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可愛い部下の愛し方【課長視点】

13 再会⑫

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 静かに寝室の引き戸を締めて、ベッドで眠る梓の姿が視界から隔たれた瞬間、大きなため息がもれた。

 梓と別れてから九年あまり。
 俺もいっぱしの大人の男になったつもりでいたのに。

 あんな風に昔のままの梓で甘えられると、まるで昔の俺に戻ったみたいに理性がグラグラと揺さぶられてしまう。

「ったく、いい年をして何をやっているんだ……」

 ひどく喉の渇きを覚えて、水をもらおうとキッチンスペースに足を向ける。食器棚からマグカップを拝借して、水道の水を汲むと、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

 ひとごこち着いて、ふうと息を吐き出す。

 小ぶりのシステムキッチンに寄りかかり、LDKをぐるりと見回せば、そこには二十八歳の女性らしい柔らかな印象のインテリアが広がっていた。

 家具調コタツが食卓兼用になっていて、床に座ってくつろぐスタイルだ。淡いイエローの二人掛けのローソファーに置かれている、ビビッドオレンジの花柄のクッションが良いアクセントになっている。

 淡いベージュのカーテンに白木調のテレビ台とリビングボード。そこまで視線を巡らせると、リビングボードの上に置かれている建物らしき模型が目にとまった。

 ゆっくり歩み寄り、腰をかがめて覗き込めばそれは、外国の有名美術館のミニチュア版。たぶん完成品ではなくプラモデルのように自分で組み立てるタイプのものだろう。

 隅々まで丁寧に組みたてられているその模型は、まだ大学生だったころ初めて二人でデートしたスモール・ワールドを思い出させる。

 初デートにはどこに行こうか? 
 ありきたりな場所じゃ、梓は喜ばない気がする。

 と、頭を悩ませているとき、たまたま大学の近くの本屋で熱心な様子で立ち読みしている梓を見かけて。脅かしてやろうとそっと背後から近づき覗き込んでみれば、それは世界遺産の写真集だった。

 そこで決めたのが、全世界の建物のミニチュア版が展示されているミュージアム、スモール・ワールドだ。あそこは、まだ幼かった俺が家族で旅行したときに立ち寄った、思い出の場所。

 スモール・ワールドに連れて行ったとき、梓は、まるで子供のように瞳をキラキラと輝かせて、精巧に作りこまれたミニチュアに見入っていたっけ。

 そうか。今でも、好きなんだな。

 時を経ても、こうして変わらないものがある。
 それが、素直に嬉しかった。

 その時、ピロロンと、背広のポケットに入れておいたスマホが鳴った。電話ではなく、メールの着信音だ。ローソファーを拝借して座り込むと、メールボックスを開く。送信者は、六歳になる一人娘の真理まりだった。

 スマホメールは、俺たちが子供の頃には、想像もしていなかったハイテク技術だが、今の子供たちは当たり前のように使いこなす。真理もまだ幼稚園の年長だが、こうしてメールを送ってくる。

 もっとも、真理がスマホを使うときは東京の実家で母親代わりに面倒を見てくれている、真理の祖母・志保子さんが目を光らせていてくれてはいるが。

 メールの内容はだいたい想像がついた。
 メールボックスを開いて文面に目を走らせれば、案の定、明日の予定についての確認メールだった。


―――――――――


パパへ♪

あしたの十時ごろに、
おばあちゃまとパパのところへ
いくからね!

このまえ約束した大きな公園に
連れていってね!

それじゃ、おやすみなさい。

(≧▽≦) 真理より


―――――――――


 祖母監修だろう娘からのメールに、思わず頬の筋肉が緩んでしまう。でもすぐに襲ってきたのは、隣の部屋で眠る女性ひとへの、罪悪感。

 近いうちに、俺が結婚していることと六歳の娘がいることを説明しておこうと思った。そうすれば、梓もさすがに俺を見限るだろう。

 自分を傷つけた男が、自分の知らないところで結婚して子供までいると知れば、梓だって俺のことで気持ちを乱さなくても良くなるはずだ。

 
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