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可愛い部下の愛し方【課長視点】
10 再会⑨
しおりを挟むこの店のトイレは真ん中に洗面台があり左右に男女別の個室が並んでいるタイプで、俺が追い付いた時梓は、その洗面台の前でしゃがみこんで、大きなため息を吐いたところだった。
たぶん、自分の要領の悪さを反省しているのだろう。どう声をかけるか迷うことなく、俺の口からこぼれだしたのは偽りのない本音だった。
「相変わらず、要領の悪いヤツ」
「あによ。二十八歳の大人の女を捕まえて、その言いぐさはないんじゃない? 私は、もう、アンタが知ってる、十八歳の、女の子じゃないんらから!」
俺に気付いた梓は、よろよろと立ち上がって振り向きざま 若干、ろれつの回らない口で一気にそう言い放った。その瞳には、明らかな怒りの色が見える。だから俺も、社交辞令の笑顔は作らず真っすぐにその視線を受け止め口を開いた。
「大人ってのは、自分の酒量限度を知っている人間を指して言うモノだと思うね、俺は」
「……嫌いよ。知ってた? 私……、アンタなんて、大っ嫌いっ!」
飲みすぎたアルコールのせいだと分かっていても、嫌いと言われるのはズキリと胸が痛む。だがこれも、身から出た錆。今までの自分の所業のせいだと反論することなくただ彼女を見つめた。
たぶん、このままではどこかで行き倒れる。そんな確信めいた予感があったから。
案の定、しばらく俺を力いっぱい睨み付けていた梓は「うっぷ」と両手で口元を抑えると、よろよろとトイレの方へ行こうとして、そのままぐらりと体を傾けた。
危うく硬いタイル敷きの床にダイビングする寸前に抱え上げ、ホッと安堵のため息を落としたところに、ちょうど佐藤さんが顔を出した。
「やだ、梓センパイどうしたんですか!?」
俺に所謂姫だっこをされている梓の姿を見て、佐藤さんは驚いたように目を丸めた。でもすぐに驚きの表情は、心配げな色に変わっていく。
ああ、この子は梓を心から心配してくれる、良い友人なんだなと思った。
「少し、悪酔いしたみたいだから、このまま送っていくよ。どうせ、同じ方角だからね」
タイミング的にお開きになる予定の時間だったため、皆への挨拶もそこそこに、呼んでもらったタクシーに梓と二人で乗り込んだ。
窓の外には、半分眠りに就いた夜の町が、ゆっくりと流れ去っていく。
少しでも楽になるようにと、俺の肩に頭をもたれかからせれば、背広越しに微かな体温が伝わってくる。懐かしくて愛おしいそのぬくもり。
「っ……」
寝ているとばかり思っていた梓が、声を殺して泣いている。
一生懸命、押しとどめようとしているが、ポロポロと、後から後から溢れ出す涙が、俺の背広の肩口を濡らしていく。
「俺の前で、あまり無理をするな……」
つぶやきと共に、指先でそっとその白い頬を伝う涙を拭っていく。
泣かせたくはないのに、いつも笑っていて欲しいのに、俺という存在が、彼女に涙を流させる。
やるせない思いで、残酷な現実をひしひしと感じていた。
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