。

 今のではっきりしたことがある。

 敵の《魔核》は四つだが、これらの内一つが破壊されても、他の《魔核》がその一個を再生してしまうのだ。

 そして、あたりにリンザーの嘲笑が響いた。

「《魔核》を砕くのがお得意のようだけどぉ? 今回はそうそう甘くはないのよぅ……色男さん」

 言葉と共に、緋色の魔人の後方、空にリンザーの姿が映し出される。
 どうやら、魔力を使った通信のようだ。

「もう気がついたと思うけどぉ、今回のは特別よン。いかにあんた達が《魔》を断つのが得意でも、そう易々とは倒せないからぁ。これぞ私の研究成果の一つ、《四連魔核共鳴励起》よン」

 得意満面と言った感じで話すリンザーは、妖艶な女性の身体と顔のままだ。
 背後に、建物の壁の様なものが映っているところを見ると、ここではないどこかにいるのだろう。

 つまり、この魔人化したリンザーも本体ではなかったようだ。


「四連魔核共鳴励起……大層な名前をつけてるけど、確かにコレはやつかいだね」

 ケーニッヒは言いつつ、少しだけ表情に焦りを浮かべていた。
 
 肉弾戦に切り替えて、こちらに豪腕を振るってきた緋色の魔人、その俊敏さにも舌打ちしたくなる。

 この四連の《魔核》は、お互いに共鳴して凄まじい魔力を生み出すと同時に、他の《魔核》を補修する性質があるようだ。

 だから、一つ一つの《魔核》をつぶせても、他の《魔核》から供給された魔力が破壊された《魔核》を再生し、元通りになってしまう。

 ということは、四つの《魔核》を同時に破壊しなければならないのだ。

 そこでネックとなるのが――――

 緋色の魔人が繰り出す攻撃と、巨体の割に信じられないくらいの俊敏な動き。

 ただでさえ魔人は防護結界を持っていてそれを貫くことが困難なのに、これではそもそも、技を命中させられるのだろうか。

 これ程の防護結界や《魔核》を撃ち抜くには、ダーンが放ったような絶対的威力を持つ一撃が必要だ。

 そういった威力を持つ技は、自分やルナフィスにも可能だし、ステフも対艦狙撃砲という奥の手がある。

 それなのに、ケーニッヒをして戦闘の継続を危ぶむ理由とは――――


――人数的には揃っているが……果たして当たるか?


 巨体なのに凄まじく早い動きをする魔人、その両肩と両膝に《魔核》が潜むが、肩も膝も大きく動く場所である。

 あの射撃の天才、ステフなら可能かもしれないが、四人全員が正確に狙いを定め、しかも同時に攻撃なんて、急増のパーティーでは不可能に近いだろう。 


 それにしても、これ程の魔力を同時に制御することは困難である事は間違いない。

 《魔核》とは、周囲の活力を取り込んで《魔》を生成するものだが、その制御は非常にデリケートだ。

 《魔核》は一つ一つに個性のようなものがある。

 それは《魔》の波動の波長が違うとも言えるが、波長の違うもの同士、上手くいけばその波動を増幅できるが、場合によっては波動の打ち消しが起こってしまうことがあるのだ。

 ダーンから聞いた話でケーニッヒも知るところだが、アテネでダーン達が戦ったカラスと馬の合成魔獣にしても、二つの《魔核》を用いて、合成魔獣を創りだしていた。

 だが、この合成が成功した魔獣にあっても、戦闘中に《魔核》が作動していたのは一つだった。

 それが今回は四つの《魔核》で、しかも四つとも稼働している。

 恐るべき高度な魔力制御である。

 ただ一つ、この特殊な《魔核》の共鳴は、《魔核》そのものの制御から生まれるものではないかもしれない。

 推測だが、それこそあの緋色の宝玉、今も魔人の胸に埋もれているであろうあの未確認な物体が、この高度な《魔核》制御を実現出来ているのではないか。

 レイピアで、襲いかかってくる魔神を迎撃しながら、ケーニッヒは推察を続けるが、それでもに落ちない。

 あの宝玉が《魔核》を制御しているとして、それでは何故その宝玉からの《魔》を感じないのか?

