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第四章  ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~

第二十八話  湧き上がる活力と少女の戸惑い

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 「ん……はあぁ……」

 湯けむりに少女の漏れ出した吐息が溶けていく。

 結い上げた赤みを含む銀髪の一部が、うなじからはらりと垂れ下がり、乳白色の湯面に浮いていた。

 少しぬるめの柔らかい泉質、微かに滑る感触はきっと美肌効果もあるだろう。

 成り行きで浸かる事になった温泉だったが、少し得した気分に、銀髪の少女ルナフィスは微かに口元を綻ばせた。

「うーん……いい湯っていうのは、やはり素肌で感じるものだと昔のエロい……いや、エラい人が言っていたとボクは記憶している。ねえ、スレーム会長、ここはやはり水着は脱ぎ捨てて、是非生まれたままの姿でッ」

 少し離れたところで耳障りな雑音。

 金髪の優男が、アーク王国の二人に何やら熱弁ふるっている姿が、見たくもないのに視界に入る。

 先程、『祝福の門』をくぐってすぐ、この天然温泉が視界に入り、金髪の優男ケーニッヒはやたら歓喜した。

 妙にハイテンションになって、「温泉イベントはダーンだけの特権と悲観していた」だのとワケのわからない呟きを漏らしつつ、湯殿に一直線。

 そのまま水着を脱ぐため、両手を腰にもっていったところで――――何故か上空から西すい大の氷塊が彼の頭頂部に落下し、こんとうしていた。

 だがそれも束の間。

 女性陣が水着着用のまま湯に浸かりだしたところで復活し、自分も水着着用のまま湯に入り、図々しく混浴状態に。

 あまつさえ、未練がましく真っ裸での混浴を画策して、スレームやカレリアに交渉しているようだ。

「同じ湯に浸かっているという事実だけでも、貴方にとっては過ぎた幸福と言えるでしょう。まあ、私はやぶさかではありませんが……。あまりくどいと、今度は氷塊が頭の上ではなく、その水着の中に絶対零度状態で発生しますよ」

 スレームはにこやかに笑いながら、一度カレリアの方に視線を移した後、ケーニッヒの腰元に冷たい視線を投げかける。

 温かい湯の中というのに、妙に背筋が凍り付く思いで、無意識に全身を震わせたケーニッヒは、そろりとカレリアの方を覗うと――――

 相変わらずの微笑を浮かべたまま、はしばみ色の瞳は決して笑ってなどいなかった。

「ごめんなさい、調子に乗りすぎました」

 怖ず怖ずとアーク王国の女性陣から離れる金髪優男。

 しかしその結果、今度はルナフィスの方に近付く形となった。


――うわぁ……コッチ来たぁ。


 ゲンナリとした気分で、取り敢えず何かされても対処できるよう構えるルナフィス。

「ちょっと……いくら何でもそんなに構えられるとショックだよ、ハハハハッ」

 何もショックを受けていない感じで話しかけてくるケーニッヒに、ルナフィスは鋭い視線を投げかけて警戒する。

「……ここに来るまでに、アンタが私にしたコトを思えば、ホントはもっと警戒したいくらいよ」

「え? ボクが君にした事って? あの……なにか失礼があったっけ」

 本気で困惑するような素振りのケーニッヒ、その態度にムッとするルナフィス。

「あのねぇ……競技中に、何回も偶然を装って私の胸やおしりに触ったり、耳に息吹きかけたりしたでしょうがッ」

「ああ。あれは親愛の証し、愛情表現の一種さ」

 髪を掻き上げる仕草と共に、微かな笑みを浮かべたケーニッヒ。

 その彼に対し、ルナフィスは口角を引きつらせながら睨め付ける。

「ふぅん? それで、偶然じゃなくてわざとだったというのは否定しないのね」

「あ……」

 金髪の優男もヒクリと口角を引きつらせる。

 またも暖かな温泉に浸かっているはずなのに冷や汗が滲む感覚を覚え、漏れ出した声が微かに震えてしまった。

「ダーンと決着をつける前に、まずはアンタを切り刻みたいわ」

「そのダーンとの決着についてですが……」

 言葉を差し込んだスレームがルナフィスの方に向き直り、言葉を続ける。

「どうやら、この後すぐに実現しそうですよ」

「……なんで? どうしてそんな事がわかるのよ」

 ここまでほとんど会話していないし、わざわざ離れて湯に浸かっていたというのに、スレームが自分に声をかけてきたことを意外に感じつつルナフィスは問い返す。

「いえ……こういった事のお約束みたいなものですよ。この温泉で少しほっこりとして、身体を休めてもらい万全な体調での真剣勝負というわけですね」

 スレームは本来敵であるはずのルナフィスに全く気負った気配も無く、妖艶な笑みを口の端に浮かべたまま応じていた。

「万全ねぇ……。そう言えば、ダーン達は大丈夫なの? このまま不戦勝なんてオチは勘弁してもらいたいわ」

「ああ、彼らも大丈夫さ。まあ、確認したわけではないけど……ここの管理人、つまりは、《水神の姫君サラス》は基本的には契約者の彼らに危害は加えないからね……悪戯や嫌がらせはするかもしれないけど」

 ルナフィスの少し奇妙な危惧に、スレームではなくケーニッヒがさも知り合いの女性の様に語って答えてきた。

「……そんなコトなんで知った風に言えんのよ、アンタは。……まあいいわ。でもそういうことなら、私には危害を加えてもいいようなものだけど?」
 
 ルナフィスは、軽薄な薄笑いを浮かべているケーニッヒを半目でめ付けて言う。

「いや、それもナイだろうね。彼女たち精霊王はあまり積極的に争い事に荷担しない主義なのさ。……ああ、コレはダーンから聞いたから知っているんだけどね」

「ふーん。ま、どうでもいいけどね。ところで……話のたびに少しずつコッチに近付いてくるの、めてくれる」

「つれないなあ……。ところで――、この温泉、エルモと一緒の泉質だけど、美肌効果と疲労回復……あと、身体の邪気を払って活性化する効能があるんだけど……感想はどうだい?」

「そうね……一人ざわりな金髪野郎がいなければこの上なく極上の湯ね……。ん、確かに活力の活性化を感じるけど……それならなんで?」

 一人自問するような口調で言って、ルナフィスは湯の中から左手を出して目の前に掲げるような仕草をした。

 少し力を込めたような手の内には、微かに湯気が立ち上っているが、特段の変化はない。


「どうかしたのかい?」

「え……なんでもないわよッ……」

 ケーニッヒに問われて、まるで何かを慌てて隠すように、ルナフィスは湯面から出していた手を引っ込める。


――確かに体の奥から活力マナの沸き上がってくるのを感じるけど……まだ特訓の疲れが残ってるの?


 自問しながらルナフィスは、乳白色に濁る湯の中でもう一度その手に魔力を灯そうとする。

 だが――――

 温まる心地よさに乗じるように身体の芯から闘気が沸き上がっていくのを感じつつ、魔力の灯らないその手を閉じたり開いたりして少女は戸惑うばかりだった。



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