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39. 鼓動の速さ

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「もう野活が終わってから3週間か…」
「そうだなぁ、それと同時に嫌な行事も終わった」
 徐々に日の長さを感じるようになった6月。そろそろ梅雨の時期に突入するだろうか、心なしか雨の匂いもしだしてきた気が…?
「佑、テストどーだったんだよ?今日成績表返ってきただろ?」
「それ聞いちゃいますかー?茜さん」
 なぜ学校には全ての生徒を嫌ーな気持ちにさせるテストというものがあるのだろうか。俺が大人になったらテスト撲滅委員会を設立してやろうか。
 そんなことを考えながら今日も今日とて茜との帰路を辿る。野活が終わってから大体3週間経ったせいで、あの時起こった色々な濃すぎる出来事が全て嘘のように感じている。でも、野活前と比べて変化したことがあることから、きっと現実なんだろう。
 でも…。俺にはあれが終わってからずーっと気がかりなことがある。その理由は隣にいるこいつにも関係していることなんだが…。
 そろそろ聞いてみてもいいんじゃないか、野活から今までの3週間、俺は何か戸惑って聞けないでいたが、知ることを知った方が、いい気もしてきた。
「なぁ、茜」
 気づけば俺は、茜に話しかけていた。
「ん?なんだ?いよいよ自分から成績発表する気になったのか?」
「いや、ちょっと違くて…。その、須山とのことなんだが…」
 その刹那、茜の肩が一瞬動いた気がした。本人は、なんら変わりのないように振る舞っているが…。
「み、須山くんか。彼とは別に何もないけど…?」
「その誤魔化しもやめろよ、野活の途中らへんからお互いに名前呼びになってただろ?須山が足痛めて、茜おぶってきた時もあいつ、茜ってお前のこと呼んでたし」
「…………」
「それに、あれが終わってから毎日のように喋ってたお前らはほとんど会話していないように見える。本当に何もなかったのか?」
 あまり人のことに触れるのは良くないと思う自分もいた。だが、茜と須山は俺の少ない友人だ。だからそういうのはちゃんと知っておきたい。
「…やっぱり、無理だったか」
 すると、わずかな笑みと共に、茜は俺にそう言った。その笑みは…、なんだ?
「無理だった、って?」
「いや、その通りだよ。僕と実くんには何かあった。そして、僕と彼は野活が終わってから一度も言葉を交わしてない。というより…」
 はぁーっと茜はどこか重いため息をつき、
「僕が、避けられているように感じるんだ。僕は彼に話しかけに行くのは何度があったんだけど、なぜかその度に無意識に避けられている」
「その…、理由は分かるのか?」
「まあ…。うん、大体は…」
 下を向きながら彼女はそう言った。
「さっき、やっぱり無理だったってのはなんだ?」
「この出来事ってのは実は佑にも関わっていることだから…。できるならそのままにしておきたかったんだ。それを見破られちゃったから…」
「なるほどな…」
 ふと俺は脳裏で思い出す、いや、思い出すほどでもないことなんだが、須山は茜のことが好きなのだ。だから、茜に"アレ"をして無理だったってことなのか…?いやでもでも、これを聞くにはちょいとハードルが高すぎる。流石に聞けないぞ…?
「まあでも」
「…え?」
 1人で黙々と考えいると、隣から声が聞こえた。
「今佑が勘づいているなら、そのことを話してもいいかもな」
「茜…」
「よし、話すよ。15分後の僕らもきっと今のまだ楽しい空気ならいいけど…。果たして、佑は」
 すると茜は白い歯を見せて、
「今のまま、冷静でいられるかな?」
 と、ニッという言葉が似合いそうなそんな笑顔で俺にそういうのだった。



「さーってっと、キャンプファイヤーの自由時間になったけども…」
 パチパチとキャンプファイヤーの火がなる最中、キョロキョロと首を動かすが、目当ては見つからなかった。
「何だよー。呼び出したのはそっちなんだから、ちゃんとした会う場所決めててくれよー」
 そう僕が小さな愚痴を言っていると、後ろから何か感触があった。これは肩に手が置かれた感触…?
