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第7章 再びの嵐の向こう側
126 思いがけない再会⑤
しおりを挟む――あらら。
ケンカでもしちゃったのかな?
ちょっと気まずいことになったと思いながら、305号室のインターフォンを鳴らせば、待ち構えていたかのように、すぐさまドアが開いた。
「なんだ? すぐに戻ってくるくらいなら最初から……」
不機嫌そうに眉根にしわを寄せたスーツ姿のその男性の顔を見た瞬間、私は金縛りにあったように身をこわばらせた。
「茉莉……?」
相手も私のことに気づいたのか、名を呼び呆然とした様子で銀縁メガネの奥の少し神経質そうな瞳を見開いている。高崎和彦。半年前に、手ひどく私を振った元婚約者が、目の前に立っていた。
彼は、今頃妊娠中の上司のお嬢さんと幸せの渦中にいるはずだ。なのに、どうして違う女性とラブホテルにきているのか。そんな疑念と不信感がわいてくる。
「そうか、君も苦労しているんだな……」
高崎さんは、少し寂しそうに微笑んだ。
「取り合えず、ワインとつまみを部屋の中に運んでくれないか?」
そう言われて、はっと我に返る。
そうだ、今は仕事中! しっかりしなよ、茉莉。
自分に喝を入れて、どうにか笑顔を作って「失礼いたします」と、おつまみとワインが乗ったトレーをもって部屋の中に足を踏み入れた。
パタリ、と背後でドアが閉まった音が上がり、内心ドキリとする。
――大丈夫。
普通に、お客様と接する態度を崩さなきゃ、平気。
この305号室は、ほかの部屋よりも床面積が広い特別室で、そのぶん利用料金も高額だ。窓辺には、クイーンサイズの天蓋付きの大型ベッドがあり、応接セットも中世ヨーロッパをイメージした高級感であふれている。
ソファーに腰を下ろした高崎さんの前に、私は、極力冷静を装っておつまみセットとワイン、そしてワイングラスをセットしていく。最後に、ナプキンとフォーク、コルク抜きを置けば、セットは完了。
よし、これでOK。
「ごゆっくりどうぞ」
形ばかりの笑みを浮かべて、斜め十五度に会釈をすると、私は部屋を出るべくくるりと向きを変えた。すると、すかさず「ワインを開けてくれないか?」と、背後から声がかかり、「うっ」と足を止める。
これも、サービス、サービス。
念仏のように心で唱えながら、私は「かしこまりました」と笑顔で答え、テーブルに歩み寄るとコルク抜きを手に取った。
ほとんど見よう見真似で、コルク抜きをワインのコルクに差し込み力を入れて回していく。力を入れて引っ張れば、スポン!と小気味よい音を上げてコルクが抜けた。
ホッとした私は、慎重にワイングラスに赤ワインを注いだ。
ひとつ注ぎ終わると、「こっちも頼む」と催促されて、『なぜ一人なのに二つのグラスに入れるの?』と疑問に思ったけど、とにかくサービス。お客様がご所望なのだから、従業員である私に否はない。
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