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幕間 常駐医・磯部薫の回想録

91 不動祐一郎と篠原茉莉③

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 やはり、縁というものはあるのだ。気取っていうなら『運命的な出会い』。それをしみじみと感じたのは、離婚から二週間ほど後。祐一郎から深夜に贈られてきた仕事用に使っているノートパソコンのメールを見た時だった。

 仕事用とはいっても、治療に役立ちそうな情報を個人的に集めてあるだけで、もちろん患者の個人情報などはインプットしていない。

 午前三時。自分のマンションで居間のソファーに寝そべりながら、医学情報誌を読み漁っていたら、ローテーブルの上に置いてあったノートパソコンのメールの受信音がピロロンと鳴り響いた。

 こんな時間にメールを送り付けてくる奴は、一人しか思い浮かばない。メールを開くと、送信者は案の定、我が親愛なる朴念仁。元・夫の不動祐一郎さまからだった。

 遠慮しないで、スマホのメールに送ってくればいいのに。そうは思ったが、さすがに寝ているだろうと遠慮したのだろう。

 どーれ。こんな時間に送ってくる大事なメールの内容は――。と文面を読んで思わず目を見開いた。

『俺のところで雇うことになった新人が、二週間前に医務室に運んだ女の子のようだ。名前は、篠原茉莉。〇〇市に在住の二十歳だ。同一人物かどうかだけ、後でメールを投げておいてくれ。よろしく頼む。不動』

 無言でその文面を何度も読み返す。

 私の中に生まれた感情は、少しの切なさと妙な安堵感。ああ、これはもう運命だとしか思えない。あんな状況で再会した祐一郎と茉莉の縁は、途切れることなくこうして繋がっている。

 そして、おそらくその縁はさらに深まって、確かな絆となって行くはず。
 それはもう、確信に近い予感だった。

 こうして夜中にメールを送ってきたのだ。すぐに知りたいだろうと思い私はスマホを手に取り、メールの送り主様に電話をかけた。

「……はい、不動です」

 ツーコールで電話に出た祐一郎に、私は意識して明るい声で話しかける。

「こんばんわー。傷心の元妻です」
「起きてたのか」
「あなたもねー。で、なになに、もう新しい女の子に白羽の矢をたてちゃったの? それも二十歳の、ええと茉莉ちゃん? 嫌ねー、このロリコンめ!」

 くすくす笑いのオマケつきで言い放てば、祐一郎は少し気抜けしたように声を低めた。

「……もしかして、美由紀と何か話したのか?」
「ふふふ。ないしょ」

 近いうちに話すつもりではいるけれど、朴念仁さんには教えてあげない。

「それで、メールの件はどうなんだ? あの時の女の子と篠原茉莉は同一人物なのか?」
「えー。一応守秘義務があるから、知らない人には教えられないなぁ」

 からかいモードに突入してそういえば、祐一郎もノリノリで答えてくる。

「元ダンナだろうが」
「えー、今は赤の他人だからなぁ」
「じゃあ、雇い主の息子権限で」

 さらりと紡がれたその言葉に、一瞬、次の言葉が喉の奥に引っ込んだ。

「……へぇ。谷田部の威を借りちゃうんだ。ふーん」
 
 その名字を名乗るのを拒否するほど嫌悪していた父親の名前を冗談で口にするなんて、どういう心境の変化なのか。 

「で、どうなんだ?」
「……ご想像どうりです、ご主人様。間違いなく同一人物でございますだ」

 おどけた口調で告げると、少し沈黙した後、祐一郎はため息交じりで呟くように言った。

「そうか……」
「意中の人が婚約者持ちだったって知って、ショックしちゃった?」

 興味津々を装い問えば、苦笑する気配が伝わってきた。

「そんなんじゃない。ただ気になっただけだ。今のところ茉莉の方は気づいていないみたいだし、あえて言うつもりはないから、お前もそのつもりでいてくれ」
「へいへい。了解しました、御曹司さま」
「こちらこそ。夜分おそくにありがとさん、名医殿」

 私たちは、カラカラと同じように笑いあってスマホを切った。離婚したばかりの元夫婦とも思えないフレンドリーなふざけた会話に、我ながら苦笑するしかない。

 それにしても、と思う。

 他人にあまり興味を示さず人間関係にはドライなところがある祐一郎を、こんな風に自分から積極的に動かしてしまう篠原茉莉。

 願わくば、あの可愛らしい私の新しい友人が、頑なな朴念仁の心を溶かしてくれたなら。

 複雑な人間関係でかなりひねくれてしまってはいるが、私の元夫は、本当は情の深い温かい心をもった人間だ。

 私には叶わなかったけれど、あの子ならできるかもしれない。固い心の殻の中に閉じこもっている、あの人の本当の姿を引き出すことが。

 どうか。幸せになって欲しい。

 寂しさの募る心の中で、私はそう願わずにはいられなかった。


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