133 / 165
第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第二十八話 湧き上がる活力と少女の戸惑い
しおりを挟む「ん……はあぁ……」
湯けむりに少女の漏れ出した吐息が溶けていく。
結い上げた赤みを含む銀髪の一部が、うなじからはらりと垂れ下がり、乳白色の湯面に浮いていた。
少しぬるめの柔らかい泉質、微かに滑る感触はきっと美肌効果もあるだろう。
成り行きで浸かる事になった温泉だったが、少し得した気分に、銀髪の少女ルナフィスは微かに口元を綻ばせた。
「うーん……いい湯っていうのは、やはり素肌で感じるものだと昔のエロい……いや、エラい人が言っていたとボクは記憶している。ねえ、スレーム会長、ここはやはり水着は脱ぎ捨てて、是非生まれたままの姿でッ」
少し離れたところで耳障りな雑音。
金髪の優男が、アーク王国の二人に何やら熱弁ふるっている姿が、見たくもないのに視界に入る。
先程、『祝福の門』をくぐってすぐ、この天然温泉が視界に入り、金髪の優男ケーニッヒはやたら歓喜した。
妙にハイテンションになって、「温泉イベントはダーンだけの特権と悲観していた」だのとワケのわからない呟きを漏らしつつ、湯殿に一直線。
そのまま水着を脱ぐため、両手を腰にもっていったところで――――何故か上空から西瓜大の氷塊が彼の頭頂部に落下し、昏倒していた。
だがそれも束の間。
女性陣が水着着用のまま湯に浸かりだしたところで復活し、自分も水着着用のまま湯に入り、図々しく混浴状態に。
あまつさえ、未練がましく真っ裸での混浴を画策して、スレームやカレリアに交渉しているようだ。
「同じ湯に浸かっているという事実だけでも、貴方にとっては過ぎた幸福と言えるでしょう。まあ、私はやぶさかではありませんが……。あまりくどいと、今度は氷塊が頭の上ではなく、その水着の中に絶対零度状態で発生しますよ」
スレームはにこやかに笑いながら、一度カレリアの方に視線を移した後、ケーニッヒの腰元に冷たい視線を投げかける。
温かい湯の中というのに、妙に背筋が凍り付く思いで、無意識に全身を震わせたケーニッヒは、そろりとカレリアの方を覗うと――――
相変わらずの微笑を浮かべたまま、榛色の瞳は決して笑ってなどいなかった。
「ごめんなさい、調子に乗りすぎました」
怖ず怖ずとアーク王国の女性陣から離れる金髪優男。
しかしその結果、今度はルナフィスの方に近付く形となった。
――うわぁ……コッチ来たぁ。
ゲンナリとした気分で、取り敢えず何かされても対処できるよう構えるルナフィス。
「ちょっと……いくら何でもそんなに構えられるとショックだよ、ハハハハッ」
何もショックを受けていない感じで話しかけてくるケーニッヒに、ルナフィスは鋭い視線を投げかけて警戒する。
「……ここに来るまでに、アンタが私にしたコトを思えば、ホントはもっと警戒したいくらいよ」
「え? ボクが君にした事って? あの……なにか失礼があったっけ」
本気で困惑するような素振りのケーニッヒ、その態度にムッとするルナフィス。
「あのねぇ……競技中に、何回も偶然を装って私の胸やおしりに触ったり、耳に息吹きかけたりしたでしょうがッ」
「ああ。あれは親愛の証し、愛情表現の一種さ」
髪を掻き上げる仕草と共に、微かな笑みを浮かべたケーニッヒ。
その彼に対し、ルナフィスは口角を引きつらせながら睨め付ける。
「ふぅん? それで、偶然じゃなくてわざとだったというのは否定しないのね」
「あ……」
金髪の優男もヒクリと口角を引きつらせる。
またも暖かな温泉に浸かっているはずなのに冷や汗が滲む感覚を覚え、漏れ出した声が微かに震えてしまった。
「ダーンと決着をつける前に、まずはアンタを切り刻みたいわ」
「そのダーンとの決着についてですが……」
言葉を差し込んだスレームがルナフィスの方に向き直り、言葉を続ける。
「どうやら、この後すぐに実現しそうですよ」
「……なんで? どうしてそんな事がわかるのよ」
ここまでほとんど会話していないし、わざわざ離れて湯に浸かっていたというのに、スレームが自分に声をかけてきたことを意外に感じつつルナフィスは問い返す。
「いえ……こういった事のお約束みたいなものですよ。この温泉で少しほっこりとして、身体を休めてもらい万全な体調での真剣勝負というわけですね」
スレームは本来敵であるはずのルナフィスに全く気負った気配も無く、妖艶な笑みを口の端に浮かべたまま応じていた。
「万全ねぇ……。そう言えば、ダーン達は大丈夫なの? このまま不戦勝なんてオチは勘弁してもらいたいわ」
「ああ、彼らも大丈夫さ。まあ、確認したわけではないけど……ここの管理人、つまりは、《水神の姫君》は基本的には契約者の彼らに危害は加えないからね……悪戯や嫌がらせはするかもしれないけど」
ルナフィスの少し奇妙な危惧に、スレームではなくケーニッヒがさも知り合いの女性の様に語って答えてきた。
「……そんなコトなんで知った風に言えんのよ、アンタは。……まあいいわ。でもそういうことなら、私には危害を加えてもいいようなものだけど?」
ルナフィスは、軽薄な薄笑いを浮かべているケーニッヒを半目で睨め付けて言う。
「いや、それもナイだろうね。彼女たち精霊王はあまり積極的に争い事に荷担しない主義なのさ。……ああ、コレはダーンから聞いたから知っているんだけどね」
「ふーん。ま、どうでもいいけどね。ところで……話の度に少しずつコッチに近付いてくるの、止めてくれる」
「つれないなあ……。ところで――、この温泉、エルモと一緒の泉質だけど、美肌効果と疲労回復……あと、身体の邪気を払って活性化する効能があるんだけど……感想はどうだい?」
「そうね……一人目障りな金髪野郎がいなければこの上なく極上の湯ね……。ん、確かに活力の活性化を感じるけど……それならなんで?」
