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本編

五十四話 獅子に愛されたひと

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美しいひと、最上のひと、愛されたひと、愛されるべき至高の、至上の………。


……気持ちが悪い。


「夢にいけなくなったからってここにきたのか?  ばーか」
吐き気がする。

虫酸が走る、反吐がでる。

いったいだれに対してこんないけない感情を、……あぁ、ぼくじゃん、ぼくの、やってることに対して、あぁあ、ああ。

なんでこんなにも嫌がってるのかは、分からない、わかりたくもない、わかったところでなにも変わらない、手に負えない。


そうするしかなかったからと納得する自分を憎んで、怒って、呪って、呪って、けれどそれを続けることに喜びを見いだして、だから、気持ち悪くて、救いがなくて、そもそもなにに悩んでいるのかもわからなくて。


「……うぇえ」
きもちがわるい。

気持ちの問題だ、なんて言われても、困る、解決策を教えてほしい。

感情というものはほんとうに、いや。

悩むことは大抵どうしようもなくくだらないのにその悩みを勝手に大きく解釈して、間違ってると理解している筈なのにべったりと思考のなかに貼り付いて、大事なものをいつもいつも見失って。


足りない頭と理性で理解している筈なのに、学習できない自分が本当に、大嫌い、そしてなにより、根本的にだ、前提が、そもそもがおかしい。


「……もう、やだね、これ」
この記憶は知らない、僕のじゃないのだよ、なによこれ。

いくら記憶がまっさらだからってね、こんな濃密な感情を10代の子供が持てるかっての、あの人ってだれなんだい、そもそも自分はなんでそんなことしたの、知ってるのに知らない、あーやだやだ。


「なんだ、自我ははっきりしてるんだな、流石あいつの子孫だ」
「んえ? 」
「意識もはっきりしている、なら獅子に頼る必要はねえな、安心した」
「ん?  ん? 」
そうだ、そういえばそうだ、僕今車椅子乗ってるんだった、どこにむかってるんだっけ? この声はだれ、エウォルドさん? 


「あー、少し時間があるな、ふむ、仕方がねえ」
「ここは……廊下? 」
「おうそうだ、この先をまーっすぐ行けば月にいける、簡単だろ? 」
コロコロ、コロコロ、車椅子が進む音に改めて目が覚めた。

最高の友人、無二の友、生まれてからずっと過ごしたあの記憶。

「ちげえだろ、それはあいつの記憶だ、お前がもってちゃ体に悪い、わすれろわすれろ」
廊下を進んでいる、コロコロと、月に照らされて、青くて綺麗な、光がとても、美しくて。

「ああわるい、そっちもあんまりみないでくれ、我慢ができなくなるかもだ」
「……がまん」
「俺じゃあないぜ? うっかり月に連れ帰りたくなるらしいぜ、あの月そのものが化け物と思ってくれ」
月、つき……大いなる獅子の、ししの。

「獅子だなんてだれが名付けたんだろうな、ありゃあただの神みたいなことができるだけの生き物だ、そんな大層なもんじゃねえ」
「……うん」
だれだろうこのこえ、エウァルドさんにそっくりだけど、エウァルドさんはこんな話し方じゃないし……これはよくない、まあいいかってできない。

「なあ小僧、品種改良ってのを知っているか? 」
「おやさいとかの」
「そうだ、効率良く育てて効率良く糧を得るための研究だ、まあなんだ、お前はそれみたいなものだ、ニッキー」
「むむ、む」
月をみちゃ駄目と、悲しい。

なら青くてふわふわひかってる廊下を、みな、……別に見なくてもいいか、目を閉じてよ。

「そうだ、それがいい、地上まで連れてくから、目閉じてろ、気がついたらベッドの中だ」
「……あなたは」
だあれ? 

「俺か?  俺はただの……いや、変に隠す必要もねえな」
ころころ、コロコロ、車輪の音が……ちがう、この人を。

かんがえがまとまらないね、やーね。

「グレイブ、グレイブ・ディウエクチアだ、できれば忘れていろ、いまは夢だからな、覚めたらすっきり忘れている、それでいい」
「ぐれいぶ……ぐれいぶ」
しらないひと、、知っている人間。

「ディウエクチアの神官、小僧の傍にいたいと言っている男の先祖、つまりは」
「つまりは? 」
「ただの亡霊崩れだ……また改めて月の使者として迎えに行くから、それまでのんびりしているといい」

獅子の、使者。

「獅子じゃねえ、"月"の使者だ、そら、折角生き残ったんだ、せいぜい思うままに生きて、生きて、生きて、幸福のままに死ぬといい」

ちょっと、いみがわからない。


カシャンと、金属が擦れるようなおとが……したような。

まあ、いいか……いいのかな。


「いいんだ、じっとしてろ」

良いのか、なるほど。




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