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152【真実⑯】

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 瞬間冷凍されたサンマみたいに固まる私を見やり、課長は愉快そうにクスリと笑う。そのまま、歩き出した課長につられて私も足を踏み出す。

「外食が無理なら、何かテイクアウトできる料理を買って帰ればいいか。適当な店があったかな」
「……あ」

 課長の言った『帰る』の言葉で、思い出した。

「どうした?」
「私、会社に車、置きっぱなし……」
「なんだ、そんなことか。別に、置きっぱなしでも構わないだろう?」
「……」

 というか、戻ること前提だったんでデスクの上は資料の山だし、図面台には製図途中の加工図面が張り付けたまんまなんですが。

 ちらりと薄明りの中で腕時計を確認すれば、あと少しで日付が変わろうという時間だ。

――美加ちゃん、さすがに帰ったよね?
 すぐに戻るって言ってきたから、きっと心配かけちゃったな。

 車も取りに行きたいし、デスクの上もあのままにしてはおけない。どちらにしろ、一度会社に戻らなきゃ。

「あの、課長……」
「会社に戻るのは、却下」

 おずおずと口を開けば、私の考えなんかお見通しというように、課長の応えはにべもない。

「でも、デスクの上も散らかしっぱなしで、図面も書きかけてそのままなんです。それに、会社まで送っていただけたら、後は自分で運転して家まで帰れますし……」
「……あのな」

 はーっと長いため息を吐き、眉間に浅くシワを刻んだ課長は、淡々と言葉を続ける。

「さっき、医者の言うことを聞いてなかったのか? 『念のため、明日一日は家で安静にしていること』って、言われただろうが」
「そう、ですけど……」

――課長の口調が、今までと違う。

 今までのように部下に対する一線を隔したものではなく、なんだか昔の東悟と居るような、そんな砕けた口調に鼓動が変なふうに乱れ打つ。

「車を運転してなんてのは、もってのほかだ。今日はこのまま家まで送り届けるからな」

『ん?』と、近距離で顔を覗き込まれて、思わずのけ反り足がとまる。

――か、顔が近いっ。近いってば、課長!

「わかりました、わかりましたからっ」
「んじゃ、そういうことで、レッツ・ゴー」
「はい……」

 ポン、と肩を軽く叩いて促され、再び二人並んで歩き出す。

――やっぱり、そうだ。
 明らかに、口調が変わった。

 傷心の元カノを労わっての、期間限定?
 それとも、これからずっと?

 って、まさかね。
 たぶん、今日だけの特別サービスだ。

 そんなことを考えながら歩いているうちに、煌々と明かりが付けられたナース・ステーションに着き、カウンターの向こう側で何やら作業をしている看護師さんに、課長が声をかけた。

「すみません、救急でお世話になった高橋ですが――」

「はい、水町先生から伺っています。このまま帰っていただいて大丈夫ですよ、谷田部さん」

――あれ?
 高橋ですって声をかけて谷田部さんって答えが返ってくるってことは、さっきの美人先生だけじゃなく、看護師さんも顔見知り?

「ありがとうございます、主任。いつもお世話になりっぱなしで、すみません。今度、美味しいスイーツでも、差し入れますから」
「お気になさらずに。私たちは、仕事ですから」

 ニコニコと、愛想の良い笑顔で応対してくれる看護師さんが続いて発した言葉に、私は一瞬にして凍り付いた。

「あ、そうそう。水町先生から伝言です。お母様の今後の治療方針についてご相談があるので、都合の良い日においで下さいとのことです」

『お母様の治療方針』
――お母様って、まさか。

 まさか『榊』の、九年前に交通事故に遭って植物状態だという、課長の実のお母さん――のこと?

 ここに、この病院に入院している……の?

 呆然とすぐ隣にいる課長の横顔を仰ぎ見れば、私の視線に気付いた課長は、いたずらを見つかってしまった子供のような表情で力なく口の端を上げた。


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