「…?」
「…よっ」
 振り向くと、そこにはキャンプファイヤーに照らされた笑顔が映る、実くんの姿があった。こんな暗い中、見つけてくれたのか。
「ごめんごめん、ちゃんとした集合場所言ってなかったな。呼び出したのはこっちなのに…?」
 ニヤッとしながらそう言ってくる彼に僕は、
「なっ…。聞いてたのか?すいません…」
「いいよいいよ、悪いのはこっちだし!」
 それよりも、と彼は続けて、さっきまでのおちゃらけた雰囲気をぎゅっと締めて言った。
「こっちに来てくれ。ほら、あのちょっと暗い場所だ」
「あ、うん。分かった…」
 先導する実くんに僕はついていく。階段を登るたびに彼の背中が上下して、ふと僕は立派な背中だな、と今の状況においてはすごくどうでもいいことを考える。
 僕を呼んだ理由は、『言いたいことがある』だったはず…。彼は僕に何を言うのだろうか…?予想ができない僕はおかしいのか…?
「よし、ついた」
 実くんは階段を登り切ったところで足を止めた。キャンプファイヤーの火が最も届きにくい、階段の最上段に広がる、少し広い場所だ。ふと首を横に動かすと、シルエット的に男女だろうか、腰を下ろしながら何か話している。今時ハーフアップって流行ってるんだなぁ、お姉ちゃんの髪型にそっくりだ。
「…もう少し向こうに行こうか」
 実くんもその姿に気づいたのか、体の方向を変えて、また違う場所へと移動を始めた。そして、やがて動きを止める。
「ここでいいか…。ま、座ろうぜ」
「うん」
 下で灯る淡い火をぼーっと見る僕と実くんの間に、沈黙が生まれた。でも、最近よく彼と喋っていたからか僕自身は気まずいとかいう感情は一切なく、髪を揺らす微風を心地よく感じていた。
「…なぁ」
 すると、そんな沈黙を打ち破る1つの声が響く。
「…なーに?」
 僕はそう呼応して、実くんの方へと体を向けた。こんなに暗い場所のはずなのに、彼のまっすぐな視線が僕に向けられているのが分かった。…身体の奥の方で、何かが反応しているように感じられる。
「…1つ、聞きたいことがあるんだ」
「…うん」
「俺、茜を呼び出す時、言いたいことがあるって言ったんだけど…。正確には言いたいことっていうか、聞きたいことがあった」
「うん…。な、何…?」
 自分の胸に手を添えながらそう目の前の実くんに僕の心臓の鼓動は速くなっていった。僕は、今から…。何を言われるんだ…?
「茜は…。あいつのことが、佐野のことが、好きなのか?」 
「…え?佑?」
 そんな名前が彼の口から出て、僕の心臓は大きく跳ねた。な、なんで今…。あいつの名前が…。
「…ああ。茜はいつも佐野と一緒に帰ってるし、笑顔が多いし…。好きなのかなって…」
「…………」
 そういえば、椛にも聞かれた。好きなのって。きっと今実くんが尋ねているのは、恋愛的にどうかってことだろう。でも、今の僕に応えられる内容は1つ。
「…分からない、かな」
「…分からない?」
 実くんはその言葉と共に首を傾げた。
「きっと実くんが聞いているのは、恋愛的に、異性として佑のことが好きかどうかってことだよな。僕実は…、生まれてから16年間、恋をしたことがないんだ…。だから今、佑に対してのこの気持ちは、どうなんだろって、迷走してる感じかな。あはは…」
 思わず頭を軽く触りながらそう言ったが、本当にどんな気持ちのことなんだろうか…。
「…恋って言うのはな……」
「…え?」
 刹那、実くんが僕に身体を寄せ、右手を優しく握った。
「ちょ、ちょっと実くん…!?」
「…茜はこの状況が…嫌か?」
 突然の出来事にあたふたしていると、頬をやや赤く染めながら実くんは僕にそう尋ねた。僕はそんな質問に、口をぎゅっと閉め、首を横に振った。決して嫌じゃない。決して、だ。
 すると実くんは僕の手を彼自身の胸へとゆっくり押し当てた。実くんの心臓の鼓動が手を伝って身体全体に伝わってくる。
