ワケあり上司の愛し方～運命の恋をもう一度～【完結】番外編更新中

可愛い部下の愛し方【課長視点】

０３ 再会②

　通常、人事の変更があった場合は社長の長男である専務が紹介をするのだそうだが、ありがたいことに社長自ら紹介をしてくれるそうで、大海社長に伴われて朝礼の行われる会議室へと足を運ぶ。

　すでに主な社員は会議室に集まっているため、廊下はシンと静まり返っていた。

　広く清潔な廊下を歩きながら俺は、平静を装いながらも内心の焦りに似たものを感じていた。

　高橋梓。
　彼女を目にしたとき、俺はいったい何を思うのだろう。

　彼女は俺に気付くだろうか？
　俺に気付いた時、彼女の瞳に宿るのはどんな感情なのか？

　好奇心というよりはむしろそれは、恐怖の領域に近かった。

「おはよう諸君！」

　満面の笑顔で朝の挨拶をしながら会議室へ入っていく社長に続き、この数年で磨きをかけた鉄壁の営業スマイルを浮かべて室内に足を踏み入れれば、好奇心の視線が全身に降り注ぐ。

　四十畳ほどの広さの会議室に集まっているのは、六十名弱。工場はほぼ男性社員で占められるが、この本社勤務の社員はその半数が女子社員だ。およそ三十名ほどいる女子社員の中で、なぜいちばんに目が合ったのか。

　まるで吸い寄せられるように、驚きに彩られた黒縁メガネの奥の黒い瞳と視線がかち合った瞬間、俺の中に走ったのは甘い戦慄。

　変わらない。
　年齢を重ねた分、社会人の女性らしい落ち着きを身にまとってはいたが、彼女は俺が知っている恋人、梓あずさ、そのままだった。

「初めまして。今日から工務課の課長をさせて頂きます、 谷田部やたべ 東悟とうごです」

　落ち着き払って自己紹介するも、俺にそそがれる彼女の痛いくらいにまっすぐな視線を感じて、自分の鼓動がやけに早くなっているのを自覚していた。

「え～と、工務課で一番の古株は、高橋君だったな。谷田部君が仕事に慣れるまでは、しばらく君が補佐してくれたまえ」

――は……い？

　ひどく聞き捨てならないセリフをさらりと吐いた社長の顔を驚きの眼で見つめれば、社長はいたずらが成功したガキ大将のような得意満面の笑顔を浮かべた。

　そんな話はまったく聞いていない。
　なぜ、よりによって『彼女』が補佐なんだ？

　これは、さっき社長室で彼女の資料を目にして固まっていたのをしっかり見られていたのか、それとも悪魔的な何かの采配による偶然か。

　事前通達なしでこの場で言い渡されたのだろう、彼女は驚きの表情で全身金縛り状態に陥っている。

　ともかく落ち着け俺。
　これから一年間、上司と部下として付き合っていくのだから、最初が肝心だ。

「それでは諸君、今日も一日頑張ってくれたまえ！」

　大黒様を思わせる福々しい笑顔で社長が鶴の一声を挙げれば、朝礼は終了。ザワザワとした囁き声を残して、皆めいめい自分の部署に散っていく。

　その人波に揉まれながら、いきなり社長に名指しされた彼女は、動くことも出来ずに言葉もなくその場に固まっていた。

「じゃ、頑張れよ、新任課長」

　器用にウインクをひとつ飛ばして、俺と彼女に特大の爆弾を落とした狸親父こと社長は、愉快そうに会議室を出て行った。

　俺は、新任の課長で上司。
　彼女は、古株で課長である俺の補佐。

　そのことだけを念頭に置き、小さく息を吸い込み、挨拶をするべく彼女の元へと足を向けた。