上 下
29 / 117
本編

断章

しおりを挟む
※※※






物心がつき騎士を目指そうと志した時、婚約者を紹介された。

生まれた時から決まっていたようだがなんと男、しかも跡取りとなる筈の長男だ。


日々勉学に勤しみ、厳しい鍛錬をする隣でいつの間にか現れ寛ぎ、勝手に居場所を作るが決して煩わしくない猫のような婚約者に何度癒され救われてきたか。

個人の意思を無視して突然できた男の婚約者に当初拒絶の気持ちが強かったが、馴染んでいくうち自然と気にならなくなった。

花は好まないが甘い蜜は好み、賑やかな場は好きだがその輪に入るのは躊躇う、それでいてちゃっかりと美味しいものは得ていくようで、少しだけ損をしている男に名前のつかない気持ちが蓄積され、いつかはその鬱憤を晴らしてやろうと心の奥底に収め、訓練を続ける。

今自分がすべきことは、国のため、家のため己を鍛え、騎士になる。

騎士になり安定した時には、図々しくも芯は太い婚約者と暮らしていけば良いと、考えている。

煩わしいものを好まない自分と、良くも悪くも自己完結している奴との相性は悪くないと見ている。



そして騎士となった今。

周りでは愛や恋と惑う者が多いが強烈な恋というものを経験してないからか、未だ理解ができていない。

だが経験を積み重ね幾ばくかの余裕のできた今。
今年卒業を迎える学生の身の婚約者の事が頭から離れず、気になってしまい仕方がない。


特別な感情は恐らくない、ないが……どのように暮らし、どのような学びを得て、なにを食べどのような表情を浮かべているのか……つい考えてしまう。

少し気が抜けているから他生徒や弟に不当に害されていないか……悩みはできていないだろうか。

もし悲しむような事が起きたのなら直接出向いて解決してやりたい。

叶うのなら、生活する様子をすべて観察して、世話をしたい。



訓練場は当然、城の見回りや警備、野外での任務を遂行する際にも常に頭の片隅に婚約者の顔を浮かべ、答えの見つからない問いを繰り返し、宿舎で手紙を綴っては送れずにいる。


この名前の見つからない言いようのない焦燥感は好奇心から来ている事は明白だが、いざその婚約者を前にするとまともな話題がだせない自分がいる。


悲しきことに学園にいた頃も会話らしい会話は出来ていない。

己の不徳であり未熟の極みなのだが、自ら進んで話題を提供するには経験が浅すぎるあまり頭で思い浮かべては口に出せないでいた。



言葉に出せないのならば行動に移すまでと、学園卒業を控えた婚約者にここは一つ盛大な贈り物をしたいと考えるが、恐らく盛大が過ぎれば微妙な反応をすることだろう。



教会の者程ではないが、派手なものを好まない婚約者に合うものは一体なんだろうか、なにを贈れば喜ぶだろうか、とても難しい。



首につけるネックレスか耳につけるイヤリングか、腕につけるプレスレットか、二人の瞳の色は当然として、好みを確かめ意見を聞かねばならない。
二人で住む屋敷の使用人はそこそこに、護衛は多く、穏やかな空間を作ればきっと、きっと気に入ってくれる。



あとすこし。



あとすこし待てば、共に暮らせる。



共に暮らし言葉に出せない代わりに行動で示し、今までの気持ちを伝えそして、暖かな暮らしを送りたい。


例え失敗したとしても式を上げてしまえば何度でもやり直しが効く、改善点をみつけ治しお互いの事を知って分かり合う、それが夫婦なのだと教わった。



あと、3カ月。


諸々の計画を進めようと考えていたある朝、突然団長に呼び出された。


急な任務かと考え部屋に行くと、団長は青ざめた表情で言った。



「朝早くすまないが……任務だ、正門に大事な客人を乗せた馬車が来るから、丁重に陛下の元へお連れしてくれ」







※※※

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...