 《魔核》を制御しているなら、制御する側からも《魔》の波動を感じるはずなのに。


――いや。どちらかというと……もしかして、《魔》じゃないのか。


 ケーニッヒは魔神が現れてから感じていた違和感について、じっくりと思考を巡らせていく。

 敵が悪魔の女ということもあり、敵に対し《魔》の警戒を常にしてきたはずだが、その点が今回ネックになっているのではないか?

 悪魔だから《魔》を用いる。

 その先入観から、目の前の現実を曲解している可能性はないか? 

 あの紅い宝玉が、《魔》によって稼働するものでないとしたら――――

 
 緋色の魔人への考察を続けながらも、彼らの戦いはよりなっていく。

  
 
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女おじさん ~ちやほやされたいので異世界転移でカワイイ美少女になることにした~

Ell
ファンタジー
『おじさん』は、存在しているだけでこの世の中では色々と辛い目に遭うが、『美少女』ならば存在しているだけでちやほやされるに違いない! そう考えた『おじさん』は、とあるきっかけで金髪碧眼エルフ美少女になって異世界転移を果たす。 『おじさん』はただ、異世界で適当にちやほやされればよいのだ……そんな安易な考えのまま異世界転移した『おじさん』は、異世界の様々な人々と出会うが、これがまた変態ばかり?『蟻食い子爵』?『ドヘタのミレイ』? ええい『おじさん』はちやほやされたいのだーー!! 【他小説サイトにも投稿しております  小説家になろう  https://ncode.syosetu.com/n4631gm/  カクヨム  https://kakuyomu.jp/works/1177354054922215136  ノベルアップ+  https://novelup.plus/story/219430833】

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火・金曜日に更新を予定しています。

賢者から怪盗に転職しました

レオナール D
ファンタジー
異世界に召喚されて、勇者パーティーとして魔王討伐に成功した【賢者】黒野カゲヒコ。 魔王を討伐したら日本に返してもらえる約束だったが、帰還した勇者パーティーに告げられたのは国王からの理不尽な要求だった。 「もうこんな国のために働いてやる義理はない。俺は好きなようにやらせてもらう」 約束を破ろうとする国王に向かって、カゲヒコは真っ向から言い放った。 「俺は賢者をやめて、怪盗に転職する!」 賢者として魔法を極めた男は、魔法を駆使して神出鬼没で大胆不敵な怪盗へと生まれ変わる! 剣と魔法の世界を舞台に、今夜も稀代の大泥棒が財宝を求めて夜空を飛び回る! ※なろう、カクヨムにも投稿しています。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

クラスメイト達と共に異世界の樹海の中に転移しちまったが、どうやら俺はある事情によってハーレムを築かなければいけないらしい。

アスノミライ
ファンタジー
 気が付くと、目の前には見知らぬ光景が広がっていた。  クラスメイト達と修学旅行に向かうバスの中で、急激な眠気に襲われ、目覚めたらその先に広がっていたのは……異世界だったっ!?  周囲は危険なモンスターが跋扈する樹海の真っ只中。  ゲームのような異世界で、自らに宿った職業の能力を駆使して生き残れっ! ※以前に「ノクターンノベルス」の方で連載していましたが、とある事情によって投稿できなくなってしまったのでこちらに転載しました。 ※ノクターン仕様なので、半吸血鬼(デイウォーカー)などの変なルビ振り仕様になっています。 ※また、作者のスタイルとして感想は受け付けません。ご了承ください。

♡ちゅっぽんCITY♡

x頭金x
大衆娯楽
“旅人”が〈広い世界を見る〉ために訪れた【ちゅっぽんCITY】、そこにはちょっと不思議でエッチな人達が住んでいて、交流する度に”旅人”が下半身と共にちゅっぽんする物語です。 (今までに書いてきたショートショート を混ぜ合わせたりかき混ぜたり出したり入れたりくちゅくちゅしたりして作ってイキます)

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

最強な僕は最弱な彼女を守る事にしました。

八花十一
ファンタジー
危険も何もない世界、万が一のために世界に1つだけ戦闘養成学校があった。特殊な力を持つものや魔法が使えるもの、そういった子ども達が集められていた。そしてその学校始まって以来の天才、1000年に1人の逸材と謳われた1人の少年。ある少女との出会いの始まりで彼の世界は動き出す。

処理中です...