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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第十八話 王女二人の午後
しおりを挟むダーンとステフが王立科学研究所エルモ支部に来て三日が過ぎた。
ダーンは、研究所の臨時職員にしてアーク王家の客人剣士ケーニッヒと、ここのところ毎日剣の稽古をしている。
そして剣の稽古のあとは、疲れた身体を休める間もなく、不機嫌に口をとがらせたステフの相手をして、研究所の動体標的相手に、一緒に戦闘訓練をしているようだが……。
ステフの方は、新しい武器《白き装飾銃》の扱いにも慣れてきたようで、さらに《リンケージ》状態での戦闘訓練もこなしはじめていた。
訓練の際、動体標的の人像標的に、長い金髪のウイッグを被せては、気晴らしに蜂の巣にしているようだが、まあ、そのくらいはご愛敬というものだろう。
そして、彼らは研究所内にある研究員用宿舎の空き部屋をそれぞれ用意されて、そこで寝泊まりをしている。
宿舎は、男女別々のフロアーにあり、お互い異性は進入禁止エリアになっていた。
それが好都合とばかりに、ステフとカレリアは彼女たちの専用の宿舎に寝泊まりしていることをダーンには黙っているのだが……。
王家専用の特別室――――
入り口は厳重な機械警備が設備され、暗証番号と生体認証をクリアしなければ、三つある扉のうち一つ目の扉すら開かない。
その王家専用の宿舎のうち、カレリアの自室では、執務を早めに切り上げた部屋の主がソファーに座って、自ら淹れた紅茶を楽しんでいた。
時刻は午後三時を回って、優雅なティータイムといったところだ。
水を厳選し、その水にあった茶葉と温度を選定し、絶妙な抽出をした至高の一杯。
その出来に我ながら満足しているカレリアは、目の前の一枚の調査報告書を眺めていた。
その報告書には、蒼髪の剣士ダーンの身体的データが活字印刷されており、さらに調査内容が手書きされている。
報告者の名は、ケーニッヒ・ミューゼルとあった。
その報告書には、予め書きやすいように横欄の点線がひかれているのだが、その横欄を完全に無視し、極太の黒インキペンで斜めに記載されたのは一言――――
『マーベラス!』
「…………ふぅ……」
記載者の輝かんばかりの笑顔がその書面から浮き出ているかのようで、カレリアは気怠い溜め息を吐いてしまった。
恐らくは、古代アルゼティルス文明の言語の一つであろうが、イマイチ訳のわからない単語が一つ書かれていた。
ただし、それだけでカレリアは満足だった。
調査内容には、姉の護衛や相方として不適格であったのなら、その内容を記載するよう言ってあったのだが、そういったネガティブな事は書かれていない。
つまり、彼は姉の相手として全く遜色ないということなのだ。
だが――――
「お姉様はどうするつもりなのかしら……」
気がかりなことはその一言に集約する。
姉の立場と蒼髪の剣士の立場――――
相手は、同盟国とはいえ他国の傭兵だ。
しかも、アテネ王家直系の貴族に養子という立場。
単純に「恋しちゃいました」では、なかなか許されない恋路だろうに……。
まして、あの父がそう簡単に認めるわけがなく、きっと独特の中低音で「まずは俺を倒してからにしてもらおうか、少年……」と軽く見下すような素振りで、派手に一戦交えるに決まっている。
まあ、そんなことよりも当人同士のことの方が問題か……。
姉はまだ、自分の本当の身分や実名を彼に告げていない。
まさか、家族やスレームなどの親しい者達しか呼ばない『愛称』で自分を呼ばせていたことには驚きだったが、彼は気がついていないだろうし……。
そう考えて、三日前ここに来たときに、ダーンとの会話を思い出し、考え直し可笑しくなって笑い出す。
――なかなか……ああ見えて鋭い朴念仁さんでしたね。そうですわね、私も彼の評価は『合格』です。お父様には、私からもお願いしてあげましょう。
アーク王国第二王女、カレリア・ルーク・オン・アークはクスクスと笑って、調査報告書にサインをした。
そして、再び真剣な面持ちで、今度は壁に掛かった一人の女性の肖像画に向き合う。
