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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (3)
77 マイ・フェア・シンデレラ①
しおりを挟む茉莉の正式採用を言い渡した翌日、午後五時の少し前。出勤してきた守を事務所でつかまえて、茉莉を俺の秘書的な立ち位置で仕事をさせることを説明していた。
何か言うかと思ったが、守は「じゃぁ、今日からルームメイクのローテーションを外しますね。とりあえず今日は俺がフォローして、明日以降は組みなおしておきます」とニコニコ笑顔を浮かべた。
「急で悪いが、よろしく頼む」
「了解です」
そこで止めておけばいいものを「うん。気持ちはわかりますよ。茉莉ちゃんを見てるとなごみますからねぇ」と、よけいな一言を付け加えるのを忘れない。
「俺は、別に――」
なごみたいから茉莉を自分の側に置くんじゃない。そう言いかけたとき、ちょうど茉莉が出勤してきた。
「おはようございまーす」
俺と守に向けられる笑顔は、やはりどこかぎこちない。
「あ、おはよう、茉莉ちゃん。今日から正社員だね」
守が笑顔で声をかけると、茉莉は緊張を解いた笑顔でうなずく。
「はい」
「いろいろと覚えることがたくさんあって大変だと思うけど、頑張ってね」
「はい。今まで色々教えてくださって、ありがとうございました」
茉莉がペコリと頭を下げれば、守は、カラカラと陽気な笑い声を上げた。
「こちらこそ。茉莉ちゃんの頑張る姿に、たくさん元気をもらったよ。たぶん、他のみんなもそうだと思うよ。――ね? 社長」
と守に話を振られた俺は、茉莉を見下ろし、ボソリと一言つぶやいた。
「なんだ、その地味な服は?」
「……普通のスーツですけど?」
なぜそんなことを言うのかわからない、といういぶかしげな表情で茉莉は俺を見上げてくる。
まあ、俺も説明が足りなかったが。まさか濃紺のパンツスーツで来るとは思ってなかった。「明るめの服装を」と付け加えておくんだった。自分の読みの甘さと配慮不足に大きなため息をつく。
本日の接待の相手は年配の婦人だが、孫娘を溺愛していて「孫と同じ年頃のお嬢さんとお食事出来るのが楽しみ」という人物なのだ。別に、地味なパンツスーツでも気を悪くするような人ではないが、こちらとしては万全な接待をしたい。
「まあ、いい。それならそれで予定を変えるまでだ」
「……は?」
「少し早いが、今から出かけるから後は頼むぞ、守。終業までには戻るつもりだが、はっきりとした時間はわからない」
「はいはい、了解です。こちらのことは気にせず、ごゆっくりどうぞ。茉莉ちゃんも、経費で美味しい食事ができてラッキー♪ くらいに気楽に楽しんでおいでね」
「ほら、行くぞ」
「あ、はいっ!」
バイバイ、と手を振る守に見送られて、俺は小走りに追いかけてくる茉莉を引き連れ、駐車場に向かった。
従業員通路を抜けて駐車場に出ると、一番奥まった場所にあるガレージの前で俺は足を止めた。ガラガラと重い音を響かせて自動シャッターが開けば、姿を現したのは俺の愛車、シルバーメタリックの国産セダン。
斜め後方で物珍しそうに車を見ていた茉莉に向かって、俺は車の鍵をぽん、と投げ渡した。
「ほら、鍵」
不意打ちの攻撃に泡を食った茉莉は、猫じゃらしに飛び付く猫みたいに、ほとんど脊髄反射で鍵をナイスキャッチ。手のひらの中に納まった、銀の鍵を見つめてしばし呆然と固まる。
「……え?」
なにこれ? 的な顔をする茉莉に俺は事実を教えてやる。
「だから、車の鍵だよ」
「それは分かってますけど。あの、この車の運転って……」
おそるおそるといった様子でお伺いを立ててくる茉莉に、俺は硬質の眼差しを向けた。
「一般常識的に考えれば分かるだろうが、どこの世界に、社員の運転手をする社長がいるんだ?」
ごく当たり前のことを言っただけだが、茉莉は、頬の筋肉を盛大にひきつらせた。
「あの、大変申し上げにくいんですが、私、まだピカピカの若葉マーク……」
ごにょごにょごにょと、語尾が情けなく口の中に消える。
「別に問題ない」
茉莉が軽自動車で通勤しているのは知っているが、普通免許があればこのサイズの車も問題なく運転できる。それに、社用で外出する際はこの車を使ってもらうつもりだから、今のうちに慣れておいた方がいいだろう。
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