「…こうやって、心臓が死ぬほどドキドキすることのことを言うんだ」
「…う、うん」
 今、僕の心臓は通常時よりも早く振動している。余った左手で、自分の胸に手を当ててみる。やっぱり鼓動は速くなっている。
「じゃあ聞くぞ?」
「え?」
「俺とあいつ。どっちの方が、この心臓の鼓動は速い?正直に答えてほしい」
 胸に置かれた手を実くんはゆっくりと退けながらそう尋ねてきた。さっきから何回も言ってるが、僕の心臓の鼓動は明らかに速くなっている。それは佑の時も同様で、同じような現象に陥ってるんだけど…。
 でも、正直に、か。考えれば考えるほど顔の温度が高くなっていってるのが分かる中、僕はゆっくりと顔を上げながら彼に言う。
「い、今は…。佑かも…、ごめん」
「ふふっ、そうか。"やっぱり"そうか…」
 すると彼は少し悲しげに笑いながら、
「まあ、予想はしてたかな…ははっ」
「み、実くん…」
 というか…。ちょっと待ってくれ。さっき、実くんは恋について具体的に教えてくれたけど…。
『こうやって、心臓が死ぬほど──』
 "こうやって?"え?ちょっと待って?え?
「…どうした?なんか取り乱してないか…?」
「え、いや待って、いや、そんなわけないし…」
 思わず頭を抱えながら、顔が赤くなりながら、そうブツブツと呟く。つまり、実くんは僕のことを──?
「ま、間違ってたらごめん…。実くんが、僕を…。…そゆこと?」
 僕が目線をゆっくりと落としながら彼にそう尋ねると、
「ん、んーまあ、そ、そういうことなのかな…?」
 恥ずかしそうに頭をかきながらはにかんでそういう実くん。
「…でも、茜は、佐野の方が好きなんだろ…?じゃあ俺はそっちを応援するさ!俺は俺なりに…。まあ、くっそ分かりづらかったけど…。じゃあな、茜」
「えっ」
「佐野と上手くやれよー!」
 僕が口を開く前に、実くんはスタコラとどこかへ行ってしまった。おいおい…、マジかよ。僕、実くんに…。
 心臓は今までで1番跳ねていて、顔は1番火照ってて…。気持ちの整理がつかぬうちに、本人は逃げる形でどこかに行ってしまった。今度会う時があれば、喋る、いや、自分から話しかけてみよう…。さっきよりも涼しく感じる微風に吹かれながら僕は静かにそう考えるのだった──。



「……なっ!?」
「はい、全然冷静じゃないねー。やっぱダメだったかー、あはは」
「いや、これは冷静じゃない方がおかしいだろ、現に当時のお前も全然冷静じゃなかったじゃないか…」
 須山…。お前、そんなことを聞いていたのか…。
「うん、これ。マジでやばかった」
「…で、お前は俺と気まずくはならないのかよ…」
 少なくとも俺はちょっと意識してしまってるぞ…?
「気まずくって?」
「いや、須山が茜に聞いた質問の内容だよ…。そ、その。俺って答えたんだろ…?」
「ま、まあ…。どっちかっていうとってだけだし」
 そもそも、と茜は付け足して、
「僕、恋知らないし…。分からないし…」
「なんじゃそりゃ…」
「も、もういいだろ!はい、この話終わり!」
「話し始めたんお前やん…」
 まあでも、まず茜はそのことをよく俺に話してくれたな…。恥ずかしいと思う内容なら伏せてもよかったはずなのに。
 それにしても、野活の時、須山が妙に落ち込んでいて、その内容を俺に話せない理由ってのは…。こういうことだったんだな。でも個人的には…。
「俺は、須山のこと、やっぱり放っておけないな…」
「…うん。このまま実くんとの関係が終わるのは僕嫌だ」
「ちゃんと、もう一度話したらどうだ?そうだな…」
 一呼吸置いて、どこかでそれを見た記憶をたどりながら俺は指をパチン、と鳴らし言った。
「7月の末の、花火大会にでも行ってこい!」
…と。
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