「さて、あとは王女としてではなくもう一方の立場として、あの二人を判定しなくてはなりませんね」
一人言のように言い、さらに肖像画に軽く微笑んでみせると、カレリアは「大丈夫ですよ、お母様。もう、ほとんど結論が出てますから」と付け加えるのだった。
☆
構えた《白き装飾銃》の銃口の先、こちらの神経を逆撫でするような動体標的が、あからさまに挑発してくる。
青筋をこめかみに浮かべつつ、蒼い髪の少女は引き金を引いた。
高速螺旋収束する衝撃エネルギーは、独特の轟音を伴い蒼い閃光となって標的に向かうが、着弾寸前に標的に躱されて、その奥の特殊なエネルギー吸収バックヤードに吸い込まれていく。
衝撃エネルギーが消失する乾いた音に混じって、胴体標的の方からけたたましい合成音声が少女を挑発し始めた。
『外れだね……また外しちゃったよ! ケケケッ』
動体標的はデフォルメされた人像だった。
それは、奇妙なことに音声が出る仕組みで、さらに表情まで変える仕組みだ。
金髪のウイッグを被せたその動体標的は、今日のお昼過ぎに研究所の臨時職員、ケーニッヒ・ミューゼルが独自に開発し、ステフに試させているものだが……。
これが妙にすばしっこく、こちらの射撃タイミングを読んで変則的な動きをするのだ。
――――「今までのものよりも、はるかに実戦的な動体標的だから、打ち落とせたら大したものだよ。そうだ、もし撃破したら、ご褒美に彼との甘い一時を提供しようじゃないか」
金髪ロン毛の優男が言い残していった、その言葉に、ステフは「べ、別にそんなご褒美なんか気にならないけど、あたしが撃破できない動体標的って言うのが気になるのよね」と応じて、その挑戦を買ったのだが……。
開始して既に三時間……エネルギーカートリッジ二個以上を消費して、ただの一度も撃破ならず。
頭頂部から湯気が出そうなほど激昂して、七連射してみたがかすりもしなかった。
『そろそろ、諦めてはいかがです? あのふざけた動体標的よりも、奥のエネルギー吸収バックヤードの方がそろそろ限界で、もうじき壁に大穴が空きますよ』
胸元の宝玉、ソルブライトが呆れた声で言ってくる。
確かに、《衝撃銃》の光弾を多層理力フィールドで吸収する特殊なバックヤードだったが、こうも何発も連続で強化された《白き装飾銃》の光弾を受けていれば、流石に限界があるだろう。
「わかっているわよッ! もう、なんで当たらないのよッ」
もう一発撃ってみたが、やはりすんでの所で躱される。
そして、人を小馬鹿にしたような表情をして、ヤジを飛ばしてくるけったいな動体標的。
「ぐぬぬぬぬ……」
『ムキにならないでください……いいですか、あなたが冷静さを欠いてくることを狙って、あの標的は……って、やっぱ聞いていませんね……」
諦めたようなソルブライトの声、その宝玉を力一杯握りしめたステフは、やけっぱちに叫ぶ。
――――《リンケージ》!
瞬間、美しい裸体を晒したあと、白い防護服に身を包んだステフは、再度《白き装飾銃》を構えて、さらに覚えたてのサイキックを発動した。
《予知》
狙った対象の一瞬未来を予見し、捉えるサイキックだ。しかしながら…………
「ちょっとぉ! どうして視えないのよ?」
ステフの視界に、動体標的の未来の動きは視えなかった。
『はあ……当たり前です。相手はこちらの攻撃に各種センサーで反応し回避するようプログラムされた物体ですよ。そこに何か意志のようなものがあるわけないのですから、その動きを予見するなど不可能ですよ……』
深い溜め息と共に、ソルブライトが解説してくると、羞恥心をミックスした憤りが沸々と少女に湧いてくる。
「絶対に墜とす……あの金髪優男ッ……泥棒猫の男板!」
低く怨念を込めて言ったステフは、手にした《白き装飾銃》の後部にある撃鉄に親指をかけた。
『何をワケのわからないことを……って、コラコラ……その撃鉄を起こしたら……バカ、止めなさいステフ壁に穴が……ああッ』
ソルブライトの悲鳴にも似た制止もむなしく、チャージ・ショット――――通称『ブラスター・ショット』の蒼い閃光が、轟音と共に動体標的ごと施設の一部を崩壊させるのだった。
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