Blackheart

高塚イツキ

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偽りの絆

第2話

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 ベアにつづいて城館に入った。薄暗い広間に木槌の音が鳴り響いている。下男が数人、長い板に卓の脚をはめ込んでいる。晩餐用の長卓をこしらえている。
 自分もここで食うのだろうか。まさか。
 ベアがイーフに言った。
「支度が終わるまで応接室にいらしてください。酒も用意いたしました」
「いや、ここでいい。働く者を見るのが好きだ」
 黙って眺めている。カイも黙っていた。あらためて広間を見まわす。剥き出しの梁に格子の天井。鉄のシャンデリアをのぞけばアデルの屋敷とたいして変わらない。伯や王の住まいも似たようなものなのかもしれない。
 下男が卓の脚を組み立て終えた。山形に広がる脚が二本、幕板の両側にくっついている。広間の真ん中に二つ据える。仕事を終えると回廊の下の戸口にぞろぞろと消えた。
 戻ってきた。四人で長い天板を運んでいる。下女が二人あとにつづく。一人はたたんだ布を抱えている。
 下男が脚に天板を乗せた。雑巾でせわしなく拭く。拭き終わると下女が天板に布を置いた。広げる。二人がかりで掛け布をかける。丁寧にしわを伸ばす。退屈してきた。腹が減った。
 下男が長椅子を運んできた。長手側に二つ据える。あとから二人が立派な座椅子を抱えてやってきた。上座に慎重に下ろす。下女が戻ってきた。また布を抱えている。長椅子に置いた。小さな布が積み重なっている。なにに使うのだろう。
 イーフは掛け布に顔を近づけてふっと吹いた。塵ひとつ落ちていないのに。
 二階の戸口から女が姿を見せた。アデルだ。回廊を渡って階段を下りる。銀の燭台を三つ、危なっかしく抱えている。髪を下ろして女の格好をしている。
 難しい顔で上座のほうに据える。もう一つを中ほどに置く。もう一つは下座。
 顔を上げた。目が合った。カイは思わず目を伏せた。アデルは侍女をつづけている。下女の仕事もする。ロベールとは毎晩礼拝堂でやっている。夜中小便に起きるとあえぎ声が聞こえてくる。ロベールは楽しそうだった。日に日に冒険者たちと似てきた。一緒に兵舎で暮らして飲み食いしているからだろう。城館には近寄らない。ついでに魔物狩りにも出ない。
 アデルはなにも変わっていないように見える。腹も痩せたままだ。
 ベアと伯に頭を下げた。カイに目を向けた。怒っている。今度はしっかりと見据える。ひとつも怖くない。下がりかけるとベアが声をかけた。応接室からブドウ酒と杯を持ってきて。
 下男が柱に巻いた鎖を解いている。鎖は天井の滑車に向かって延びている。滑車から錬鉄のシャンデリアにつながっている。男二人が鎖をつかんでゆっくりとたぐる。シャンデリアが下りていく。別の下男が縁をつかんで引き寄せる。がしゃんと床に置いた。
 下女が木箱から蝋燭を取り出す。シャンデリアに刺す。燃えさしで火を灯す。燭台にも刺す。カイはあくびを噛み殺した。いつまで眺めているつもりだ。
 イーフが外套の下で腕を組んだ。
「聖女の件だが。坊主たちはがんばっている。書を記し、冊子をばらまき、さまざまな噂を流している。あなたは聖霊の力により奇跡を起こすのだそうだ。傷を癒やし病を治す。そのうち巡礼者がやってくるのではないかな」
「なんとか癒やしてみせましょう」
「宮廷の詩人によると、聖女は十七でなければならないのだそうだ」
「なぜでしょうか」
 イーフは目を向けた。ゆっくりと眉を持ち上げた。
「さあ、なぜだろう。もちろん男と寝たこともない。どうにかごまかせるだろう。見たいものを見るのが民というものだからな」
 アデルが下女を連れて戻ってきた。革張りのブドウ酒入れを持っている。下女がベアとイーフに杯を渡す。イーフはがぶがぶと飲んだ。主人は口をつけただけだった。アデルがブドウ酒入れの置き場所を探している。イーフは床に置けと言った。カイとは目を合わさずに下がった。
 下男が二人、音頭を取りながら鎖を引く。シャンデリアが揺れながら持ち上がっていく。
 下女が箒で床を掃く。別の下女が香草をまく。窓に風よけの布を貼る。ベアは考え込むように眉根を寄せている。
 イーフにささやいた。
「わたしは十七に見えますか」
「見えない。そろそろすわろう。今日は疲れた」
「お着替えは」
「このままでいい。冒険譚に箔がつく」
 汚れた外套を自分で脱いだ。つるつるの白革の胴衣が出てきた。ベアが外套を受け取ろうと手を伸ばす。イーフは自分で上座の背もたれにかけた。椅子を引いてどさりとすわった。ベアは首をねじってカイを見た。片眉を持ち上げて変な顔をこしらえている。カイは笑いをこらえた。まだベアのほうが背が高い。だがすぐに追い越す。
 ベアは伯の左側に腰を下ろした。カイは立ったまま命令を待った。
 料理人頭が手洗い用の桶を抱えてきた。イーフのかたわらに立って差し出す。伯はざぶざぶ顔を洗った。掛け布に水が飛び散る。ばしゃばしゃと手を洗う。山積みの布から一枚取って顔をごしごしとこすった。もう一枚取って手を拭った。汚れた布を料理人頭に渡す。
「腹が減った。まずは鶏の汁物か」
「さようでございます、閣下」
 ベアが急げと手を振った。料理人頭は急いで出ていった。
 イーフはカイを手招きした。
「わたしの右にすわれ。海の魔物について話して聞かせよう」
 カイは頭を下げた。長椅子をまたいで腰かける。
 思い切ってたずねた。
「恐れ入りますが、閣下。なぜお連れの方がいらっしゃらないのですか」
「百姓が礼儀を覚えたな。毎日顔を合わせる連中と旅をしてもつまらんだろう」
 料理人がぞろぞろとやってきた。暗い広間にいいにおいが漂う。イーフは懐から匙を取り出した。銀の匙だ。料理人頭が薄い木皿を二人の前に置く。カイのスープはない。別の料理人が丸パンを積んだ籠を置いた。焼きたての白パン。食ってもいいのだろうか。伯の許しがいるのだろうか。どうやって食えばいいのだろうか。
 ベアはカイを指して料理人頭に指示した。同じものを持ってきて。
 向き直ってイーフに言った。
「着物と化粧で、どうにか若返ってみせましょう。ですが生娘らしく演じ切れるかどうか。わたしは控えめに言っても真逆ですので」
「民はあなたに憧れ、あなたの色香で想像をたくましくするだろう。じつは男を知っているのだ、いやそんなはずはない、と。だから盛り上げるために、この若者を常にそばに置いておく。見た目がいい。そして年かさも同じ」
 カイはベアと見合わせた。イーフは匙を持ち上げてつづけた。
「いろんなやつが嗅ぎまわるだろう。だからヌーヴィルに着いたら、水浴びやら森での逢瀬やらをやる。もっと盛り上がる。秘密の口づけ、だが二人は永遠に結ばれぬ定め。そして愛を断ち切り、聖女と臣下として東に旅立つのだ。いいぞ。出立の際は群衆の前で涙の口づけをしよう。王にも伝えておく」
 スープを飲んだ。赤い唇をぴちゃぴちゃと鳴らした。
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