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第四章 ざわめく水面~朴念仁と二人の少女~
第十六話 魔法剣士
しおりを挟むケーニッヒ・ミューゼルと名乗った奇妙な男に連れられて、ダーンは研究所の廊下から鉄製の扉をくぐり、螺旋状の裸階段を下っていく。
下の方からは生暖かい風が吹き上がってきて、階段の隙間から見下ろす景色はぼんやりと乳白色に霞んでいる。
「なんだ? ここは……」
ダーンの疑問に、ケーニッヒは振り返ることなく応じる。
「ここはね、地下の竜脈に繋がる階段さ……。この研究所が理力科学技術を研究する上で、竜脈……ああ、君たちは地脈と言うんだったかな、とにかく惑星の活力が対流している場所を選んで作られている。ここは、その活力の対流層に向かって下っている場所なのさ」
まるで野に咲いている草花を説明するかのように、気軽に言葉を紡ぐケーニッヒ。
だが、惑星の活力が対流する場所なんかに生身で潜るなど、マグマに飛び込むようなものだ。
「なあ、たしか特殊な鍛錬場があるっていう話じゃなかったか? このまま下っていけば……」
「心配無用さ。そんな深いところまで行く気はないし、この階段も途中で止まっている。さらに、活力層なんて、何カリメライ(キロメートル)も下だよ。ここを下っていくのはね、特殊な鍛錬場を築くのに都合がいいからさ……こんな風にね」
ケーニッヒの言い回しの途中、ダーンは《具象結界》のことに思いあたり、一瞬警戒を強めたが後の祭りだった。
目の前の景色が、現実味のない虚無の世界へと変質する。
そして、変質した世界の中に漂うのは術者が抱く心象の残滓――――だが、今回はちょっと異質だった。
「って、これはまさか……魔法なのか」
その時ダーンが感じたのは、《魔核》などが放つ《魔》の波動に近かった。
ただし、《魔》の波動特有の禍々しさが感じられないが……。
「うん、どうやら気がついたね。そのとおり、コレは魔法さダーン。それも古代の神々の霊に働きかけて発動したものだ」
「ということは、アンタは異界に関係が……」
「ないよ。ボクは異界の神々とは何の契約もしていない。言ったろ、古代の神々って」
「何なんだ、その古代の神々って」
「そうだね、全てを説明するには時間が足りないしまだまだ研究途中なんだが、この宇宙が生まれる以前に存在していた神様達さ」
ケーニッヒは螺旋階段から、具象結界で新たに生み出された大地に降りていく。
ダーンもそれにならって、階段の途中から具象結界で生み出された虚実の大地を踏みしめる。
ある程度階段から離れたところで、ケーニッヒは停止し、ダーンを振り返ると言葉を続けた。
「彼らはこの宇宙の発生と同時に半ば消滅したが、いくつかの強力な神霊達は完全に消滅したのではなく宇宙の深淵に眠っている。その彼らに交信して、この世界の活力を利用し変質させて超常を発生させるのが、ボクの使う古代神魔法だよ」
魔法の定義とは――――
魔竜戦争時代から、世界各国の研究者達が魔法を研究してきたが、魔法とは《活力》を変質させる術式を用いて異界の神に働きかけ、その結果超常を引き起こすものと定義している。
魔力とは、《活力》が変質したものであり、変質した《活力》は生命体に悪影響を及ぼす。
故に、《魔》の波動といったものには嫌悪感を覚えるし、魔力を扱うものは、生命体としても悪い方に変質していくのだ。
その悪影響は様々で、身体そのものが変質するものもいれば、精神を犯されるものもいる。
「俺の感覚では、魔法とは邪法であって、《魔》に取り込まれて蝕まれていくから人が手を染めてはならないという認識なんだが」
ダーンの言葉に、軽く笑ってケーニッヒは首を横に振る。
「それは偏見が過ぎるねダーン。確かに、異界の神……いや、《魔神》と呼ぶべきかな……魔竜人達が契約した魔神の力は、《活力》を悪性の力に変質させる特性があった。だが、魔法と言っても全てが悪性というわけじゃないんだ。君だって、今ボクが使っている古代神魔法の波動に不快感を抱かないだろう?」
「それは……確かに」
ダーンが感じているのは、魔法が発動した時に感じる波動であって、以前あのグレモリーという女が魔法を発動させたときに感じた『悪意』や『嫌悪感』は、今この場では感じていない。
「魔法とは、契約した力ある存在に《活力》を変換してもらって超常を引き起こすものだ。それは、人々が日常で使っている《理力器》と似ているのさ。要は、《理力器》の代わりが契約した存在と考えればいい。まあ、《理力器》を扱うほど簡単ではないけどね」
「そういう考え方もできるのか? いや、正直俺には上手く理解しがたいけど、それで、ケーニッヒが俺をここに連れてきたのは魔法に関する解説のためか」
ダーンの問いかけにケーニッヒは首を横に振り、
「もちろん、魔法云々はタダの前振りさ……。ボクは少々特殊な戦い方をするから、予め断っておこうと思っただけだよ。固有時間加速にしても、古代神魔法を応用しているんだ。サイキックでやるより、術者の負担はとても少ないから、便利なんだよ。そして、君が《剣士》なら、ボクのスタイルは《魔法剣士》ということになるかな」
「初めて聞くクラスだな」
「だろうね。もっとも、『異界』と呼ばれている世界では、わりとありふれたクラスらしいけどね。さて、今回ボクがご用意した具象結界は、鍛錬にぴったりの設定だ。『非殺傷』、つまりはここで戦闘しても怪我をしない。便利だろう?」
そう言って、ケーニッヒは愛嬌よく片目を瞑ってくる。
若干、気怠いいらつきを覚えるダーンは、不機嫌を織り交ぜたような声で、
「無茶クチャな設定だな……他には?」
「特にないよ。肉体が物理的なダメージを受けないだけで、実は痛みや疲労、精神の疲弊はあるし、さらに言うと、肉体ダメージは精神的なダメージに変換される。だから、攻撃を受け過ぎると気絶したりするんだ」
「なるほど……。それで、アンタはいつまでけったいな姿をしてるんだ? いい加減、どんな顔してるのか知りたいな」
ケーニッヒの赤い鼻を指さし、ダーンが言い放つが、ケーニッヒは軽く肩を竦ませるだけで、にこやかに子供をあやすような声で応じてくる。
「それは、君がボクをその気にさせたらご覧にいれようじゃないか。ちょっとくらい嫌がらせしないと、君は本気で戦ってくれなさそうなんでね」
――嫌がらせの自覚はあるのか……。
そう思いつつダーンは、目の前の道化師の男を注意深く観察し、その実力の程を推察する。
しかし――――
「正直、本気でやっても勝てるかわからないな。アンタの実力はその特殊なクラスのせいか、全く見当がつかない」
「いいね……そういうことがわかるのって大事だよダーン。ご褒美に、一番初めに気絶したときにボクの熱いベーゼを捧げようじゃないか」
甘く囁くように語りかけるケーニッヒは、鞘からレイピアを抜き放つ。
瞬間、彼の回りの空気が硬質化した気がした。
「俺にそういう趣味はない……」
無性に殴りたくなるような気分で、ダーンも抜剣する。
「そうか! ボクが君を愛の虜にしてしまったら、彼女が悲しんでしまうね。……いや、略奪愛っていうのも燃えるか……。でも、それは彼女の目の前で奪わなければ意味がないな。よし、コレはあとのお楽しみに取っておこう。ということで、まずは一戦目、いくよ」
その言葉を合図に、魔法剣士ケーニッヒのレイピアが、無数の銀閃となってダーンに迫ってくるのだった。
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