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第3章 これが社長の本性ですか?
53 社長の本性①
しおりを挟む「しっかし、見事に、中身は子供の頃のまんまだな、お前」
愉悦を纏い、喉の奥で笑う社長の低い声が、まだこの事態を理解できないでいる私の耳朶を無情に通り過ぎていく。
「え……、あ、あの、社長?」
無表情だけど、時々垣間見せてくれる優しげな雰囲気が昔の憧れの優しい『祐兄ちゃん』そのままだから。少しだけ、感情表現が下手で不器用な大人になっちゃっただけで、きっと、中身は変わっていない。
時間が経って打ち解ければ、また、昔のような兄と妹みたいな近しい関係が築けるはず。本気で、私はそう思っていた。
でも、これは、この変わりようは――。
「めでたく正社員となったことだし、ここからは手加減なしで行くから、そのつもりでな」
――は……い!?
手加減なんかされた覚えは、まったくない。
面接日からいきなり、情け容赦ない『お風呂掃除攻撃』されて、ヘロヘロになった覚えはあるけど。
もしかしてあれは、誰にでもそうなんじゃなくって、私だからそうしたの?
さっさと、音を上げるように?
単なる、意地悪だった?
ズーンと、重量級の重しが、心に乗せられた気がした。
もしかして、私の人を見る目って節穴だらけなの?
『節穴~♪ 節穴~♪ 大節穴~♪』
黒悪魔茉莉が鼻歌を歌いながら、ガーンガーンと、大きなハンマーで私の後頭部を殴打している。
――ショック過ぎて、何も、言葉がでない。
呆然としている私を見やり、社長は、実に美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
失意のどん底で浮かび上がってきたのは、小さな反発心。
なんか、ひどい。
生まれて初めての嬉し涙にくれた日に、こんなの、ひどい。
私の人を見る目がないのが悪いと言えばそれまでだけど、なんだかとっても裏切られた気持ちだ。残念、というより、それはもはや哀しみの領域に達している。そしてその哀しみは、憤りに転化した。
「……不動明王」
私がもらした感情を抑えた低い呟きに、社長はあくまで面白そうに片眉を上げる。
「ん?」
「私が付けた、社長の、ニックネームです」
「へぇ。不動明王ねぇ。焔を背負う阿遮羅のことか。良いネーミングセンスをしてるじゃないか。そんなにカッコイイか俺は?」
少しくらい反撃してやろうと思ったけど、敵さんには、まったく効いていない。
器が違う。
それに、敵さんは、無敵の雇い主。
私は、哀れな雇われ人。
この立場は、覆せない。
それくらいのことは、ピカピカの社会人一年生の私だって、分かっている。
カップに残ったブラックコーヒーを、グビグビと一気に飲み干した。少し冷め加減のコーヒーは、最悪に苦くて舌をじりじりと焼く。美味しいと思った自分の味覚が、信じられない。
本当なら社長が飲み終わるのを待って、きっちりカップを洗ってから帰りたいところだけど、そこまでの精神的な余裕はありそうもない。だから、私は表情を消して無言で立ち上がった。
「ご馳走さまでした。それでは、お先に失礼します」
これでもかと丁寧に腰を折って挨拶をして、くるりと出口のドアへと足を向ければ、その背に、社長の声がかかった。
「明日は、外回りをするから、スーツで来るように」
「え……?」
―――外回り?
「スーツで、外回りの、お掃除をするんですか?」
思わず問えば、社長は、呆れたように口の端を上げた。
「そんなワケあるか」
その表情がとても意地悪に見えて、またムカムカと憤る気持ちがこみ上げて来る。
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