一人自問するような口調で言って、ルナフィスは湯の中から左手を出して目の前に掲げるような仕草をした。
少し力を込めたような手の内には、微かに湯気が立ち上っているが、特段の変化はない。
「どうかしたのかい?」
「え……なんでもないわよッ……」
ケーニッヒに問われて、まるで何かを慌てて隠すように、ルナフィスは湯面から出していた手を引っ込める。
――確かに体の奥から活力の沸き上がってくるのを感じるけど……まだ特訓の疲れが残ってるの?
自問しながらルナフィスは、乳白色に濁る湯の中でもう一度その手に魔力を灯そうとする。
だが――――
温まる心地よさに乗じるように身体の芯から闘気が沸き上がっていくのを感じつつ、魔力の灯らないその手を閉じたり開いたりして少女は戸惑うばかりだった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
そして、アドレーヌは眠る。
緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。
彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。
眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。
これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。
*あらすじ*
~第一篇~
かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。
それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。
そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。
~第二篇~
アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。
中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。
それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。
~第三篇~
かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。
『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。
愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。
~第四篇~
最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。
辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。
この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。
*
*2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。
*他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。
*毎週、火・金曜日に更新を予定しています。
賢者から怪盗に転職しました
レオナール D
ファンタジー
異世界に召喚されて、勇者パーティーとして魔王討伐に成功した【賢者】黒野カゲヒコ。
魔王を討伐したら日本に返してもらえる約束だったが、帰還した勇者パーティーに告げられたのは国王からの理不尽な要求だった。
「もうこんな国のために働いてやる義理はない。俺は好きなようにやらせてもらう」
約束を破ろうとする国王に向かって、カゲヒコは真っ向から言い放った。
「俺は賢者をやめて、怪盗に転職する!」
賢者として魔法を極めた男は、魔法を駆使して神出鬼没で大胆不敵な怪盗へと生まれ変わる!
剣と魔法の世界を舞台に、今夜も稀代の大泥棒が財宝を求めて夜空を飛び回る!
※なろう、カクヨムにも投稿しています。
放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
クラスメイト達と共に異世界の樹海の中に転移しちまったが、どうやら俺はある事情によってハーレムを築かなければいけないらしい。
アスノミライ
ファンタジー
気が付くと、目の前には見知らぬ光景が広がっていた。
クラスメイト達と修学旅行に向かうバスの中で、急激な眠気に襲われ、目覚めたらその先に広がっていたのは……異世界だったっ!?
周囲は危険なモンスターが跋扈する樹海の真っ只中。
ゲームのような異世界で、自らに宿った職業の能力を駆使して生き残れっ!
※以前に「ノクターンノベルス」の方で連載していましたが、とある事情によって投稿できなくなってしまったのでこちらに転載しました。
※ノクターン仕様なので、半吸血鬼(デイウォーカー)などの変なルビ振り仕様になっています。
※また、作者のスタイルとして感想は受け付けません。ご了承ください。
♡ちゅっぽんCITY♡
x頭金x
大衆娯楽
“旅人”が〈広い世界を見る〉ために訪れた【ちゅっぽんCITY】、そこにはちょっと不思議でエッチな人達が住んでいて、交流する度に”旅人”が下半身と共にちゅっぽんする物語です。
(今までに書いてきたショートショート を混ぜ合わせたりかき混ぜたり出したり入れたりくちゅくちゅしたりして作ってイキます)
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる